第5話「帝国での保護」
視界の端が、ふわふわしている。
……あれ?
私、いつの間に……こんな豪華な天井の木彫りを眺めるような人生に?
気づくと、ふかふかのベッドの上だった。
背中が沈む。包み込まれる。
(あっ……これ……絶対、高いやつ……)
ぼんやりしていると、
扉の向こうから足音が近づいてきた。
コン、コン。
「リア。起きているか」
低くて、どこか優しい声――ゼクスだった。
扉が開く気配。
入ってきたゼクスは、外交官の黒い礼装のままだった。
髪が少し乱れていて、疲れているように見える。
(え……徹夜……した……?)
「……特使殿……?」
「ゼクスでいいと言った」
「ゼクス様?」
「ゼクスだ」
「お言葉に甘えて、ゼクス」
なんだか、くすぐったい。
彼はベッドの端に座り、私の額にそっと触れた。
「熱があるな」
「へ、熱……?
あ、あの……
ここ、ガルゼイン帝国の大使館ですよね……?」
「そうだ。お前を保護した」
私は慌てて身を離す。
「ま、待って! 近づいちゃダメです!
魂喰い病かもしれないんです!
アクアリアでは……発症したら即隔離で……
人に移したら……私……」
勘違いされても仕方がない。
私が“移した側”だと、皆思っている。
でも――
ゼクスは肩をすくめ、あっさりと言った。
「ガルゼインでは隔離はしない」
「……え?」
「魂喰い病は“血液”でのみ感染する。
触れただけでは移らんし、
ましてや話したり、同じ部屋にいる程度で感染はしない」
「血液……だけ……?」
「そうだ。古いアクアリアの法律とは違う」
(え……
じゃあ……私……
ゼクスを危険に晒してない……?)
胸にあった巨大な岩が、
少しだけ軽くなる。
……でも、もう一つ疑問が。
「ゼクス……どうして、そんな……?」
普通、こんなに詳しくないはずだ。
本職は外交官だし。
ゼクスは少しだけ視線をそらし、
気まずそうに鼻先を触った。
「あー……その……
俺には“真実視”がある」
「……真実……?」
「魔族の血統に稀に現れる固有能力だ。
嘘、虚偽、不自然な点――
“矛盾”を見抜く目だ」
「……え、え、それって……
すごいじゃないですか……!」
「すごくない。
発現したせいで、昔からめんどくさいことばかりだ」
(めんどくさい真実暴き能力……
確かに、黙っているほうが平和かもしれない……)
ゼクスは続ける。
「だから分かった。
カミーユ嬢の涙は嘘だし、告発は虚偽。
医師は買収されていて、証拠も捏造だ」
「…………」
「お前は……
何も嘘をついていなかった」
その言い方が、どうしようもなく優しい。
胸がぎゅっとなる。
「……でも……
私、自分が病気で……
カミーユに移したかと思って……
ゼクスに近づくのも怖くて……」
「リア」
ゼクスは椅子を引き寄せ、
ゆっくり、でも容赦なく距離を詰めてくる。
「俺は……お前に近づかれて困ることはない。
血液を飲ませてこなければな」
「の、飲ませ……!?
そんなことしないです!!」
「知っている」
ふっと笑う。
その表情に、心臓が跳ねた。
(あ……この人……
笑うと……ずるい……)
ゼクスは紙の束を机に置いた。
びっしりと記録や符号が記されている。
「カミーユ嬢の医療記録を調査した。
発症タイミングが不自然だ」
「不自然……?」
「魂喰い病は“移した側”が先に発症する。
記録上の彼女の症状は、
本来なら“お前より後”に出るはずだ」
「…………」
「つまり――
お前は“移した側”ではなく、
“移された側”だ」
言葉が、心に刺さる。
痛くて。
でも、どこか救われる。
(だって……
もしそれが本当なら……
私……カミーユを傷つけてない……?)
「な、なんで私……?」
震える声で問いかけると、
ゼクスは真剣な瞳で見つめてくる。
「お前が“生贄に選ばれた”からだ」
「…………え?」
「カミーユ嬢は……お前を五年間、
“利用するために育てていた”可能性が高い」
心が、冷たくなる。
手が震える。
息まで痛い。
(そんな……
そんなの……信じたくない……
だって、カミーユは……
私の……たった一人の親友で……)
ゼクスは、震える私の手をそっと包んだ。
「リア。
今は、信じられなくていい。
だが――真実は必ず暴く」
「…………」
「そして、
その間……俺を頼れ」
灰色の瞳が、静かに揺れる。
「お前は一人じゃない」
堰が切れたように、涙が溢れた。
「……ゼクス……
ありがとう……」
私は泣きながら、
ようやく少しだけ息ができた。




