第13話「新しい光」
――あれから、三週間が経った。
アクアリア評議会は公式に誤りを認め、追放令は完全に撤回された。
評議会の代表者が深々と頭を下げ、「罪は我々にあった」と宣言した時、
胸の奥で固まっていた何かが、ようやく溶けていくのを感じた。
不思議なもので――
あれほど苦しかったのに、私は評議会を責める気にはなれなかった。
(……もう、終わったんだ。私は戻ってきたんだ)
その事実の方が、ずっと重くて、ずっと救いだった。
薬師ギルドも謝罪と称して、
果たして何人分なのかわからない焼き菓子の山を送ってきた。
正直、食べ切れない。
そして私は久しぶりに、自分の調合室に立っていた。
散らかりかけの机。
昨日煎じた薬草の匂い。
棚の上でしれっと埃をかぶっていた古い瓶。
こんなに雑然としているのに、こんなにも懐かしい。
(……ただいま、私の場所)
胸がじんわり温かくなった。
「リア、顔色がだいぶ戻ったな」
振り返ると、ゼクスが立っていた。
いつもより少し砕けた表情で、
けれどどこか心配の気配を隠しきれない、
そんな灰色の瞳で私を見つめている。
「ゼクスさん……また来てくれたんですか?」
「“また”とは心外だな。これは見回りだ。公務の一環だ」
「公務……ですか?」
「そうだ。心配で仕事が手につかないという“重大な公務”だ」
最後の言葉は聞こえるか聞こえないかの小さな声だった。
けれど、その一瞬の照れたような横顔に、胸が少しだけ熱くなる。
あの日以来、ゼクスは本当に頻繁に来るようになった。
大使館から足早に抜け出し、
忙しいはずの仕事をきっちり片付けて、
まるで日課のように、私の調合室へ姿を見せる。
その理由を、私はまだ聞けていない。
聞くのが――少し怖い気もしている。
コンコン、と控えめなノックが響いた。
「リア……いい?」
「カミーユ! どうぞ」
扉の向こうに立っていたのは、
どこか儚げな表情をしたカミーユだった。
三週間前までの彼女は、怨念に飲まれたような表情をしていた。
でも今は、生来の優しさが戻っている。
「調子は……本当に大丈夫? 無理していない?」
「うん、大丈夫。むしろあなたのほうが心配よ」
カミーユは胸に箱を抱えたまま、一歩だけ部屋に入る。
「今日は……これを持ってきたの。
リアが調合してくれた薬が、私の症状を安定させてくれてる。
だから、その……お礼を」
「えっ、そんな……むしろ私のほうがありがとうだよ。
カミーユが元気で、本当に……よかった」
言いながら、胸の奥がじんわりと熱くなる。
私は、カミーユが本当は私を嫌っているかもしれないって思っていた。
でもあれは……彼女の意思ではなかった。
調査が進み、
“カミーユは長年、母親の怨念に取り憑かれていた”
という事実が明らかになった。
呪術書も、儀式も、嫉妬も――
本来の彼女とは無関係だったのだ。
そのせいか、評議会は彼女を裁くことはしなかった。
ただし、“再発防止のための保護観察”という処分がついた。
でも、それは処罰というより“保護”に近いものだった。
「……リア」
「なに?」
「……あの時、抱きしめてくれて……ありがとう。
あなたが言ってくれた“親友だよ”って言葉、
今でも胸があったかくなるの」
「カミーユ……」
私はゆっくりと彼女の手を取った。
「これからも、ずっと親友だよ」
カミーユは涙をこぼし、静かに頷いた。
その横顔を見て、胸がまた温かくなる。
(あぁ……これが“戻ってきた日常”なんだ)
そう思った。
ゼクスは横で腕を組み、
優しい顔でそれを見守ってくれていた。
「……よかったな、リア」
「うん……本当に良かった」
夕方、
調合室の窓から、茜色の光が差し込んでいた。
ゼクスが帰り際、何度も振り返りながら言った。
「リア、実は……今日、お前に話したいことがあって」
「え?」
胸が急にドキッとする。
なんだろう。もしかして。
妙にゼクスが真剣な顔をしている。
「実は俺は――」
「リア姉ちゃーーーん!!」
孤児院の子どもたちが全力疾走で飛び込んできた。
私に抱きつき、ゼクスの足にも絡みつく。
「に、逃げ場がっ……!」
「リア姉ちゃん遊ぼー!!」
「ゼクス兄ちゃんもお菓子ちょうだい!」
「おい……なぜ俺に来る……!」
ゼクスの言葉は、派手に遮られてしまった。
「……邪魔が多いな、今日は」
「え? なんて?」
「いや。なんでもない」
ゼクスは悔しそうに息を吐いた。
けれどその目は――どこか優しく笑っていた。
私もつられて微笑む。
「今日もありがとう、ゼクス」
「……こちらこそだ。
また来る。……明日も」
夕陽がゼクスの頬を照らし、
その影が私の影と重なって揺れる。
まだ、距離はひとつ分だけ残っている。
でもそれでいい。
焦らなくていい。
恐怖も呪いも消えて、
やっと手にしたこの“何気ない日常”を、
私はゆっくり大切にしていきたい。
いつか、ちゃんとゼクスの気持ちを聞ける日が来るだろう。
私は調合室の窓から空を見上げ、
胸の奥でそっと呟いた。
「……今日もいい日だったな」
そして、小さく笑う。
ここからが、私たちの新しい光だ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
リアとゼクスの物語を見届けてくださり、本当に感謝しています。
そして、少しだけ余談を。
実はゼクスは、拙作
『塔に監禁され、婚約破棄された『呪われ令嬢』ですが、 最強の将軍に過保護すぎるほど激甘に溺愛されて毎日が大変です』
に登場する ヒーロー“将軍様の兄” でもあります。
ゆるく世界がつながっていますので、興味があればぜひお立ち寄りください。
さらにもうひとつ、お知らせを。
この物語のスピンオフとして、
カミーユが主人公の新作
『恋が怖い剣士の私、
わんこ系の最強年下冒険者に距離ゼロ溺愛されています』
を 本日20時に公開 します。
カミーユの物語は 短編でサクッと読める ボリュームになっていますので、
「ちょっとだけ続きを見てみたい」という方にも気軽に楽しんでいただけると思います。
彼女が五年後にどんな旅をして、
どんな相手と出会い、
どんな恋をしていくのか――
もしよければ、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




