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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

更迭された元No.1プロ勇者ですが、辺境のFランパーティを率いて出直すことにしました

作者: 馬場大介
掲載日:2026/05/02

 古城の黒鉄の扉。表面には古代文字が刻まれ、不気味な魔力が滲み出ている。

 いかにも、この城の主が待つ玉座の間といった風格だった。


 「準備はいいか?」の一言もなく、カガミが扉に手をかけ、まるで実家に帰省した息子が玄関を開けるような自然さで、重い扉を押し開いた。


 軋む音とともに、玉座の間が姿を現す。


 広い室内の奥。赤い絨毯の先に、一人の魔人種が立っていた。


 頭には立派な角。灰色の肌。人間よりも一回り大きな体躯。

 ただし、魔族にしては妙に小綺麗な服を着ていた。銀の刺繍が入った上着に、きっちり磨かれた革靴。


 魔人種は両腕を広げ、待ってましたと言わんばかりに口を開いた。


「よくここまで辿り着いたなぁ勇者共、いや、黒之剣。我が名はリゼル。またの名を、四大魔族ハイポリオン家配下、鋼鉄のリぜぅああああああっ!」


 名乗りの途中で、リゼルは消し炭になった。


 ゼストのロッドから放たれた超火力の魔法が、玉座の間を一直線に貫いたのである。


 爆炎が収まったあと、そこにいたはずの魔人種は跡形もなくなっていた。わずかに残った黒い灰が、ひらひらと空中を舞っている。


 沈黙。

 最初に口を開いたのは、カガミだった。


「……まだ名乗りの途中だったじゃん。可哀そうとか思わないわけ? ゼストくん?」


 そう言って振り返ると、ロッドを下ろしながら苦笑いを浮かべるゼストがいた。


「前口上長いから、もういいかなって……ごめん俺、一人っ子だからさ」

「一人っ子関係ないだろ」


 こうして、古城攻略任務は終了した。


 魔族討伐、遺跡調査、要人護衛、災害対応。

 人々が恐れ、国家が手を焼くあらゆる危機に立ち向かい、その報酬によって生活する職業。


 半世紀前に魔王を倒した初代勇者と区別する意味で、彼らは『職業勇者』と呼ばれている。


 ☆ ☆ ☆


 王都ハイデンダルク、勇者協会本部。

 その最上階近くに、SランクNo.1パーティ『黒之剣』専用ルームは用意されていた。


 広々とした室内には、高級なソファ、会議用の大机、各自の装備棚、簡易キッチンまで備えられている。壁には過去の功績を示す記念盾が並び、窓の外には王都の街並みが一望できた。


 まさしくトップ勇者に相応しい待遇である。


「長旅、おつかれさまでした」


 荷物を下ろしたレンダが、柔らかな笑みを浮かべて言った。


「僕とステラで会長に報告に行きますので、二人はゆっくりしていてください」


「おう、悪いな。助かるわ」


 カガミは片手をひらひらと振った。


 レンダは軽く会釈し、ステラとともに部屋を出ていく。


 ただし、後ろから出ていったステラは扉を閉めなかった。


 扉は半開きのまま、廊下に向かってぽっかり口を開けている。


「ったーく、ステラの閉め忘れ癖、直んねーなぁ……」


 カガミは呆れたように呟いた。


 そのときすでに、彼は上着を脱ぎ捨て、ズボンも脱ぎ、下着一枚でソファに寝転がっていた。

 アラサー男のくつろぎ方としては、いささか開放的すぎる。


 だが、ゼストは目もくれなかった。


 彼は部屋の隅で黙々と荷ほどきをしている。討伐任務で使った道具を整理し、ロッドの魔石を点検し、予備の衣類を棚に戻す。その動きは手慣れており、年齢に似合わない落ち着きがあった。


 カガミはソファに寝転がったまま、ふと思い出したように言った。


「あれ、お前も行かなくてよかったのか?」

「……なんで?」


 ゼストは手を止めずに聞き返した。


「なんでってそりゃ、エリカ嬢に会わなくていいのかよ」


 その名を聞いた瞬間、ゼストの手がぴたりと止まった。


 エリカ・ネルヴァ。

 勇者協会会長の娘である。


 ゼストは前回、王都を出立する直前に、会長からエリカとの縁談を申し込まれていた。


 急な話で、会長からは『任務から帰ってくるまでの間に、考えておいてほしい』と言われていた。


「にしてもお前って、すげー順風満帆な人生だよな」


 カガミはソファに寝転んだまま、からかうように言った。


「15歳で歴代最年少プロ勇者になって一躍時の人。16歳で俺らのチームにヘッドハンティングされて、名実ともにトップ勇者の仲間入り。そして17歳で勇者協会会長の娘と結婚ときた」


 ゼストはゆっくりと振り返る。


「なんで結婚する前提で話が進んでるんだよ」

「え!?」


 カガミが下着姿のまま、ソファから飛び起きた。


「まさか縁談断るの!?」

「当たり前だろ……」

「え、なんで?」

「……言わせんな」


 ゼストは露骨に顔をしかめた。


 だが、カガミはそこで引かない。

 むしろ楽しそうににじり寄ってくる。


「えー、だってー」


 急に声色を変え、女子会のようなテンションでカガミは言った。


「綺麗な金髪で、しかも料理上手で、趣味はお菓子作りで、おまけに親の地位も高くて、あんなに完璧な娘いないのに!?」


「お前、分かってて言ってんだろ! ズルいぞ!」


 ゼストは顔を近づけてくるカガミの顔面を、片手でぐいっと押しのけた。


 カガミは押し返されながらも、にやにや笑っている。

 完全に面白がっていた。


 ゼストはため息をつく。


 このままでは終わらない。

 理由を言うまで、カガミは延々と絡んでくるだろう。


 ゼストは観念したように目を伏せた。


「……デブは無理」


 空気が止まった。


 言ってしまった。


 ゼスト自身、その表現が悪であることは分かっていた。

 ただ、理屈ではどうにもならないものが、世の中にはある。


「……っぷ」


 カガミの肩が震えた。


「ぷはははははっ! ははっ、はははははは!」

「お前ほんと悪いわ! 言わせんな! 最低っ!」

「いや、だって、お前……会長の娘に……っ、デブは無理って……!」


 ゼストは腹を抱えてカーペットの上で笑い転げるカガミの足を蹴る。


「――最低なのは貴様だ! ゼスト・マクシム!」


 突然、部屋の外から怒号が飛んだ。


 ゼストとカガミは同時に固まった。

 恐る恐る声の方へ目を向ける。


 開けっぱなしの扉の向こうに、一人の男が立っていた。


 整った顔立ちに、きっちり撫でつけられた金髪。上質な服に身を包み、怒りで肩を震わせている。


 キリアン・ネルヴァ。

 勇者協会会長の息子であり、エリカの兄である。


「扉が開いていたんでな、全て聴かせてもらった!」


 キリアンは拳を握り締め、ゼストを睨みつけた。


「私の妹を愚弄する言葉、許さんぞ!」

「キリアン! ごめん、ほんっとごめん。でもこれには事情があってだな……」

「言い訳など聴きたくないわ!」


 キリアンは一直線に踏み込んできた。

 そして右手に拳を作り、力いっぱいゼストの顔面へ殴りかかる。


 ゼストは反射で避けた。


「避けるなあ!」


 キリアンは怒りのまま、さらに追撃を繰り出した。


 今度は腹。

 ゼストはキリアンの言葉通り、避けなかった。

 拳がゼストの腹部にめり込む――はずだった。


「っ……!」


 鈍い音がした。


 だが、苦悶の声を上げたのはゼストではなくキリアンだった。


 ゼストの鍛え上げられた腹筋は、まるで岩のように硬かった。怒り任せに殴ったキリアンの拳の方がダメージを受けていた。


 キリアンは右手を押さえ、涙目になりながらも、どうにか威厳を保とうとする。


「……このことは父上に報告させてもらう! 覚悟しておけ!」


 そう言い残し、キリアンは足音を荒く響かせながら去っていった。


「……なんか、ごめん」


 カガミが珍しく申し訳なさそうに言った。


「……いや、流れで本音を言った俺も悪いわ」


 ゼストは深くため息をついた。


 直前までの騒がしさは一変し、部屋にはパンツ一丁のアラサーと、落ち込む17歳だけが残された。


 ☆ ☆ ☆


 翌日。


 勇者協会本部は、朝から騒然としていた。


 中央広場の掲示板前には、プロ勇者、協会職員、記者、王都の住民たちが押し寄せている。

 普段なら依頼書や討伐報告が貼られている掲示板に、その日は一枚の大きな紙が貼られていた。


 人々はざわめきながら、その文面を読んでいる。


 人垣をかき分け、ゼストは掲示板の前に立った。


 嫌な予感はしていた。

 だが、さすがにここまでとは思っていなかった。

 張り紙には、こう書かれていた。


『勇者協会本部は、慎重なる審議の結果、下記の通り処分を決定したことをここに通知する。』


『勇者協会本部所属『黒之剣』構成員、ゼスト・マクシムについて、協会所属勇者としての品位を著しく損なう言動が確認されたため、同人のプロ勇者ライセンスを剥奪する。』


『また、当該処分に加え、同人をマクスウェル辺境伯領ルカリスへ更迭し、同地における職務従事を命ずるものとする。』


『本件は、勇者協会の秩序および信頼保持の観点から厳正に対処するものであり、関係各位におかれては、本決定に従い、速やかに所定の手続きを進められたい。』


 ゼストはしばらく、その文字を見つめていた。


 見間違いではない。

 読み間違いでもない。


 間違いなく、自分の名前が書かれている。


 周囲の視線が痛い。

 ざわめきが耳に刺さる。


 カガミも、レンダも、ステラも、何も言えずに立ち尽くしていた。


 ゼストは掲示板を見上げたまま、ぽつりと呟く。


「いや、俺も悪いよ?」


 人様の娘に陰口を叩いた。


 それは確かに悪い。


 ゼストにも、その自覚はある。


 あるのだが。


「でもさ――」


 順風満帆だったはずの17歳は、掲示板の前で乾いた笑みを浮かべた。


「――(ばつ)(おも)くね?」


 ☆ ☆ ☆


 マクスウェル辺境伯領ルカリス。

 その東側に広がる森の中で、ゼスト・マクシムは深々とため息をついた。


 王都ハイデンダルクを出発してから、約半年。

 船を乗り継いでようやく辿り着いた辺境の地で、ゼストは第77支部所属のFランクパーティと合流した。


 その名も『チーム・レスター』。


 メンバーは三人。


 大剣と大盾を持つリーダー、レスター・セニール。

 長剣を振るう前衛、カレン・リードマン。

 杖を握る魔法使い、ヴァニラ・イェスタ。


 そして現在、そのチーム・レスターは、東の森でゴブリン討伐依頼の真っ最中だった。


「はあ、はあ……こいつ、なんかタフなんだけど!?」


 カレンが長剣を振るいながら叫ぶ。


 相手は一匹のゴブリン。


 背丈は子どもほどしかなく、手には粗末な棍棒を持っている。Fランクの討伐対象としては、典型中の典型。落ち着いて対処すれば十分倒せる相手だ。


 だが、カレンの剣は決定打になっていなかった。


 速さはある。

 踏み込みも悪くない。


 ただ、刃筋が甘い。


 肩を斬る。腕を斬る。脇腹を浅く裂く。

 傷はつけているが、急所に届いていない。結果として、ゴブリンは無駄にしぶとく暴れ続けていた。


「ごめん! ヴァニラ、一匹そっちに行った!」


 今度はレスターの声が飛んだ。


 レスターは大剣に大盾を装備する、いわゆるタンク役である。

 本来なら、敵の注意を引きつけ、味方に攻撃を通させないことが役割だ。


 だが、今のレスターは明らかに振り回されていた。


 盾の構えは丁寧だが、位置取りが悪い。

 敵を受け止めることばかり意識していて、敵の進路を塞げていない。結果、ゴブリンの一匹がレスターの横をすり抜け、後衛のヴァニラへ向かってしまった。


「わぁ!? こっち来ないで〜!」


 ヴァニラが情けない声を上げる。


 薄桃色の髪を揺らしながら、彼女は杖をぶんぶん振り回した。

 魔法使いが杖を振り回すときは、大抵ろくなことにならない。


 ゼストは嫌な予感を覚えた。


「落ち着け! 火力を絞れ!」

「え、えっと、えっと、火、火、火よっ!」


 ヴァニラの杖先に、赤い魔力が集まる。


 ――いや、集まりすぎている。


 ゴブリン一匹に向けるには、明らかに過剰な火力だった。


「待て、撃つな!」


 次の瞬間、森の一角が爆ぜた。


 爆炎が広がり、衝撃波が木々を揺らす。


 ゴブリンは吹き飛んだ。


 ついでに、近くにいたカレンも、レスターも、ヴァニラ本人も、そして少し離れて見ていたゼストも、まとめて爆風に巻き込まれた。


「ごふっ……!」


 ゼストは背中から地面に叩きつけられた。

 舞い上がった土煙の中、焦げた草の匂いが鼻をつく。

 耳鳴りがする。


 ゴブリン討伐依頼で味方の魔法に巻き込まれるなど、黒之剣にいた頃には考えられなかった。


 ゼストは仰向けのまま、空を見上げる。

 木々の隙間から、辺境の青空が見えた。


「……こりゃ、先が思いやられる」


 その声は、心の底からの本音だった。


 ☆ ☆ ☆


 数時間後。

 勇者協会第77支部。ルカリスの街の中央通りに面した二階建ての建物である。


 王都本部のような荘厳さはない。

 白い石造りの壁も、金の装飾も、広い中央広場もない。

 受付窓口が三つ。依頼掲示板が一枚。奥に事務室。


 それでも、辺境の勇者たちにとっては重要な拠点だった。


「審判員として同行しましたが、ああいった倒し方は初めて目の当たりにしました」


 受付窓口の向こうで、メイが淡々と言った。


 彼女は第77支部の職員であり、今回の討伐依頼に審判員として同行していた。

 討伐依頼では、依頼達成を客観的に判断するため、協会から審判員が派遣される。


 今回のゴブリン討伐では、メイがその役割を担っていた。


 そして彼女の服装を見れば、爆発に多少巻き込まれたことは一目瞭然だった。

 きっちり整えられていたはずの制服は、ところどころ煤で汚れている。

 髪の先も少し焦げていた。


「自爆魔法って言うんですかね、あれ」

「ご迷惑をおかけして申し訳ないです……」


 レスターが深々と頭を下げる。


「その、怒ってますよね?」

「怒ってません」


 メイは無表情で言った。


「怒ってんじゃん」


 カレンが小声で突っ込む。


「怒ってません!」


 だんっ、と大きな音が響いた。


 メイが任務達成を示す判を、依頼書に力強く押した音だった。


 その勢いに、レスターの肩がびくりと跳ねる。

 ヴァニラは「ひゃっ」と小さく声を上げた。

 ゼストは黙って目を逸らした。


 怒っている。

 どう見ても怒っている。


 メイは依頼書を持って窓口の奥へ引っ込むと、しばらくして戻ってきた。


「ちょうど週終わりなので、SPシーズンポイントとランキングの更新がされていると思います。確認しておいてください」


 ゼストは頷き、支部の壁に貼られたランキング表へ向かった。

 そこには、順位、パーティ名、SPシーズンポイントがずらりと書かれている。


 ゼストは癖で、上位から見始めた。

 見覚えのないパーティ名が並んでいる。


 その瞬間、ぐいっと袖を引っ張られた。


「ちょっと、そんなとこにあるわけないじゃん」


 カレンは不機嫌そうにゼストを引っ張り、ランキング表の下位の方へ連れていく。


 ゼストの眉間に、じわじわと皺が寄っていった。


「ありました!」


 ヴァニラが明るい声を上げる。


「私たちチーム・レスターは、837SPで、Fランク6,990位です! やった! 初の六千台ですよ!」


「喜んでいる場合か?」


 ゼストは即座に言った。


「Fランクは総勢7,666パーティ。最下位とどんぐりの背比べじゃねーか!」


 レスターが苦笑いを浮かべ、ヴァニラが「あう」と肩を落とす。

 カレンのこめかみがぴくりと動いた。


「言ってくれるわね……私たちがここまで来るのにどれだけの――」

「――まあまあまあ、落ち着いて」


 レスターが慌てて間に入った。


「喧嘩する前に、まずは腹ごしらえと行こうじゃないか」


 ☆ ☆ ☆


 日が暮れる頃。


 ゼストたちは、彼らが泊まっている安宿の調理場を借りていた。


 ルカリスの宿は、王都の高級宿とは比べ物にならないほど質素だった。

 床板は少し軋み、壁には年季が入っている。調理場も広くはなく、火口は二つだけ。

 それでもレスターは慣れた様子で鍋を扱い、野菜を刻み、黒パンを切り分けていった。


「さ、召し上がれ」


 木の器に盛られた野菜スープと、厚めに切られた黒パンがテーブルに並ぶ。


「いつも通り味は薄めだけど、大目に見てね」

「もうおなかペコペコだよ〜。いただきます!」


 ヴァニラが両手を合わせ、勢いよくスープを口に運ぶ。


 カレンも文句を言いながら、慣れた手つきで黒パンをちぎった。


 ゼストもスープを一口飲む。

 正直に言えば、味は薄い。

 黒パンも堅い。


 王都本部の専用ルームで出されていた食事と比べれば、天と地ほどの差がある。


 それでも、不思議とまずくはなかった。

 野菜の甘みが出ている。

 火の通し方も悪くない。


 限られた食材で、できる限り美味くしようとしているのが伝わってくる。

 レスターの料理の腕前ゆえだろうか。


 ゼストはそんなことを考えながら、もう一口スープを飲んだ。


「にしても驚いた」


 カレンが黒パンをかじりながら言った。


「歴代最年少プロ勇者さんが訪ねてきたかと思いきや、私がお父さんに渡した銀の鍵を持ってくるなんてね」


 ゼストは首から下げていた紐を引っ張った。

 服の内側から、小さな銀の鍵が現れる。

 ハイネスから託されたものだ。


 王都の酒場で受け取ったときと同じように、鍵は鈍く光っていた。


「もっと驚いたのは、お前らが全員、銀の鍵を持ってるってことだがな」


 ゼストが言うと、三人は顔を見合わせた。

 レスターは健やかに笑い、カレンは少し恥ずかしそうに視線を逸らし、ヴァニラは嬉しそうにして、それぞれ自分の銀の鍵を取り出した。


 ゼストは三つの銀の鍵に目線を移す。


 銀の鍵は、ゴブリンのレアドロップ品である。


 だが、それが四つもある。

 つまり、それだけこのパーティはゴブリン討伐を繰り返してきたということだ。


 何度も、何度も同じような依頼をこなし、それでもFランクから抜け出せずにいる。

 足踏みしている時間の長さを、四つの銀の鍵が示していた。


「それで、アンタ本気なの?」


 カレンがまっすぐにゼストを見た。


「本気って何が?」

「私たちを昇格させに来たって話」


 ゼストは鍵を服の内側に戻した。


「ああ。ハイネスさん……お前のお父さんとの約束だからな」


 そう言いながら『ついでに、カガミとの約束でもあるか』と、心の中でつけ加える。


『――この件を通して成長するのは、お前の方だ』


 王都の酒場で、カガミはそう言った。

 その意味を、半年の船旅の間、ずっと考えていた。


 自分は、この辺境で何を為すべきなのか。

 カガミは、どこにゼストの成長の機会を見たのか。


「じゃあ、明日から正式にパーティに入ってくれるってこと?」


 カレンが聞く。


「ああ」


「やったー!」


 ヴァニラが両手を上げた。


「ゼストくんがいたら百人力だよ!」


 その言葉に、レスターも少し安心したような顔をした。

 カレンも表情には出さないが、どこか期待しているように見える。


 だが、ゼストは食器を置いた。


「悪いが、俺はよっぽどのことがない限り、戦闘には参加しない」


「は?」


 カレンの声が低くなった。

 レスターも目を丸くする。


「それって……どういうこと?」

「そのままの意味だ」


 ゼストは落ち着いて言った。


「パーティには加入する。だが、ひとまずEランクに昇格するまで、俺は戦闘には参加しない」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


 カレンが身を乗り出す。


「アンタが戦わないなら、何のために来たのよ」

「お前らを強くするためだ」


 ゼストは即答した。


 彼はこの半年、考え続けていた。


 自分が戦えば、Fランクの依頼など簡単に終わる。

 ゴブリンも、ウルフも、盗賊も、低級魔族も、自分一人で片づけられる。

 そうすれば、チーム・レスターはSPシーズンポイントを稼ぎ、ランクを上げるかもしれない。


 だが、それに何の意味があるのか。


 それはチーム・レスターの実力ではない。

 ゼスト・マクシムという異物が、数字だけを押し上げるだけだ。


 そんなものは、見せかけの結果に過ぎない。


 レスター、カレン、ヴァニラの三人がちゃんと実力をつけて、勝てるようにすること。

 それこそが、ゼストがここでやるべきことだと考えた。


「当てにしていたわけじゃないけど……」


 カレンは不満げに腕を組む。


「アンタが戦闘に参加しないでEランク昇格が間に合うかどうか。SPシーズンポイントリセットまでは残り半年しかない。Eランク昇格のボーダーを10,000SP前後と見積もっても、最低でも9,000SPの上乗せが必要になる……」


 カレンの発言を聴いて、ゼストは口角を上げた。


「なんだ? ずいぶんと弱気だな」

「んなっ!」


 カレンが顔を赤くして立ち上がりかける。


 だが、ゼストの方が先に立ち上がった。


 安宿の小さな食堂。

 薄いスープと堅い黒パンが並ぶ質素なテーブルの前で、ゼストは高らかに宣言する。


「いいか、よく聞け」


 三人の視線が集まった。


「俺は戦闘には参加しない。ただし、それ以外のあらゆることをやる。やり尽くす」


 ゼストは指を折りながら続けた。


「戦闘訓練、生活補助、メンタルケア、日銭稼ぎ、情報集め、装備の見直し、食事管理、依頼選定、立ち回りの反省会。思いつく限りのことをな」


 レスターが息を呑む。

 ヴァニラの目が丸くなる。

 カレンは、まだ反発するような表情をしていたが、ゼストの声に押されて口を閉じていた。


「そして、カレン」


 ゼストは彼女をまっすぐに見た。


「まずはEランクだなんて、小さい目標にまとまるな」

「小さいって……」

「俺はお前らを、残り半年でCランクに連れて行く……その意味、分かるよな?」


 カレンは言葉を失っていた。


「……プロライセンス条件だね!」


 レスターが嬉しそうに声を上げる。


「それって……!」


 ヴァニラが両手で口元を覆う。


 ゼストは頷いた。


「――お前らを、プロの領域に連れてってやる」


 そして不敵に笑う。


「そんでもって、俺も最速でプロ復帰だ!」


 その言葉に、三人の表情が変わった。

 困惑。驚き。疑い。


 それでも、その奥に微かな熱が灯った。

 今まで見えていなかった道を、突然目の前に突きつけられたような顔だった。


「よーし!」


 ゼストは勢いよく手を叩く。


「明日、十二時に第77支部に集合すること」


「十二時? 朝じゃないの?」


 レスターが首を傾げる。


「俺が朝やることあるからだ」


 ゼストは三人を順番に指差した。


「あと、バックパックを後で回収する。中身は空にしておくこと。いいな!?」


「バックパック?」

「……変なことする気じゃないでしょうね?」

「明日分かる」


 ゼストはそれだけ言うと、再び席に座り、冷めかけたスープを飲み干した。


 ☆ ☆ ☆


 翌日。

 勇者協会第77支部。


「……パーティメンバーの追加を受理します」


 受付窓口で、メイが書類に目を通しながら言った。


 ゼスト・マクシム。

 元Sランクパーティ所属。

 現在はプロライセンス剥奪中。


 扱いとしてはかなり特殊だが、協会本部からの更迭命令により、第77支部での職務従事は認められている。


 そのため、Fランクパーティへの加入も、手続き上可能だった。


「ありがとうございます」


 レスターが丁寧に頭を下げる。


「では、本日の討伐依頼ですが――」

「――ちょっと待った」


 メイの言葉を、ゼストが遮り、一枚の紙を窓口に差し出す。


「パーティ名も変更したいんです」


 メイは紙を受け取り、片眉をわずかに上げた。


「……それで、どのような名前に?」


 ゼストは迷いなく答えた。


「『銀鍵同盟ぎんかぎどうめい』でお願いします」


 カレンは少し驚いたようにゼストを見た。


「ちょっと、何それ。聞いてないんだけど」

「チーム・レスターじゃ味気ないだろ?」


 ゼストは肩をすくめる。


「こういうの、意外と大事なんだよ」


 名前はただの飾りではない。


 自分たちが何者なのか。何を背負っているのか。どこへ向かうのか。


 それを示す旗になる。


 四人全員が銀の鍵を持っている。

 足踏みしてきた時間も、悔しさも、誰かへの想いも、その鍵に刻まれている。


 ならば、それを旗印にすればいい。


「あと……はい、これ」


 ゼストは持ってきた荷物袋を開けた。


 中から取り出したのは、三つのバックパックだった。

 昨日回収した三人のものだ。


 ただし、昨日とは少し違う。


 それぞれの正面に、新しいエンブレムのデザインが施されたワッペンが縫いつけられていた。


 背景には、オレンジ色の太陽と、それに対を為す闇。

 そして中心には、銀の鍵。


挿絵(By みてみん)


 小さいながらも、力強い意匠だった。


「わぁ、なんかカッコイイ!」


 ヴァニラが目を輝かせる。


 レスターも驚いたようにバックパックを受け取った。


「これ、いつの間に……」

「朝一で意匠屋に行ってデザインしてもらった」


 ゼストは得意げに言う。


「ワッペンの刺繍も間に合って良かったぜ。ルカリスには腕利きの職人が揃ってんな」

「アンタ、朝からそんなことしてたの?」


 カレンが呆れたように言った。

 だが、その目はワッペンから離れていない。


 彼女は自分のバックパックを受け取ると、銀の鍵のエンブレムを指でなぞった。

 その表情には、ほんの少しだけ嬉しさが滲んでいた。


 メイは四人を見渡す。


「それで……みなさんはご納得で?」


 レスターは力強く頷いた。


「はい!」


 ヴァニラも満面の笑みで答える。


「もちろん!」


 カレンは少しだけ沈黙したあと、バックパックを肩にかけた。


「異論なし」


 メイはその返答を聞くと、わずかに微笑んだ。


「承知しました」


 そして書類に判を押す。


「チーム・レスター改め、銀鍵同盟ぎんかぎどうめいへのパーティ名登録変更に加え、エンブレム登録を受理します」


 その瞬間、ただの手続きに過ぎないはずの窓口が、妙に特別な場所に思えた。


 ゼストは三人を見回す。


 レスターは新しい名前に少し照れている。

 ヴァニラは何度もワッペンを見ている。

 カレンは平静を装っているが、口元がほんのわずかに緩んでいる。


 悪くない。

 ゼストはそう思った。


「――んじゃ、行くか!」


 ゼストが声を上げる。


 銀の鍵を胸に下げた四人は、第77支部の扉を開けた。


 元Sランク勇者と、Fランクアマチュア勇者パーティ。

 銀鍵同盟ぎんかぎどうめいのはじめの一歩が、ここから始まった。

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― 新着の感想 ―
拝読させていただきました。 一言の失言(素直な本音笑)で、辺境に飛ばされてしまったゼスト。 シュールなんですが、なかなか可哀想ですね笑 それでも頑張っていく前向きさが魅力です。 あと、「チーム・レスタ…
「この作品の素晴らしさは『失敗の先にある成長』をここまで美しく描いている点です。最強だったからこそ味わえる無力さ、Fランクだからこそ生まれる絆。ゼストの覚悟とメンバーの想いが絡み合い、銀鍵同盟という名…
拝読させていただきました。 あまり感想を纏めるのが得意でないことをお許しください。 まずは、連載向けの内容だと感じました。 設定やキャラの性格がよく作り込まれており、この設定のまま話を広げることは…
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