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第8話 魔王との遭遇 2(オルフィオ視点)

 侯爵の怒鳴り声が響く。


「呪いを制御できんお前は、どうせあと数年で死ぬ!そんな奴との結婚なぞ誰が許すか!」


「必ず制御してみせます」


「お前のせいで、エレナは国際機関の調査一歩手前まで来ている。お前がエレナを危険に晒しているんだ! 制御だけできたとして何になる!? 私にすら勝てんようでは、今後一生エレナを隠し守ることなど到底不可能だろう!」


「では、あなたに勝てば、彼女と結婚しても良いということですね」


 全く怒りを意に解さぬアルフレードの態度に、侯爵は声を低くし殺気が漏れ出している。


「……辺境伯よ、ご子息は大変下手な冗談がお好きなようだなぁ!?」


 まずい。

 侯爵は完全に瞳孔が開いている。

 このままでは魔力暴走を起こしかねない。


「アルフレード、やめろ! お前は父を処刑台に送りたいのか!」


 侯爵や辺境伯、大臣達の怒号や懇願、追及は止まず、アルフレードは全てに平然と言葉を返す。


 その小憎らしい様子に、また侯爵の怒りが膨れ上がる。


 そんなことを繰り返し続いた話し合いは混沌を極め、ついに父が言った。


「はあ……。アルフレード・モンテヴェルディ。お前をエレナ・スフォルツィア侯爵令嬢を婚約者とし、結婚することを認める」


「レオナード!!!!ふざけるな!!!」


 怒りのあまり、侯爵がついに父を呼び捨てで呼び始めた。


「そうするしかないだろう。すでに譲渡契約書も提出されてしまっている。こちらではエレナの分の書類を、ただの遅延と誤魔化して提出するくらいしか、もう手がない」


「ありがとうございます、陛下」


 眉一つ動かさずに、恭しく礼を述べるアルフレード。

 父は彼をじっくりと見つめ、目をきつく瞑ると、深く息を吸い、私を見た。


 唐突に、私の全身の肌がゾワっと粟立つ。

 

 ──父上、()()()()()()


 本能的に思った時には、もう遅かった。

 父は静かに言った。


「ただし。呪いを制御し命を延ばすこと。エレナ嬢を守れるように、侯爵より強くなること。それまで婚約の事実は隠し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、王都で保護する」


 その瞬間、巨大な壁に打ち付けられたかのような衝撃が全身を撃ち、私の意識は途切れた。







 意識が戻ってから父に聞いたことには、アルフレードが放った殺気が、彼の()()()()()のせいで強力な威圧になり、私は気絶したらしい。


 え。

 単純に怖い。

 第一王子に威圧って。

 不敬じゃない?

 怖すぎて指摘する気も起きないけれど。

 というか、威圧ってもうそれ()()じゃない?


「……呪いとは、何なのですか?」


 父に尋ねたが、首を横に振るだけで、詳細を教えてもらうことはできなかった。


「魔力譲渡の件と、彼の呪いについては胸にしまいなさい」

 

 そう言って父は、私の頭を優しく撫でた。


「あの場にいた全員が、他言できぬよう魔法契約も交わした。国際機関からわざわざ譲渡契約書を盗むような者がおらん限り、彼とエレナの婚約も、誰にも気付かれんだろう」


「エレナは……?」


「彼女は、強烈な緊張のせいで記憶が混濁して、ここ一週間の出来事を何も覚えていないそうだ。まだ幼い。心への負荷が大きかったんだろう」


 私は胸が締め付けられるようだった。

 幼く、純粋で、妹のように可愛がっているエレナが、何故かあんな恐ろしい男に執着されている。


 助ける方法はないのだろうか。







 そしてそれから、アルフレードと侯爵の、エレナを巡る壮絶な攻防戦が始まった。


 どうしてもエレナに近づきたいアルフレードと、彼を蛇蝎の如く嫌う侯爵。


 十年間、それはもう壮絶な戦いだった。

 知略。

 謀略。

 武力。

 

 エレナが出席する式典や夜会は、アルフレードが入れないように、侯爵が騎士団を動員し、特殊な防護結界を何重にも張った。


 私はその間に、エレナと他の令息達が仲良くなれるよう、必死に手を回そうとした。


 アルフレードが会えない今のうちに、もしエレナと相思相愛になる者がいれば、王族の力で婚約期間を省き、早急に結婚させてしまおうと考えていた。


 あんな悪魔のような男とでなく、エレナが幸せになれる道が、きっとあるはずだ。


 だがそれらは全て上手くいかず、しかも()()()()()()()()()()()()()()()()()、延々と、完膚なきまでに叩き潰されていった。


 侯爵にはむしろ協力してもらえると思っていたのに、彼のお眼鏡にかなう男はいなかったらしい。

 解せぬ。





 エレナ不在の城や夜会で会う度、アルフレードは満面の笑みで挨拶に来る。


「オルフィオ殿下にご挨拶申し上げます。近頃は、多くの御令息達にご親切になさっているようですね。どのような弱者にも手を差し伸べるそのお優しさに、日々感服致しております」


 神々しい程に美しい笑みとは裏腹に、目が全く笑っていない。

 親しげに話す言葉を正確に読み取ると、真実はこうだ。


「オルフィオ。懲りもせず、エレナに余計な虫を近づけようとしているな。ごみ屑供をいくら手助けしても、全て無駄な努力だ。殺されたいのか」


 恐ろしすぎる。

 というか不敬がすぎる。

 殺気がビシビシ伝わってくる。

 もうこれは悪魔というか魔王では?


 私はそれでも、エレナのために努力を続け、時にはイザヴェラにも協力を頼んだが、彼の言った通り、その全てが無駄に終わった。


 侯爵に懇願され、エレナをできるだけ長く保護するために、イザヴェラも納得の上で婚約の発表も王太子の任命も延期してきたが、それももう限界だ。


 小さかったエレナも、もう十八歳。

 大人になった。

 そして彼は侯爵の予想に反し、死ぬ事なく呪いを制御し、侯爵よりも強くなり、とうとう、エレナを迎えに来てしまった。







「オフィー」


 エレナの後ろ姿を見送り続ける私の横で、イザヴェラが私の名を呟いた。


「……これでよかったのかしら」


 ふと視線を向けると、隣では最愛の人が、遠ざかるエレナの後ろ姿一点を、じーっと心配そうに見つめている。

 私と全く同じ表情で。

 

 それが何だか可笑しくて、肩の力がふっと抜けた。

 私は目を細め、彼女とそっと手を重ねる。


「……エレナなら、きっと大丈夫だよ」


 ここまで来てしまっては、もう彼女の幸せを信じて祈るしかない。

 

 それに実の所、アルフレードの壮絶な努力をずっと見てきたせいで、最近では彼に尊敬の念さえ芽生え始めていた。


 十八で成人を迎えた時、父からアルフレードの呪いについて、詳細を聞く事ができた私は、その内容に戦慄した。

 自分がもしアルフレードと同じ境遇だったなら……。

 そう考えるだけで、恐ろしさに鳥肌が立つが、もしそうなら、アルフレードがエレナにしたように、私もイザヴェラに対し同じことをしていたと思う。


「彼女がもし助けを求めてくることがあれば、その時は正々堂々と助けになろう。それに私は、アルフレードと約束をしているしね」


「約束?」


「そう。必ずエレナを幸せにする、と」


 エレナの『婚約者候補』の肩書きをなくすことを決定した日。

 父である国王と侯爵、私、アルフレードの四人で、改めて密約を交わした。


 秘匿されている呪いについて自身で打ち明け、エレナが納得した上で結婚すること。

 エレナがアルフレードとの未来を望まない場合、アルフレードは即座に全ての契約と書類を破棄すること。


 その期限は一年。


 まあ、こんなのは単なる保険だ。

 だってあの魔王がエレナを離す未来があるはずがない。

 全力で何とかするだろう。


 私は大きく息を吸い込み、立ち上がると、イザヴェラに手を差し出した。


「さあ、少し散歩でもしないか。君と私の、これからの話をしよう。最愛の人を、これ以上待たせる訳にはいかないからね」


 イザヴェラは少し驚いた後、「そうね」と、眉を下げて微笑みをこぼした。


 そしてそっと手を繋ぎ、暖かな庭で、十年待った私たちもようやく歩き出した。




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