第8話「内部告発」
翌日の昼ごろ。
私は少しだけ元気になって、ゼクスの部屋のソファに座っていた。
呪いの痛みは完全に消えたわけじゃないけれど、
昨夜の“命の共有”のおかげで、身体が軽くなっている。
(ゼクスの命……ちょっと借りてるんだよね……
考えると、胸が変な意味で痛い……)
そこへ、扉がノックされた。
「ゼクス様……その……大使館の裏口に……」
「裏口?」
ゼクスの声が低く尖った。
「“例の医師”が、こそこそと……」
ゼクスは私を振り返る。
「リア。少し待っていろ」
「う、うん!」
ゼクスはマントを翻し、鋭い足取りで部屋を出ていった。
大使館・裏口にいたのは――
青ざめた顔の男だった。
カミーユの主治医の一人、オリヴィエ医師。
いつもは偉そうに胸を張り、
「薬師は魔法医療の補助にすぎん」とか言っていた人なのに、
今は腰が抜けたように震えている。
「ゼ、ゼクス殿下――あっ、じゃなかった!
と、特使殿!!」
「落ち着け。まさか俺を殺しに来たわけでもあるまい」
「そ、そんな恐れ多いことしませんよっ!!」
オリヴィエは両手をぶんぶん振り回した。
「じ、実は……もう、耐えられなくて……!」
「耐えられない?」
ゼクスが灰色の瞳で鋭く見つめる。
この“真実視”の視線を向けられたら、嘘はつけない。
「ひっ!」
医師は即・陥落した。
「わ、私……カ、カミーユ様から金を受け取り……!
診断の記録を改ざんし……!
リア嬢の調合道具に『病原体』を仕込み……!
院内の証言も、全部、全部……!!」
ゼクスの目が細くなる。
「やはりな」
「あ、あなたは最初から気づいていたのか……!」
「当然だ。俺の能力を舐めるな」
(……能力? たぶん“真実視”のことだよね。
本当に怖いくらい見抜くもん……ゼクス……)
オリヴィエは震えながら胸元から封筒を差し出した。
「これが証拠です……!
カミーユ様が、呪術師と契約していた記録……
それに……リア嬢を陥れるための指示書も……!」
「……見せろ」
ゼクスが封筒を奪い、中身を確認する。
その眉がぴくりと動く。
「……ほう」
ゼクスの口元がわずかに吊り上がる。
怒っているのに、どこか“勝利の確信”を含んだように笑う。
「これは決定的だな」
だが、その瞬間。
ひゅんっ!
空気を裂く音が響いた。
「ひぃっ!?」
オリヴィエが悲鳴を上げ、その右肩を矢がかすめた。
「暗殺……!」
ゼクスが即座に前へ出て、鋭い声を上げた。
「伏せろ!」
オリヴィエは情けない声をあげて地面に倒れこむ。
木陰から、黒装束の男が飛び出した。
カミーユの家、ブルーストの紋章が一瞬だけ光り、すぐに闇へ消える。
「カミーユ嬢の差し金か……!」
ゼクスが低く唸った。
「貴様――リアに続いて、証人殺しか。
どこまで腐っている」
黒装束の男は返事をせず、短刀を構えた。
瞬間――ゼクスの身体が黒い影に変わる。
(き、来た! 夜じゃなくても黒豹モードになるの!?)
黒豹姿のゼクスが、まるで矢のような速度で飛び出し、
暗殺者を倒した。
たった一撃だった。
あっけなく倒れた暗殺者を踏みつけるように抑え込み、
黒豹の牙が喉元へと向かう――
「ゼクス!!」
思わず叫んでいた。
黒豹はその声にびくっと反応し、
ギリギリのところで噛みつくのをやめた。
そして暗殺者を気絶させ、
そのままオリヴィエとリアの元へ戻ってくる。
『リア……怪我は?』
「う、うん……私は大丈夫……!」
黒豹は安心したように鼻を鳴らした。
(いや……私じゃなくて、オリヴィエ医師の心配もしてね?
私を優先してくれるのは嬉しいんだけど……)
オリヴィエは地べたに座り込んだまま震えている。
「た、助かった……ほんとに、死ぬかと思った……!」
『死なせるつもりはなかった』
「ひぃっ……!」
(ゼクス、その姿で心に喋りかけたら、そりゃ怖いよ……)
黒豹の姿から人の姿へ戻ったゼクスは、
オリヴィエの肩を支えながら言った。
「証言内容はすべて記録する。
これでカミーユ嬢の告発を覆すことが可能になった」
「は、はい……!
私も、もう全部話します……!」
オリヴィエの声には、恐怖よりも“罪悪感”が勝っていた。
「リア嬢だけは……本当に、巻き込まれただけでした……!
私は……私がしたことを……必ず償います……!」
その言葉に胸がじんと痛んだ。
(……本当に。
カミーユは、私だけじゃなくて、周りの人まで利用して……
こんな大人まで怯えさせて……何をしてるの……?)
ゼクスは封筒を見つめながら言う。
「これで“証拠”は揃った。
あとは、真実を公の場に出すだけだ」
ーー
一方その頃。
アクアリアのブルースト家・私室では、
カミーユは鏡の前で呪術書を開いていた。
「……また失敗?
もう、あの暗殺者、使えないわね」
鏡に映る自分の姿は完璧なまま。
涙袋の形ひとつ乱れておらず、髪の流れも絵画のように美しい。
――その“完璧さ”こそが、カミーユの狂気を際立たせていた。
「ゼクス……」
鏡に触れた指先が、震えている。
「どうして……どうしてリアばかり見るの?
私ほど完璧な女はいないのに。
才能も、美貌も、魔力も、家柄も……全部持っている私より……
どうして――あんな、魔法も使えない孤児を……?」
ページをめくる。
呪術書の黒い文字が、まるで彼女の心に囁くように揺れた。
「……もう決めたわ」
紅い唇が歪む。
「次の儀式で全部終わらせる。
リアも……ゼクスも……」
そこで、唐突に笑いがこぼれた。
最初はかすかだった笑いは、すぐに堰を切ったように大きくなる。
「あは……あはは……ふふ……
ねぇ、ゼクス……聞こえてる?」
カミーユの翡翠色の瞳から、ぽろりと涙が落ちた。
それは悲しみではなく――狂った恋情そのもだった。
「あなたが……私を愛してくれないのなら……」
彼女は、涙と笑い声を同時にこぼしながら――
「――あなたを殺すわ。
あははは……あはは、はは……!」
鏡の前で、泣きながら笑い続けていた。




