第6話「呪いの兆候」
朝から、どうも身体が変だ。
熱があるような、ないような……
じわりと体力が抜けていく感じ。
「リア、大丈夫か?」
ゼクスが覗き込んでくる。
灰色の瞳が、やたらと鋭い。
でも声だけは、氷みたいに冷静なくせに、触れたら溶けそうに優しい。
「へ、平気……ちょっと寝不足かも……」
そう言いながら立ち上がろうとした瞬間、ぐらり。
「リア!」
ゼクスが素早く支えてくれた。
腕が意外とがっしりしていて、抱きしめられたみたいになり、ちょっと恥ずかしい。
でもそれどころじゃない。
胸が焼けるみたいに痛い。
(何が……どうなってるの……?)
ーー
ゼクスが私をベッドに寝かせ、帝国式の診察を始めた。
アクアリアの治癒魔法とは違って、魔力で身体の内部情報を“読む”方法らしい。
ゼクスの手がかざされると、不思議と身体の奥が薄く光るような感覚があった。
「……リア。これは……病気じゃない」
「え?」
ゼクスは険しい顔のまま、静かに言った。
「呪いだ」
(……え、いきなりファンタジー発言!?
いや、この世界ファンタジーだった……)
でも冗談じゃない顔してる。
「呪いなの……?」
「魂喰い病と呼ばれているものの中には、
本当は“呪術によるもの”が混ざっている。
魔力の反応が、明らかに病気とは違う」
ゼクスの灰色の瞳が、私の胸元あたりをじっと見る。
「お前の中に、魔力じゃない“別の何か”が巣食ってる」
「ひぃ……」
いや、怖い。
「リア。胸が締めつけられる感覚は?」
「ある……ずっと……」
「身体の温度が急に変わったり、手足の感覚が薄れたりは?」
「ある……!」
ゼクスは拳を握った。
「やはり呪いだ」
「でも……どうして私が?」
呪いなんて、私に縁があると思えない。
孤児で薬師で、魔法も使えなくて、誰かに恨まれるようなこともないはずだ……。
「リア、一つ聞く。
お前……カミーユ嬢の血に触れたな?」
「……!」
心臓が跳ねる。
「う、うん……診察のために、少し……」
カミーユが震える声で
「あなたしか頼れないの……」
と言って手を握ってきた時のことが蘇る。
ゼクスは目を細める。
「やはりな」
「え……?」
「大問題だ」
ゼクスは低く唸るように言った。
「魂喰いの呪いは、治療行為を介して“治療者へ移る”性質がある。
つまり――」
ゼクスははっきりと言い切った。
「呪いは、カミーユ嬢から“お前へ”移ったんだ」
「……え?」
「で、でも……カミーユすごく辛そうで……」
「それは呪いじゃない。
呪術を発動した“代償の症状”だ」
「代償……?」
「呪術は術者の魔力と体力を削る。
微熱や倦怠感が出るのは珍しいことじゃない。
だが、“本命の宿主”は最初からお前だ」
「っ……!」
つまり――
彼女の“体調不良”は呪いそのものではなく、
“呪いをかけた反動”にすぎなかったということ。
(じゃあ……あの弱っていた姿は……
本気の病じゃ……なかった……?)
私は唇をぎゅっと噛んだ。
「……でも」
「?」
「もし……もし、カミーユが本当に呪われてたなら……」
ゼクスが「嫌な予感がする」という顔をした。
「私に移って……良かったのかもしれない」
「……………………は?」
ゼクスの脳内で何かが爆発したみたいな顔をしている。
「だ、だって!
カミーユはすごい治癒師で、たくさんの人を救ってて……
もし彼女が呪われてたなら、私が代わりになって……ほら……」
「リア」
ゼクスが低い声で遮った。
灰色の瞳が怒っている。
でも私に向けてじゃない、もっと別の、誰かに。
「お前は……本当に自分を粗末にしすぎる」
「え?」
「まず前提として――カミーユ嬢は呪われてなどいない。
あれは呪術の副作用と“演技”だ。
お前に同情させるための計算だ」
「演技……」
「そして。
“自分の代わりにお前が呪われてよかった”などと、
一ミリたりとも思う必要はない」
「…………」
「お前が苦しむ姿を見て喜ぶ人間もいる。
“お前なら黙って犠牲になる”と利用する者もいる。
……そんな奴らのために、お前が傷つく必要はない」
胸の奥がじん、と熱くなる。
ゼクスの手が、私の頬にそっと触れた。
「リア。
お前が傷ついていい理由なんて、この世に存在しない」
「だが……今は呪いをなんとかするのが第一だ」
ゼクスが資料をめくりながら言う。
「呪いを移された者は、術者よりはるかに症状が重くなる。
今のお前の進行速度は――呪いの“中心”にいる証拠だ」
「中心……?」
「カミーユ嬢は最初から、そのつもりだったんだろう」
ゼクスの瞳が氷のような怒りで濁る。
「まず自分で自分を呪ってから、お前に呪いを押し付けた」
「リア、これからもっと痛みが強くなるかもしれない」
ゼクスが私の手をそっと握る。
温かい手。
大きくて、包み込むみたいな手。
「でも絶対に助ける。
古代文献に“呪いの解き方”があるはずだ。
俺が必ず見つける」
「ゼクス……」
「信じろ。お前は一人じゃない」
そう言って、ゼクスは私の額に触れた。
その瞬間、胸の痛みが少しだけ薄くなる。
(あ……心地いい……)
ゼクスの魔力が、呪いの冷えを押し返してくれているみたいだ。
ゼクスの瞳は固い決意で満ちていた。
「……リアを死なせはしない」
その声は静かで、深くて、
胸の奥にまっすぐ落ちてきた。




