ハズレゲームもそれなりに
ゲームで使ってたキャラの能力を貰って、異世界に転移出来たらなぁ。
「……なんて思ってたことが、若い俺にもありました……よっと」
そんな独り言を呟きながら、俺にしか見えない画面を前に、トン、トンとリズム良く指を動かす。その動きに合わせて頭の上でバシュンバシュンと発射音が鳴り響いた。
「右翼、敵が集中して流れてくるぞ! 正面に当たっている魔法部隊から誰か応援頼む!」
弓兵部隊と魔法部隊が混在している城壁の上は慌ただしくやかましい。矢や魔法薬などを補充する兵士が走り回り、魔力切れで回復中の魔法士が壁に凭れていたり転がっていたりする。伝令はそれを踏まぬよう避けながら走ってきて立ち止まり、声を張り上げた。
「誰かって誰だよ!」
「俺動けねぇ、魔力切れ……」
もうこのスタンピード……魔物の大規模襲撃も三日目だもんな。俺もそろそろ転がって眠りたい。
「アローしかいねぇだろ! アイツ連れてけ、こっちは何とかなる!」
「わかった! 行けるか、アロー?」
おっと、呼ばれてる。
俺は顔を画面から上げないまま、体の向きをくるりと変えて横を向いた。そしてまたポチポチと画面を叩く。横を向いた俺の頭の上からまた発射音が響いた。
「今忙しい。運んでくれ」
「おう……おい、台車!」
「これ使え!」
言葉少なに答えると、すぐにどこからか箱に車輪と取っ手を付けたような形の台車が運ばれてきた。ずっと俺の横に立っていた盾持ちの兵士が、向きを変える以外では動かない俺の脇腹を掴んでヒョイと持ち上げ台車に乗せる。
「アロー、箱の縁に掴まってろ」
「おう」
盾持ちに言われて片手を縁に掛ける。この盾持ちは俺が城壁で仕事をするときの護衛役で、俺の運搬にも慣れている。準備が出来ると盾持ちと伝令はそれを押して走り出した。
「ちょ、揺れる、もうちょいゆっくり! 手元が狂う!」
「お、悪ぃ」
三回間違うとやり直しなんだから気をつけてくれ!
そんなやり取りもあったが俺はどうにか無事に新しい持ち場に運ばれ、台車を降りた。
「頼む、アロ-!」
「ハイハイ」
頼まれました……とはいっても俺がやることは単純だ。
俺の眼前に浮かんだ画面には、迷路のように複雑に並んだ沢山の矢印が表示されている。
気ままに四方を向いたそれらがお互いにぶつからぬよう、外側にある矢印を押して順番に外へと弾き出す。ただそれだけ。
すると俺の頭上にデカくて黒い矢印の形をした魔法が現れ、飛んで行って魔物に当たるのだ。なんと照準はオートで、飛ばす方角さえ大体合っていれば俺が敵だと認識する対象に勝手に当たるし、避けられても追っかけてくれる自動追尾機能付き。間抜けな見た目にそぐわず高性能だ。
お、ちょうど同じ方向に矢が幾つも並んでる。ラッキー。
ポチポチッと五つほど連続して矢印を押すと、次々と魔法の矢が現れ飛んで行った。しかもそのうち何本かはかなり矢印が長い。矢印は長ければ長いほど威力が上がる。属性もないので特別相性が悪い敵もいない。
「おお、すげぇ! グレートボアの群れもストーンゴーレムもまとめて吹き飛ばしたぞ!」
魔力はそれなりに消費するが、俺は元々の魔力がかなり多い。その上、一つの面をクリアするとボーナスで魔力が回復するおまけ付き。つまり、実質無限に撃てるのだ。
俺の気力が持てばの話だが。
「アローの魔法は本当に強くて便利だな……本人の様子が何かおかしいのを除けば」
「うるせえ! 言うな!」
俺だってそう思ってんだよ!
大変便利な俺の魔法だが、欠点が一つある。
それは、この魔法は俺の頭上から、画面上で飛ばした矢印と同じ方向に出る、ということだ。
俺の正面、頭の後ろ、そして左右から。
だから俺は敵に向かって魔法を撃つ為、画面の矢印の方向に合わせて常に体を回転させなければいけないのだ。
それを怠ったり間違ったりすると、味方のいる方に魔法を撃ちこんでしまう。
飛ばす矢印の向きを確かめ、障害になる他の矢印がその先に無いか確かめ、体の向きを矢印に合わせて変え……俺自身は結構忙しいし面倒くさいのだ。
端から見れば確かに何かおかしいだろう。魔物の襲撃を受けている都市の城壁の上で立ち尽くし、画面を見ながらくるくると体を四方に回している男……俺が見てもアイツはおかしいと言うに違いない。
「はぁ……俺、他にも色んなゲームやってたんだけどなぁ」
ある朝、俺は目が覚めたらこの世界に転移していた。
そんな馬鹿な漫画や小説じゃないんだからと当然思ったが、残念ながらこれは現実だった。
この都市の近くで途方に暮れていたところを冒険者に保護され、道すがら教えてもらったことによると、俺のような異世界からの漂流者というのはこの世界ではそう珍しいものでもないらしい。
十年もあれば一人、二人はいるし、多いともっと現れることもあるという。
そしてその漂流者たちは大抵が、向こうで最後にやっていたゲームの能力を何かしら持っている……らしいのだが。
趣味としてそれなりにやりこんでいたMMOを思い出すとたまに悲しくなる。
上げたレベル、鍛えたスキルや魔法、集めた強い武器防具。
色々あったはずなのにそれらを全て置いて、俺が手に入れたのはこの矢印を飛ばすだけのシンプルな魔法のみ。
確かにやってたよ……迷路みたいに絡み合った矢印を順番に外に飛ばしていくだけの、超シンプルなゲーム。何も考えたくないときとか、寝る前とかに最適だった。頭を空っぽにしてリラックスしたいようなときによくやっていた。
けど、よりによってこれじゃなくても良くねぇ? と俺はもう千回は思った気がする。
「アロー、こっちは間もなく片付くから、次は左翼に頼む! そっちが終われば今回の氾濫も多分終わりだ!」
「おう、運搬よろしくー」
しかも俺はそれ以外の能力は全くなし。体力も能力もただの一般人男性並みで、特筆すべき点は何もない。
城壁の上を行ったり来たりしようにも足は遅く、息が乱れて魔法が使えなくなるのでこうして運搬されているのだ。
「う、スーパーハード面か……これむずいんだよなぁ」
台車で再び運ばれている最中にゲームが一面終わり、魔力が回復して次の面が出てきた。スーパーハードは画面を埋め尽くすほど矢印が多く、絡まり具合も複雑だ。
「えっと、この辺から行けるか? これとこれと……次は、と」
間違えないように少しばかり慎重に矢印を選んでいく。
スーパーハードはなかなか難しいのだが、長い矢印が多いので威力は出る。だが集中しないと間違えそうだ。
「ドラゴンが出たぞー!」
「高ランクの応援寄こせ!」
うーん、難しい……あと眼精疲労が辛い。目が段々しょぼしょぼしてくるんだよなぁ。
「アロー! おい、アロー! こっちにドラゴンが来る、退避をっ!?」
お、すっごい長い矢印が外に出せたぞ。これは気持ちいい。
その直後にドカンとすごい衝撃が走り、城壁がぐらぐらと揺れた。
あっぶね、つい矢印を押し間違えるところだった。
「お前のおかしいとこは、そのぐるぐる回ってるとこだけじゃないな、絶対」
盾持ち兼運搬係が何か言っているが、集中している俺の耳には良く聞き取れなかった。
「スタンピード収束を祝って、カンパーイ!」
「おう、お疲れアロー!」
「今回も大活躍だったらしいな!」
「まぁ何とかな」
今回のスタンピードもどうにか凌ぎきり、友達に誘われての打ち上げだ。
ああ、疲れた体に酒が沁みる。とはいっても俺の疲労は主に睡眠不足と眼精疲労なんだけど。
「さっすが矢印の魔導師様だな。今回のスタンピードはかなりの大規模だって言ってたから心配してたんだが……戦闘向きの能力持ってるとか、マジ羨ましい」
そう言ってホッとしたように笑う眼鏡の男はボルト。
「ホントだよな。今回こそはもう詰んだって思ったもん、俺」
酒を呷ってハァとため息を吐いたのはマージ。
どちらもこの街に住む友人で、俺の大事な異世界人仲間だ。
二人の心配や安堵はよくわかる。
俺たち三人は時期は多少違えど全員この都市の近くに転移してきた。そしてここがどういう場所か教えられて、きっと同じように青ざめたと思う。
この城塞都市は魔物が溢れる森との境目にある、人類の生存圏を守るための防衛線なのだ。今日のような魔物の氾濫による襲撃は、規模の大小はあるが一年に一回くらいはある。
前触れもなく異世界に飛ばされた上に、移動先がそんな危険な場所だったってわかったときにはどうやって逃げようかと真剣に悩んだものだ。
だが実際のところ、ここには強い人間がわんさかいるし、相応に稼げる色々な仕事がある。ちゃんと働けば余所者にも別に厳しくない。
素性の怪しい異世界人なんてのがすぐに受け入れられる場所は、ここ以外そうはないだろう。
俺はもちろんのこと、この二人も何だかんだ言ってこの都市で仕事を見つけ、いつの間にかすっかり馴染んでバリバリ働いている。
「えー、けどお前らの仕事だってめちゃくちゃ重宝されてるし、稼いでんじゃん。解体屋と建築士で」
「そりゃ稼いでるけどよ……ボルトをポチポチ外してると、たまに何か虚しくなるんだよな……」
「わかる。俺も資材を前に一人でマージしてると、俺何やってるんだろってよく思う」
この言葉からお察しの通り、解体屋のボルトが向こうで最後に遊んだのは、色とりどりのボルトを建物やブロックから外して三つ揃えて消し、それら分解していくパズルゲーム。
そして建築士のマージは、マージ系という同じ物同士をくっつけて目当ての品物へと変えていくというパズルゲームらしい。それをこなし、家や庭を建築、リフォームし生活を立て直していくものだったとか。
二人はそれぞれそこから名を取って、ボルトとマージと名乗って仕事をしている。俺のアローと同じでわかりやすい。
俺と同様に二人の能力も簡単で良いと思うが、虚しいというのもまぁわかる。
だが危険と隣り合わせで、かつ発展途上のこの都市では解体も建築も常にどこかで発生する。しかも二人はその能力によって驚くほど短い工期で仕事を終わらせるので、かなりの人気があるし、結構稼いでいるはずだ。
「仕事あるしいいじゃん。俺なんかスタンピードのときしか呼ばれねぇしさ。年に一回くらいだぞ」
矢印を飛ばす以外の体力も能力も無い俺は、完全にスタンピードの時だけ城壁に設置される砲台扱いだ。それ以外の時は暇なので、一応他にも仕事をしている。
「その年に一回でめちゃくちゃ稼いでるくせによく言うよ」
「そうだよな。スタンピードの稼ぎって、後は寝て暮らしてもいいくらいなんだろ?」
「そりゃ金にはなるけど、そんなに寝てられねぇって。この世界って娯楽も少ないし、暇なんだよな。何でもいいから働いてた方が楽な気がするよ」
寝て暮らしたら絶対腰痛になるし、体力は落ちる一方だ。健康に悪いから外出するために仕方なく働いてるようなもんだ。一週間に三、四日は適当に出掛けないと、下宿のおばさんに怒られるし。
とはいっても俺がやっている仕事なんて、普段は有り余ってる魔力を魔石に込めるだけの簡単なやつだけども。これもそれなりに金にはなるが退屈だ。しかし他に出来そうな仕事がないのだから仕方ない。
はぁ……何かもっとゲームの物理職とか、体力のある能力持ってたら冒険者やるのも楽しかったろうに。
「あーあ、寝る前にちょっとだけパズルしようとか思わなければなぁ……」
「同じく」
「同じく」
こうなったら仕方ないと割り切れるまでには、それなりに葛藤もあった。大体、俺の魔法なんて何の役に立つのか最初は全然わかんなかったし。
何が出来るんだろう、と考えたときに目の前に現れたパズル画面。その矢印を適当に押した途端に現れた魔法で、ギルドの壁に大穴を空けてしこたま叱られたのを思い出す。
いや、止めよう。思い出すと酒がまずくなる……だが、一つ思い出すと芋づる式に袂を分かった連中の顔が思い出された。
実は、最初はこの二人以外にも異世界人の仲間がいたのだ。
俺たちが飛ばされたのは、珍しくいつもより多くの異世界人が見つかった時期だったらしい。中でも俺が最後に見つかって保護されて、冒険者ギルドで他の人に紹介された。
見知らぬ世界でも同郷の者がいるとなれば何となくホッとする。
能力がわかったらパーティを組んで、皆でもうちょっと安全な街に行こうと誘われ、俺はもちろん頷いた。
しかしそんな大失敗をやらかし、俺の能力の詳細がわかるとこの二人以外はさっさと離れていった。自分を中心に四方に飛んで行く魔法しか使えない、体力も無い人間は足手まといだったのだろう。
『ハズレかぁ』
『パズルゲーとか受けるw ま、この街なら何か仕事あるし、頑張れよ』
『ハズレゲーム同士でどぞー』
などと言って、他の連中は街を出て行った。三人は俺たちと違い、有名なMMOで育てた能力を貰えたらしい。タンクとヒーラーと攻撃職が揃っているので、俺たちのようなハズレは要らないと言われてしまった。
まぁ、それなりに稼げている今となってはそれも笑えるようになったけど……アイツら、今頃何してんだろうな。
さて、腹も一杯になったし、そろそろ帰るかなぁ。おばちゃんが待ってる……いや、もう寝てるであろうボロい下宿に。
「あー……彼女欲しい。結婚したい」
「すりゃいいじゃん。お前モテるだろ」
「俺の貯金はモテてるかもな……」
「貯金も魅力のうちだろ。妥協しろ妥協。あといい加減面倒臭がってないで引っ越せ」
スタンピードも無事終わってホッとしたけど、暇になると独り身が沁みるんだよな。
ちなみにマージはこの街で可愛い子を見つけて去年結婚したし、ボルトも最近一緒に出掛けるようになった女の子がいるらしい。
俺もそろそろ相手を探して結婚して……そうしたら、金はあるんだしもっと安全な街に移住しようかなぁ。
店を出て、じゃあまたな、と言ってふらふらと歩いて行ったアローと別れ、方角が同じマージと一緒にのんびりと歩く。
スタンピードは終わったが街では色々な仕事が山ほどある。多分俺は明日から大型魔獣の解体作業に呼ばれるだろう。
家よりデカい魔物も、俺にしか見えないボルトをポコポコ抜けばすぐにバラバラになる。皮に肉、角や目玉など、道具を使うよりも早く簡単に綺麗に部位ごとに分けられるのが、俺の魔法の良いところだ。
その素材でこの街は潤い、城壁が拡幅されて新しい家がマージの魔法で建つのだろう。
三人とも二十代前半でここに飛ばされてきて、もう五、六年経つ。
この数年でスタンピードの被害が驚くほど少なくなり、都市は景気が良くなったと人伝に聞いた。魔の森もほんの少しずつだが切り開かれつつあり、人間の生存圏を押し戻している。
その多くにアローの功績があると思うんだが、本人は今ひとつ自覚がないようだ。
魔力切れの心配もなく、ほぼ無詠唱で、自動追尾式の凶悪な魔法を馬鹿みたいに連発できる……使える魔法がそれ一つだけだとしても、この街では恐ろしく役に立つ。
他のゲームで強かった戦士とか魔道士は、いくら強いとイキがっても大抵すぐに壁にぶち当たるものらしい。
戦士系なら実際に間近で敵と戦うのが怖くて出来ないとか、スキル回しがゲームみたいに上手くいかないとか。魔法系なら詠唱やリキャストタイムが長すぎるとか、MPが足りないとか。
だがアローの場合そういう問題が一切ないのだ。
さらにそれに加えて本人の体力その他、あと性格が常識的な一般人男性の枠を全く出ないのも大きい。調子に乗って横暴に振る舞ったり破壊行為を始めたりする心配は少ないし、万一があっても制圧が簡単そうなので、国からは大変に安全で有用な男と認識されている。
知らぬは本人ばかりなりってやつだよなぁ。
そんなことを考えながら黙って歩いていると、不意にマージが顔を向けてきた。
「……そういえばさ、あの話聞いたか、ボルト」
「ん? どれだ?」
「アレだよアレ……砲台を運搬するためのなるべく平らな道を、森に向けて敷設する計画があるって話。俺、それが出来たら安全に運ぶための専用護送車を作ってくれって言われてんだけどよ」
「ああ、アレ……俺も解体屋経由で聞いたな。仕事が増えるし街が広がるかもって仲間は喜んでたけど……本人知ってんのかなぁ」
「知らないと思うんだよな。教えてやった方がいいか悩んでんだけど、どう思う?」
俺はその問いにしばらく考え、そっと首を横に振った。
「黙っとこう。アイツのことだから、知ったら街を出るとか言い出すぞ、きっと」
「……そうだな、言いそうだ。俺たちとこの都市の安全のため、まだまだ頑張ってほしいからな」
自己評価が低めの友人は、次は森まで運搬されるってわかったら逃げ出しそうだ。まぁアイツの身の安全は絶対に守られるとは思うけど。
「うちの嫁さんがさ、アローに女の子紹介したいって言ってるんだよな……この街の住人で、絶対に引っ越したりしない世話焼きの可愛い子がいるって。紹介してもいいもんかなぁ」
「わぁ……上手くいくといいな、うん」
本人のあずかり知らぬところで、アローはすっかりこの街に必要不可欠な戦力となり、密かに包囲網が敷かれつつあるようだ。
それを羨ましいと少し思うが……まぁ、俺には俺でやれることもあるし、気になる娘もいるしな。
「ハズレゲーム同士、頑張ろうな」
「おう」
役に立たなそうな能力でも、使い道はそれなりにあるもんだ。
さ、明日のためにさっさと帰ろう。
じゃあまたな。




