第11話「真実の暴露」
――真っ暗だった。
何も見えない。
息がどこかへ消えていくみたいに苦しくて、胸の奥を誰かの手が握り潰しているようで、痛くて、怖くて――。
(……ゼクス……)
ぼんやりと揺れる声だけが、私をこの世界に繋ぎとめていた。
「リア! リア、戻ってきてくれ……!」
その声に向けて必死に手を伸ばした瞬間、暗闇に亀裂が入る。
「……っ!」
気がつけば、私はゼクスの腕に抱きしめられていた。
けれど、帝国の大使館ではない。
眩しい照明、ざわめく無数の声、天井まで響く高い空間――
ここは連邦評議会の“公開法廷”だった。
視線がこちらに集中しているのが、皮膚で分かるほど圧迫感がある。
「リア……気づいたか」
ゼクスの声は掠れていた。
その目の下には隈ができ、髪も乱れ、どれほど焦り、どれほど私を抱え続けたのかが分かる。
(……ゼクス……こんな顔、初めて……)
胸が痛いのは呪いだけじゃなかった。
「どうして……ここに……?」
「お前を救うためだ。
民衆の声と、俺が皇太子として行使した強制力で、評議会を無理やり動かした」
ゼクスは私をそっと椅子に座らせ、証言台の前に立つ。
その背中は、私が知る誰よりも凛としていた。
いつもの外交官の顔ではなく――
帝国の未来を背負う“皇太子の顔”。
(ああ……やっぱり……ゼクスは……皇太子……)
胸がズキンと痛む。
でも、その痛みは呪いよりも、少しだけ温かかった。
「ゼクス・ヴォルフガルト皇太子。
本日そなたは、何の証明を求めるのか?」
議長の重い声に、ゼクスは呪術書を高く掲げた。
「リアの魂喰い病――それは病ではない。
呪術によって作られた“呪い”だ」
会議場がざわめく。
「そして、この呪いを用い、リア・アーデルを陥れた者がいる」
ゼクスは呪術書を開き、余白の手書きメモを見せる。
「“リア、あなたは5年間、本当に便利だったわ。
最後は生贄として使わせてもらうけど、感謝してる。”」
言葉が落ちた瞬間、空気が一瞬で凍った。
(……カミーユのメモ。分かっていても……やっぱり……つらい……)
カミーユの部屋で読んだときと同じ衝撃が、胸をえぐる。
分かっていたはずなのに、こうして人前で突きつけられると、息が止まりそうになる。
「ち、違う!! そんなのデタラメよ!!」
カミーユが弾かれたように立ち上がり、叫んだ。
しかし、ゼクスは冷静だった。
今まで見たことがないほど、冷たく、強い。
「そうか。では、これに見覚えは?」
ゼクスがもう一つの資料束を広げる。
「これは――前ギルド長、エレノア・ブルーストが残した“呪術使用記録”だ」
「……っ……!」
カミーユの顔色が、一瞬で蒼白になった。
「かつてエレノアは、“不要な薬師を排除する”ために呪術を使っていた。
その犠牲者には――」
ゼクスは議場中に響く声で読み上げる。
「例えば十年前、孤児院の院長“エレーナ・アーデル”。
理由――“魔法に頼らず独自の調合術を編み出していたため、危険視された”。」
(……あぁ……)
私は唇を噛んだ。
カミーユの部屋で呪術書のリストを見たときに知っていたはずなのに――
こうして公式の場で読み上げられると、真実なんだと実感してしまう。
(院長先生……やっぱり呪いで……)
胸が締め付けられ、涙が滲む。
ゼクスが、私を一度だけ振り返った。
その目に宿るのは、深い哀しみと怒り。
「リア。お前が背負う必要はない。
罪は、あの家が負うものだ」
その言葉に、胸がまた痛む。
「そ、それは母が勝手に……私は関係ない!!」
カミーユがヒステリックに叫ぶ。
「本当に関係ないのか?」
ゼクスの鋭い問いが放たれる。
「お前は母の呪術書を受け継ぎ、
“儀式の完成には生贄が必要”と知った上で、リアを駒にした」
「違う!! 私は……私は……っ!」
「リアを“便利な孤児”として依存させ、
拒絶できないよう心理操作し続けたのも、お前だ」
「黙ってぇぇぇ!!」
カミーユは耳を塞ぎ、後ずさる。
その背が壁にぶつかっても、揺れる瞳はどこにも焦点があっていないようだった。
「証言者、前へ」
議長の声に応じて、医師オリヴィエが震える足で証言台へ進んだ。
「……私は、真実を話します」
震える声で、
「カミーユ嬢から買収され、
リア嬢の診断結果を偽装したのは事実です」
「嘘よ!!」
「さらに……カミーユ嬢は“母の悲願を継ぐのは自分だ”と語っていました。
“薬師の世界を消す”、“魔法師だけの国にする”と……」
「黙れぇぇ!!」
カミーユが絶叫した。
涙が滲み、化粧が崩れ、まとっていた“聖女”の仮面が粉々に落ちていく。
「世界の秩序よ!!
魔法が使えない劣等種がのさばるからおかしくなるの!!
私は……母の遺志を継ごうとしただけ!!
何が悪いのよ!!」
その狂気に満ちた言葉に、会議場が静まり返った。
その静寂は、恐怖に似ていた。
ゼクスはゆっくりと近づき、最後の言葉を突きつけた。
「――カミーユ・ブルースト。
お前の母はリアの院長を呪い殺した。
そしてお前は、院長の娘であるリアを生贄として選んだ」
「違う……違う……違うの……!」
カミーユは震え、涙をこぼし、首を振り続ける。
ゼクスの声は冷たかった。
「母の罪から逃げたかったのなら、呪術書に手を出すべきではなかった。
お前は同じ罪を繰り返し、同じ苦しみを他者に押しつけただけだ」
「……!」
カミーユの瞳が強張り、ひび割れるように表情が崩れる。
ゼクスが決定的な証拠を突きつけた瞬間、
カミーユの顔から血の気が引き、唇が震え始めた。
「ち、違う……違うのよ……私は……ただ……」
視線が宙を泳ぎ、必死に“何か”を探すように彷徨う。
「私は……母の意思を継ごうとしただけ。
魔法師だけの国をつくる……それは“正しい”ことなの……。
魔法のない人間なんて……ただの足手まといじゃない……!」
叫びながら、涙が頬を伝い落ちる。
「それに……!
あなたは私を見てくれなかった……!」
その瞳に、嫉妬、憎悪、そして“正義のつもり”の狂気が渦巻く。
「リアみたいな出来損ないの薬師ばかり庇って……!
魔力もない孤児なんて、本来は不要なのよ……!」
会場が凍りつく。
だが、カミーユは止まらない。
「私は正しいことをしてきたの!!
母の悲願も、家の名誉も、全部私が背負ってきた!!
だったら――
好きな人くらい、私が選んで手に入れて何が悪いのよ!!」
その瞬間、顔が歪み、歯を剥き出すように叫んだ。
「ゼクス……!!
あなたまで私を拒むなら……!」
少しの沈黙の後で放たれた言葉は、会議場の空気を裂いた。
「薬師のリアも……あなたも……
まとめて殺してあげるわ!!」
「あは……ははは……はははッ……!」
涙を流しながら笑うその姿は、
“聖女”ではなく――
呪いに食われた怪物だった。
ゼクスが私を抱き上げた。
視界が揺れ、呼吸が浅く苦しい。
また意識が遠のきはじめている。
「ゼクス……院長先生……何もできなくてごめんなさい……」
「リア。お前は何も悪くない。
全部、あいつらの罪だ」
私の体を抱きしめながら、ゼクスは震えた声で続ける。
「今から呪いを解く。
……俺の命がどれほど削れようとも」
その言葉を聞きながら、私は再び暗闇に沈みそうになっていた。




