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dfgt  作者: シ閏
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dfgt1 demo

 「どもー!はろっはろ、ちいちゃんと?」 

 「みーなんでーす………」

 「あれ〜?みーなん元気ないぞー?」

 「…ごめん。一旦ストップ」

 「え?あぁ、了解〜」

 そう言って、二サイズほどオーバーしたベージュのジャンパーを着込み、ライトグレーのニット帽を深く被った千夏が乾いた落ち葉の上に細々と設置されている先月買ったばかりのGoProへと手を伸ばす。その背後からは車のハイビームがしゃがんで動画を撮影する二人を眩く照らし、周囲の静けさを何も言わずともかき消している。

 「みーなんどした?もしかして怖いの?まったく怖がりさんなんだから〜」

 「あ、いや、そうじゃないって言うか…」

 「じゃあなに?」

 「いやぁ…これって一応心スポ企画じゃん?」

 「うん」

 「だから、なんて言うか、もうちょい声のトーン落とす~みたいな?」

 「あ~…確かに!雰囲気大事!流石はみーなん!じゃ撮り直すね」 

 「うん」 

 「ほい3…2…1…どうもー、はろっはろ、ちいちゃんです」 

 「みーなんでーす」 

 「今日は、西日本最強の心霊スポット、大三島の梅子堂へきてまーす…いやーここはえぐいね…」 

 「なんかさ、ここ来る途中に海岸に突っ立ってる変なおばあさんとかいたよね?」 

 「え!みーなんも見たの!?あれほんとに怖かった!」 

 「よし、それじゃ早速行ってみますか!」 

 カメラを前にして、その不自然極まりない会話を早々に終わらせた千夏がGoProに手を伸ばし、弓那は膝に手ついて立ち上がり腰を左右へグイと捻っては、今から踏み込むその道を見上げて素っ頓狂な声を出す。

 「……え、ほんとに行くの?」 

 「あっはは。大丈夫だって、どうせ何も出ないんだし」 

 「いや、それフラグな?ははは!」 

 弓那が手を叩いて馬鹿笑いをする。その声が静かな森の中に響き渡る。 

 「ほいじゃ行きますか」 

 千夏が膝に手をついて立ち上がり、背筋をグッと伸ばして落ち葉を踏み締める。

 そうして例の心霊スポットの入口へGoProを構えながら踏み込む。が、たった一歩進んだ途端に前を行く千夏の足が静止する。 

 「どした?」 

 その後ろから弓那がちょこんと顔を出してそう尋ねる。 

 「いや…さ…ここ行くの…?」 

 そう言われて千夏の向く先を見てみると、その異様な雰囲気に息を飲む。 

 「………ひろっち…呼ぼっか…」 

 

 本当にふざけている。今が何時か分かっているのか。23時だぞ?これだから女ってのを好きになれない。男を何だと思っているんだ、俺を何だと思っているんだ。弓那に呼ばれたから仕方なく行くが、もうこれっきりにして欲しい。どうせいつもの動画の手伝いなんだろう。そもそもこんな夜中に撮影なんて…まぁ、どうせまたオカルト系のチャンネルに憧れて心霊スポットに行ってみたものの、たった2人じゃ足がすくんだとかそういう下らないオチだろう。容易に想像がつく。それなら最初から呼んでいれば良い。そういう系統には慣れているし、幽霊なんて信じてすらいない。最初から呼んでくれれば、そうしてくれれば最初からこんなイライラせずに済んだのに。

と、怒りを募らせ車を走らせ、山陽自動車道の入り口まで向かう。

 ここからだと岡山大学がよく見える。自分はあそこへ実家から通っている。二浪の末に合格したものの、念願の医学部には入れず、それでもなんとか第二志望の薬学部に合格しはや二年になる。小学生の頃から始めた空手ももうすぐ初段。好きな女子もでき、型落ちではあるものの念願のGR86を親戚から譲り受け、父からは誕生日に高価なPCまでプレゼントしてもらった。何もかもが上手くいっている。それも怖いくらいに。だから、今はかなり不安だ。今から行く場所がどこであろうと、幽霊とか、祟りとかがあろうがなかろうが関係なしに、人生とは上手くいっているタイミングで下落することが多いからだ。

 親友で浪人期間を共に過ごし共に合格した中津と言う奴がいた。中津は教育学部に合格し、親からは合格祝い金として100万円をもらっていた。しかしそれからはギャンブルにはまり、たて続けに負け、多額の借金をしてから大学には来なくなった。

 しかし、こういった話は大学生という身分の人間にはよくある話だ。緊迫した受験期間を過ごし、それを終えキャンパスという一つのゴールへ辿り着く。そこは高校なんかと違って、ルーズで、砕けてる感じがして、かっこよくて、好きなことに時間を設けられて、そして何よりも理想の自分を身近に感じられ、くしくも親近感に浸ってしまう。そこで自らを奮い立たせ、謙虚になり夢にしがみつこうとするから「将来の夢」と言うのものは叶うのであって、それが出来ずに親近感に浸ったままの人間なんていうのが結局あとから深い後悔と絶望に苛まれて、最近何かとニュースで取り上げられる闇バイトなんかに手を出してしまうのだ。つまり、この大学生という時期は、あの場所へ通う全員が恐怖すべきものなのだ。

 大学生は人生の夏休みだと周りの大人はよく言うが、その夏休みという事柄自体がタガが外れやすい時期であり、それが従来の48日だけならまだしも4年と続けばそれはそうなる。世間は人生の夏休みなんて勘違いしやすい呼び名を訂正して、クズ人間予備軍予備施設くらいに改名するべきだろう。


 かなりの時間が経ち、いつの間にやら福山西のインターチェンジまで来た。広島県福山市と言えば、小学生の頃に修学旅行で訪れたみろくの里を思い出す。訳も分からず適当にはしゃぎ回っていたあの頃が懐かしい。何が懐かしいって、あの頃の純粋さだ。周りの目を気にせずにはしゃぎ回れて、つまずいて転んだら周囲の目なんてお構いなしにギャンギャン泣けた。

 あぁ、戻りてぇ…

 そうしていつの間にやら尾道大橋のインターチェンジを通過する。尾道大橋は向島から市街地へ続く無料の旧尾道大橋と、瀬戸内海に浮かぶ島々を繋ぐ幾つもの橋、そして愛媛県今治市まで続く「しまなみ海道」の入り口である有料道路の新尾道大橋に分かれている。自分は二人がいる大三島までさっさと行ってしまいたいので新尾道大橋へと進む。勿論、交通費もガソリン代も女二人に請求するつもりだ。

 カーナビへ目を向ければ、いつの間にやら向島に差し掛かっていることに気づいた。

 この向島はかつて七つの島に分かれていたそうで、満潮時は船で行き来していたという。今のこの島の様子からは想像もつかない。

 日中であれば奇麗な市街地が見渡せるが、大抵の人間はそこからの景色に違和感を抱く。よく見ると、青い瓦屋根の家が異様な程に多いのだ。Googleマップで空中から見ればその多さは更に分かりやすい。これは四、五十年前に西日本にてこの青色、正確には青緑色の瓦屋根が一大ブームとなったことに起因する。というのを愛媛に住む祖母から教わった。その祖母の家の周りにも似たような色の瓦屋根が密集していた。だからどうと言うことは無い。ただ、ここを通るたびにその思い出が蘇ると言うだけのことだ。

いつのまにやら島を抜け、因島大橋に差し掛かる。

 この橋の先にあるのが因島だ。因島と言えば、瀬戸内海を中心に活動した海賊集団、村上水軍の軍城がある。この村上水軍は海賊と言えども急襲や略奪を避け、守ることに重きを置いた珍しい海賊だったそうで周辺の大名との交流も盛んに行い、獲った魚を届ける漁業者としての一面もあったそうだ。果たしてそれを海賊と呼べるのかは分からないが……そんな因島という名前の由来は諸説あるようで、本州側から見ると向島、岩小島、細島、佐木島に隠れているから「隠の島」とか、後白河院(後白河天皇)の私的な土地だったから「院の島」とか、他にも色々と由来があるのだと。

 しかし、因島と言うと、個人的には囲碁の名手である本因坊秀策を連想する。まぁ、それは直近に見たアニメの影響のせいかもしれないが。

 因島を横断し、今度は生口島へ通ずる生口大橋を渡る。この生口大橋の全長はおよそ790メートル。新尾道大橋と来島海峡第一大橋を例外として除いたとしても、この790メートルという距離でありながら、しまなみ海道に架かる橋の中では大三島と伯方島を繋ぐ大三島橋に次いで2番目に全長が“短い”というので驚きだ。

 個人的にはここから見る日中の瀬戸内海が一番好きだ。内海の素晴らしさと言うのもののなんたるかがしみじみ伝わってくる。因みに、夜景なら来島海峡大橋から見る景色が一番きれいだ。キラキラとした今治市の夜景が一望できる。

 そんなことを頭の中でぶつぶつと呟きながら生口島へと入る。生口島と言えばレモンだ。レモンの一大産地と言えば広島だが、その五割以上がここで生産されている。そんな生口島の由来は、因島同様に諸説あり、はるか昔、神武天皇が奈良盆地とその周辺を統治していた長髄彦ながすねひこを討伐する際、道中のこの地で斎串いぐしと呼ばれる祭祀具を建てて祭ったことに由来する。とか、邪馬台国が奴隷の意を持つ「生口せいこう」をここに留めていたから。とか、「神がいつく島」の「いつく」が「いくち」に変化したとか、まぁ色々あったりする。

 そんな生口島を横断すると、今度は大三島へ繋ぐ多々羅大橋という、今までとは一風変わった名前の橋が登場する。この多々羅は直下の海峡の多々羅海峡や、多々羅磯という岩盤から由来しているのだと言う。橋はみんな島名から由来しているのかと思っていたが、案外そんなことも無いらしい。

 そんな多々羅大橋は、完成当時は世界最長の斜張橋だったそうだ。斜張橋は簡単に言えば吊り橋の一種で、当時1位2位の関係にあったフランスのノルマンディー橋とは姉妹関係に当たるのだそう。橋如きに姉妹も兄弟も無いような気がするが、まぁそっとしておくとして、この多々羅大橋と言えばやはり「多々羅の鳴き龍」が有名だろう。大三島側の主塔部で手を叩くと、逆Y字型をした塔の内部で何度も音が反射し、共鳴しながら上へ登っていく。その姿が龍に似たことからそう呼ばれるようになったと。橋の名前も観光スポットも文句なしにカッコいい………行ったことは無いけど。

 そうして、やっと二人がいる大三島へと到着する。


 およそ1時間30分の道のり。言われた通りの場所へと到着する。路肩に駐車して辺りを見渡すが、2人の姿が見当たらない。緩いアスファルトの上り坂、辺りは真っ暗。道路のすぐ横には杉の木が立ち並び、その奥は暗すぎて何も見えない。ただ暗いだけじゃない。黒と灰色の混ざった靄のようなものが視界を妨げるように視界を遮る。スマホのライトをつけ、辺りを右往左往と振り回すと、弓那の愛車であるピンク色のダイハツタントを見つけた。が、車内に2人の姿は無い。わざわざ呼んでおいて、ほったらかして先に進んだ。なんてことは無いよな。などと不安を募らせる 

 と、突然。何者かに肩を掴まれる。 

 「うらめしやぁあ!!!!」 

  そんな笑いを押し殺したような声が 真っ暗闇な山肌にこだましてゆく。

 呆れる。こんなことで驚くとでも思っているのか。なめられたものだ。 

 「ひぃっ!!」 

 そうわざとらしく悲鳴を上げてみると、その声の主は手を叩きながら声高らかに馬鹿笑いをする。 

 「あぁっはっはっは!!何ぃ、何その声!!あっはっは」 

 甲高い声が深夜の山間に響き渡る。声の主は千夏だ。  

 「いや、マジ怖いからやめてってぇー」 

 「あはは、ごめんごめん」 

 「あれ、弓那ちゃんは?」 

 「ここだよん」 

 弓那がそう跳ねるような口調で草むらから、GoProを片手に出てくる。 

 「え、撮んなってぇ~」 

 「ごめんごめん!じゃ、とりあえず自己紹介!ほら、カメラ役のひろっちです!って」 

 「えぇ~まじでぇ?」 

 「いやーねー、この前の動画でひろっちファンが何人かついちゃってさ。ひろっち再出演の要望も多かったし、丁度いいじゃん!ほら!」 

 そう言って、弓那が裕也の胴体を映す。 

 「えー、どうも。ひろっちです。えっと、カメラ担当します。これで良い?」 

 「だめ!はろっはろが抜けてる!あとやる気なさすぎ!」 

 あぁ、めんどくさい。 

 「はっず……えー、はろっはろ、ひろっちです。カメラ担当しまーす……ちょ、まじ恥ずかしいんですけど」 

 「え、めちゃ良いよ!」 

 弓那が、顔に手を当て恥ずかしがる裕也に特に意味のない褒め言葉を贈る。 

 「ほいじゃ、仕切り直して行きますか!はい、よろしく!」 

 千夏がそう意気込んで先頭へ立ち、弓那は裕也へGoProを託し、道なのかどうかも疑わしい場所へと踏みこんでゆく。 

 「あれ、もしかしてみーなん怖がってるぅ?」 

 「ちょ、そんなわけないでしょ?こんなんマジ余裕ですぅ―!」 

 弓那がいつになく声を張る。 

 そうこうしていると、いつの間にか石畳のような階段に差し掛かっていた。面積の広いその階段をゆっくりと上がっていき、おそらく目的地であろう祠の前へと到着する。 

 山の斜面に埋め込まれているような造りをしていて、およそ自分の身長と同じサイズ。とてつもなく不気味で、変な造りをしている。なんといっても異様なほどに正面の扉が大きい。子供一人が通れそうなほどに。 

 「ひろっち!もうちょい近く寄ってきて!これ映してて!」 

 「え、あ、うん」 

 言われた通りに2人のすぐ後ろに着き、祠の全体を映す。 

 「ほら、ちいちゃん。セリフ!」 

 千夏が弓那へそう小声で励ますように言うと、弓那がハッとした表情をして忙しく笑顔を作る。

 「ひえぇ、ここが西日本最恐の心霊スポットかあ」  嫌な予感はしていたが、やはりここか。梅子堂。本来の名前は呻子堂。その名の通り、この祠の中から時折子供の呻き声が聞こえるという噂だ。数年前から学内でも結構噂になっているからよく知っている。 

 よく見てみると、正面の大きな扉には蜘蛛の巣が張ってあり、すりガラスと埃の積もった木の枠で作られているのも見て取れる。 

 「たしか、梅子堂のもともとの名前は、梅の花の梅じゃなくて、呻き声の方の呻子堂なんだって。ここを訪れた人のほとんどがその子供の呻き声を聞いてるからそう名付けられたって噂もあるんだよ」 

 千夏が丁寧に解説をする。 

 「じゃあじゃあ、ここで待ってたらその声聞けるかな」 

 「絶対に聞こえるはずだよ。だって、ここに来た人のほとんどがその声聞いてるんだもん」 

 「え、待って、さっき音しなかった?」 

 「ちょ、みーなん怖がり過ぎだって!」 

 そろそろこの2人の会話を聞くのも飽きてきた。さっさとその声とやらを収めて家に帰りたい。そうしたい。 

 

 あれから30分は過ぎただろうか。 

 気になってこの祠についている大きな扉のその奥をスマホの光で照らしてみてもこれと言って何もなく、張られた蜘蛛の巣を払いのけてそのすりガラスの戸を開けてみても小さな石を積み重ねられた壁があるだけで、かなり拍子抜けした。ついでに、いつ何のために建てられたのかもウィキに載っていた。どうやら今からおよそ70年ほど前にこの土地で討ち死にした日本の兵隊を祭るためにこの山の持ち主が建てたのだとか。 

 この山に持ち主がいることにも驚きだが、なにより、このぼろっちい祠が作られて100年も経ってないというのに驚いた。普通に江戸地時代初期からある歴史的価値の高いサムシング的な見た目だ。まさかこの70年間誰も手入れをしていな……?

「え?」

 まさか……そう思って2人の方を向く。千夏も弓那も自分と同じ表情をしている。呻き声。本当にした。呻き声。小さな子供の声だ。 

 「したよね」 

 千夏と弓那が顔を見合わせる。 

 「ねぇ、ひろっち聞いた?」 

 「うん。完全に聞こえた。この祠から」 

 というより、この祠の、詰まれた石の向こう側から。 

 あぁ、まただ。また聞こえた。誰かのいたずらか?地主がここへ肝試しに来た人皆をからかっているのか?だとしたら性悪だ。 

 「ねぇ!また聞こえた!!やばいって!!」  

 「ねぇもう行こう!ねぇねぇ!!」 

 千夏と弓那が騒ぎだす。 

 「待って」 

 裕也のその言葉に途端に女子2人が静まり返る。 

 「………て……」 

  この声。確実に祠から聞こえる。この祠にスピーカーでも取り付けているんじゃなかろうか。

 「ねぇえええ、また聞こえたよ?ねぇもう行こうよぉ!!!」 

 弓那が半泣きの状態でそう説得を試みるも、千夏も裕也も耳を澄ませてひたすらにその声を聞いている。

 「ミーナン静かに…何か言ってる」 

 「もう……」 

 そうして弓那の鼻をすする音を残してまた静かになる。 

 「………ら…して……ぁ……」 

 千夏の言う通り、何かを言っている。そうして千夏の方を見ると、眉間にシワを寄せ、口を半開きの状態で祠を眺めている。 

 「ねぇ、この中、どう考えても人いるよね。だって…さぁ…?」 

 「思った。その石の壁の向こう側から声するよな…」

 「………ら……て……」 

 その声は先ほどよりも薄れ、掠れていっているようでよく聞こえない。 

 「…ねぇ、これさ。”ここから出して”…って聞こえない?」 

 弓那が恐る恐るそう口を開く。 

 「……やばくない?警察…呼んどく…?」 

 

 その20分後、ミニパトに乗って、おそらくこの島のお巡りさんであろう若いお兄さんが駆けつけてきた。胸には高橋と書かれた名札がはっついてある。 

 どうせ信じてはくれないだろうから「緊急事態だ」と一言言って呼び出した。こんな夜更けに申し訳ないが、仕方ない。事実なのだから。 

 道路脇で事情を説明すると、溜め息を吐き、またかと言う様な表情をする。 

 「はぁ。やっぱり…あのねぇ。皆おんなじ理由で通報してくるんだけど、そりゃ何かの聞き違いですよ。幽霊なんていません。断言しますよ」 

 幽霊…というより、あれは。 

 「人です。あの感じ。どう考えてもおかしいです。

 千夏が高橋に食って掛かる。 

 「って言われてもねぇ」 

 「じゃあ、これ聞いてくださいよ!!」 

 そう言って先ほど撮った動画を大音量で見せる。 

 「ここから、よーく聞いてください」 

 そう言って耳元に突き出す。と、その音声を聞いた高橋の顔色が変わる。恐怖、というより驚愕の顔色を示す。 

 「うわ……うーん?……だからって、なんか、風の音とかが、なんか、こういう風に聞こえたりするんじゃない……ですか?知らないっすけど…」 

 「あぁもう、とりあえず祠まで来て、実際に聞いてください。ほら、弓那!裕也!高橋さんも!ついて来て!」 

 もう動画の事なんて完全に忘れて本名で呼んでいる。 

 そうして警官の高橋を引き連れて例の場所へと赴き、じっと待つ。と、今度は早々に例の声が聞こえてきた。 

 「……し……た…けて………」 

 その声を聞いて高橋の表情が固まる。そのすぐ後にハッとして祠に駆け寄る。

 「中に、誰かいますか!大丈夫ですか!」 

 高橋が正面の大きな扉を開けてそう言うと、中から返事をするように、ハッキリとした口調で「います」と返ってくる。 

 それを聞いて、高橋が息を荒くして立ち上がる。 

 「ほら、いるじゃないですか」 

 千夏がなぜか勝ち誇ったようにそう言い、高橋は再度祠の前に膝をついて深刻な表情で祠を睨んだ。

 「ちょっと、そこから離れていてください!」 

 高橋のその一言に、これから彼が何をする気なのかが容易に分かった。

 「行きます。離れた!?」

 そうして再度立ち上がり、息を大きく吐き、思い切り蹴り入れる。 

 何て罰当たりな光景。法で取り締まる側の人間が凄いことをしている。 

 「固って!」 

 高橋が、尚も蹴りを入れながらそう叫ぶ。 

 「ちょ、裕也も突っ立ってないで手伝ってあげて!」 

 「え……まじで?」 

 「早く!!」 

 もう、どうなってもいいか。 

 そう割り切って、蹴りの構えをする。両こぶしを握って脇を締め、胸の前に構えて、得意技の中段蹴りを祠に…じゃなくて、詰まれた石の壁に思い切りかます。 

 空手を初めて数年。やっとたどり着いた茶帯も、こんな不敬をすれば取り消しか。あと少しで念願の黒帯だったのに。 

 煙を立てて砕け散ったその光景を眺めながらその遅すぎる後悔の波を受ける。 

 

 交番勤務の高橋が砕けた石を除け、中を懐中電灯で照らして息を飲む。 

 それを見ながら3人は高橋の第一声をじっと待つ。

 「…………………」 

 しかし、高橋は目をかっ開いたままただ押し黙り、懐中電灯の先を震わせる。 

 「あのー…高橋さん?人…いました…?」 

 裕也のその一言にも返事は無い。 

 「えっと…あの…?」 

 「子供…子供…がいます……」 

 それはそうだろう。あんな生身の声を聞いて、尚も幽霊だなんて思う者はいない。 

 「なら早く出してあげてください!」 

 「え、あ、そう…ですよね!ごめん眩しかったよね、ほら、手掴んで!」 

 千夏のその一声に我に返った高橋がそう言いながら、ライトを消して手を伸ばす。 

 その光景を茫然と眺める裕也が不意に呟く。 

 「そうか、だからこんなに扉大きいんだ」 

 「だよね。それ思った」 

 千夏が間髪入れずに返事をする。 

 「ほら、もう少し……すんません、ええと、ひろ...やさん...っすよね?そこの石をどけてほしいっす」 

 「あ、うっす」 

 そうしてその扉から、およそ10代半ばほどの、派手な髪色をした少女が出てくる。 

 生身の人間だ。すごく柔らかそうな肌に……少し膨らんだ、胸。それに、瞳は灰色。すごく整った顔立ち。すごい、なんか、すごくかわいい。このまま直視していると自らの何か捻じれてしまいそうだ 

 「おい、裕也。見すぎ。このくそロリコン」 

 千夏のその言葉に胸をぐさりと刺される。 

 「は、ち、ちげえよ」 

 必死にそう返して後ろを向く。 

 「高橋さん、なんか毛布とかってないですか?」 

 「あぁ、ええと、あ、後部座席に自分のパーカーありますわ。取ってきます」 

 「わ、わたしも、前に海行った時の予備タオルあるかも!」 

 今までずっと静かだった弓那がようやく口を開いた。 

 「じゃあみーなんと高橋さん、ダッシュで取ってきて!」 

 そう命令して、千夏は自分の来ているジャージを脱ぎ、その白黒の奇抜な髪色をした少女に掛ける。 

 見ると、弓那と高橋が真剣な面持ちで階段を駆け下りてゆく。 

 「君、名前は?」 

 千夏が少女にそう話しかけるも、少女は息を荒くしているだけで何も話さない。 

 「どこか痛いとこある?」 

 そう質問を続けるも、ただ苦しそうに呼吸をするか咳をするかで返事は無い。 

 「あー…どうしよ……この島って病院あったっけ?」 

 「え?あぁ、調べるわ」 

 ポケットからスマホを取り出し検索をかけてみると一件のみヒットする。が 

 「だめだ、あるっちゃあるけど受付閉まってるわ」

 「……この子、お父さんお母さんとかは……いる…よね?」 

 「いたとしても、こんなとこ閉じ込めるかよ普通。この石の壁も、なんかすげえ頑丈に作られてたっぽいし、こんなのが……70年前に……あっれ……?」 

 そこで今まで気にもしなかった重大な問題に直撃する。  

 「どしたん?」 

 「いや、さぁ。この子さぁ、こん中にいたんだよな?」 

 「うん…そうだね」 

 千夏が祠の方を向いてそう頷く。まだその重大な問題に気付いていないようだ。 

 「この中に…70年いたって…事…なんかな?」 

 「え?…いや、まさか……」 

 「人って、確か3日か7日飯食わないと死んじまうんだよな。ここ蜘蛛の巣も貼ってあったし、埃も被ってたし…人が触った後も無かったし……それに、俺がここの噂聞いたのも……数年前とか…だし」

 「私がここの話聞いたのは…確か、2ヵ月前……うそでしょ……」

 「………………」

 「………」

 嫌な沈黙だ。これ以上にないくらい嫌な静けさ。体中を悪寒が駆け巡る。得体の知れない恐怖が、目の前にいる。美しい姿をした、得体の知れない存在が、その場を何もせずとも凍りつかせる。 

 「もしかして……誰かが、この子を閉じ込めてた……とか」 

 千夏のその言葉を聞いた瞬間に心の底から逃げ出したくなる。まさか、とんでもないものを放ったのでは。取り返しのつかないことをしてしまったのでは。

 「ちいちゃん、タオルと、あと水も持って……って、どうした」 

 いつの間にか階段を上がって、すぐそこまで来ていた弓那が少々嬉しそうにそう声を掛けるも、その場の雰囲気を察したのか、怪訝な表情に切り替わる。 

 「とりあえず、自分のパーカー……?なんかありましたか?」 

 その弓那の後ろから遅れて高橋が到着し、押し黙る3人を見て弓那同様に怪訝な表情でそう発する。 

 「あの…いや…とりあえず、なんでもないです」 

 「…?そう、ですか。そうだ、本部からの応援が来るんで、この後のことはそん時に」 

 高橋がパーカーを千夏に渡し、同じく弓那からも水とタオルを受け取る。 

 「ねぇ、お水、飲める?」 

 千夏が震える手で水のキャップを開け、少女の同じく震える唇へと持っていくも反応は無い。

 その様子を見て諦めた千夏が少女を背中におぶり、ただ無言のまま斜面を降りていく。 

 道路へ出ると、弓那と千夏はピンク色のタントへ少女と共に乗り込み、裕也は自分のGR86へ乗り込む。高橋はパトカーの中で無線を取り、どこかへ連絡を取っている。

 そうして、高橋が呼んだ応援とやらを待つ。


 10分程経った。応援とやらはまだ来ない。小腹もすいてきた。近くにコンビニでもないものかとスマホを取り出し、グーグルマップを開き、ただ「コンビニ」とだけ打ち込んで検索をかけると、いくつか候補が出て来た。一番近いのはローソンだ。車で大体15分の道のり。

 車を降り、冷え切った深夜の森林を見渡しては前方で停車するパトカーまで歩み寄り、軽く窓を叩く。

 「……あ、裕也さん。どうか…されました?」

 窓が開き、疲労感に満ち満ちた高橋の顔が顕わになる。

 「応援ってあとどんくらいで来そうですか?」

 「さぁ…伯方の警察署からここまで結構遠いし、早くてあと20分くらい…ですかね?」

 それなら問題ないか。

 「今からコンビニで軽く食えるもん買ってくるんですけど、高橋さんなんかいります?流石に疲れてるでしょ」

 そう言ってみると、高橋は途端に申し訳なさそうな表情を見せる。

 「あぁ…いやいや、自分職務中ですし……大丈夫ですよ」

 時間は当に0時を過ぎて、辺りも凍えるほどに寒い。パトカー内からは温かな空気が微かに漂っては来るものの、パトカーだから遠慮してなのか、もしくは温か過ぎると眠気を催すからか、自分の車内よりかは暖房の効きが些か悪い様に感じる。

 「分かりました。じゃ、ホットコーヒーだけでも買ってきますわ」

 「え、あ、いやそんな」

 「いいんすよ、こんな時間に呼び出しちゃったんですから」

 そう言ってパトカーを離れ、弓那と千夏がいるピンクのタントへと向かう。車内は温かみのある電球色が微かに灯り、二人ともが後部座席で肩を寄せて仮眠をとっているのが見て取れる。

 その姿に多少の違和感を覚えるが、特に気にすることなく、ただ勇んで悪だくみをする。

 今こそ彼女らにこの一件に巻き込まれたことへの不満をぶつける絶好のチャンスだ。少女の一件であやふやにはされているが、こちとらこんな時間に呼び出され、色々とめんどくさい事を押し付けられた挙句ごたごたに巻き込まれた身なのだ。少しの反撃は許される。もしそれで不機嫌になられても冗談だと言って最初の二人よろしくなぁなぁにしてしまえばいい。

 さて、どうしてやろう。まずは、戸を叩き、寝ぼけた弓那か千夏かが戸を開けたところで死角から飛び出して……それでいこう。

 中腰のままタントの前まで行き、道路側の戸を軽くノックする。

 「……………」

 弱すぎたのか、もう少し強く叩いてみる。

 「………………」

 今度は弓那の本名を聞こえる程度に発して、戸を叩いてみる。

 「……………………」

 おかしい。

 立ち上がり、車内を覗く。相変わらず弓那と千夏が肩を寄り合わせて眠っている。

 「おーい、起きろー」

 窓越しにそう言ってみるも、全くと言っていいほど起きる気配がない。

 「……?おーい、ちなつーーー!ゆーみなーーー!」

 何か、とんでもなく嫌な予感がする。

 「おい、からかってんのか。笑えねえぞ」

 なんだ。この違和感。

 「おい!ガチつまんねんから…おい……おい!!」

 窓を強く叩いてそう叫ぶも、二人ともピクリとも動かない。

 これは、寝ているようには見えない。まるで……。

 確か、なんという名前かは忘れたが、弓那は持病を患っていたはずだ。いや、まさか、そんな。

 ノブを引き、戸を勢いよく開けて車内に体を捻じ込む。弓那と千夏が頭を擦り合わせるようにしてもたれ合い、肩を寄せてただ沈黙している。そんな弓那の肩を揺らす。

 「弓那!おい!弓那!!」

 弓那の頭がグワングワンと前後に揺れる。

 「あの、何が…?」

 高橋の曇った声が背後から聞こえて来た。

 「なんか、弓那も千夏も動かんなってて…」

 「え……失礼します」

 そう断りをいれ、高橋が弓那の首に親指を押し当て、何もない場所をジッと見つめる。

 「大丈夫です、脈はあります」

 「ほんとっすか、あぁ……良かったぁあ…」

 そんな情けない声を漏らすと共に肩から崩れ落ちて膝に手をつく。上がりに上がった心臓の鼓動が徐々に落ち着きを取り戻していく様が、辺りの静けさによってかより一層伝わってくる。一瞬にして張り詰めた糸が解け、それと同時に強張っていた体中の筋肉が情けなくもへたっていくのが分かる。

 その一部始終を見ていた高橋が、何やら慌てた様子でパトカーへダッシュで向かう。その姿を一瞥し、もう一度気を失った二人に目を向ける。そして、その途端に今まで感じていた言い知れぬ違和感が何だったのか、はっきりとした。

 一体

 「どこに…」

 そうだ。違和感は最初からあった。肩を寄せ合っている二人を車外から一目見た時に気付けていたはずだ。だというのに、全く気づけなかった。彼女たちに気を取られて、その奇怪な存在のことをきれいさっぱり忘れ去っていたのだ。

 いないのだ。この車内には、二人しかいなかったのだ。

 「……あ」

 たった一人で、この暗く霞んだその森の中で、今までに感じたことのないような悪寒を背中に住まわせ、ただただ茫然と立ち尽くすしかなかった。

 あの子はどこへ行った。


こういうのすき

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