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第7話 義兄弟の密談(アルフレード視点)

()()()()()()、お前あれじゃ駄目だろう」


 侯爵家との長い話し合いを終えた夜。

 あの頑固ジジ……侯爵閣下があの後もごねにごね、話し合いが難航したため、夫人の一声で客間に泊まらせて頂くことになった。


「さっさと帰れ小僧!!」と叫ぶ侯爵を難なく自室へ連行していく夫人の手腕には感服した。


 こっそり客間を抜け出し、エレナの兄ルカの部屋に入ると、悪友の顔に戻った彼に、開口一番に先程までのありさまを揶揄われた。


()だってわかっている」


 俺はソファに深く身を沈めると、後悔から両手で顔を覆った。


「完全に失敗だ」


 ぐったりと身を投げ出し、もたれる俺を見て、ルカが笑った。

 少し明るめの飴色の髪。

 細めた深緑の瞳が、エレナによく似ている。

 

 だが柔和そうな印象に騙されてはいけない。

 こいつはかなりの変人で曲者だ。

 

 1()0()()()

 ()()()()()()()()()()を「面白そう」と単独で探し出し、接触を図ってきた変わり者。

 それ以来、侯爵に隠れて秘密裏に交流を続けている。


 そして若干性格が悪い。

 2歳年上という理由だけで、この俺に兄貴風を吹かせ、さらに人を揶揄うのが趣味という。


「お前の緊張っぷりに、笑いを堪えるのに必死だったよ」


 向かいに腰掛け、酒を注ぎながらルカは愉快そうに続ける。


「エレナのことを見過ぎだ。お前の視線で妹に穴が開くんじゃないかとハラハラしたぞ」


「仕方ないだろう。彼女に会うこの日を1()0()()()()()()んだぞ。しかも、お前から聞いていたよりも、さらに美しくなっているじゃないか!」


 そう言って、彼女が応接室に入ってきた時のことを思い返す。


《初めまして。エレナ・スフォルツィアと申します》


 そう言った彼女を見て、俺が立ち上がったのは本当に無意識だった。

 吸い寄せられるように歩み出し、気がついたら彼女の目の前に立っていた。


《え…》


 顔を上げた彼女の、驚きに丸くなった瞳。

 ()()()()()()()()()()とそっくり同じその表情。


 やっとだ。

 やっと会えた……!


 俺は歓喜した。


 全身の血が沸騰したかのように熱を持ち、心臓は早鐘のようにうるさく鳴っている。

 溢れそうな涙を、必死で堪え──。


「いやいや、そこで優しくにっこり微笑もうよ。お前の真顔ほんと怖いから」


「……緊張して死にそうだったんだ」


 回想の途中でルカに思いっきり突っ込まれ、俺はため息を吐いて彼を睨んだ。


「だいたい、彼女を目の前にして緊張せずにいられる奴がいるか!? 柔らかく揺れる栗色の髪。優しげな面差し。鈴の音のような可愛らしい声。まっすぐ伸びた背筋。あの魔力展開を見たか!? この世のものとは思えない、信じられない美しさだった! それに、自分の境遇にも不満を溢さず、こんな得体の知れない俺との婚約さえ受け入れる胆力! 優しさ! 女神の化身だと言われても納得できる」


「長い長い。愛が重い」


「動揺のあまり、あんな言い方をしてしまった自分が憎い……」


「そうだな。『あとは君の承認だけなんだ』は酷いよな。決算書類の回収に来た財務官みたいだったもんな」


「ぐっ……」


 ルカが輝かんばかりの笑顔で追い討ちを掛けてくる。


「あと『国王陛下からお言葉を』のくだりも、逃げ道塞ぐ感じで卑劣だよな」


「うぐう……」


「エレナ、お前のこと完全に仕事先の上司くらいに捉えてるぞ、あれじゃあ」


「……」


 もはや虫の息の俺を見て、ルカはやれやれと肩をすくめた。


「10年ぶりに、やっと会えたっていうのに」


「ああ、やっと。本当に……彼女と正式に婚約できたんだ。夢の中にいるみたいだ」


 そう、やっとだ。

 やっと、彼女に会いに来ることができた。


 ()()()()()()()()()()()()1()0()()

 ずっと侯爵に邪魔をされ続けてきた。


 彼女に贈り物を贈ることも。

 彼女に手紙を贈ることも。

 彼女に会いに行くことも、全て。


 領地や屋敷に結界を張られたり、情報戦でも何度も敗れた。


 時には互いに流血する肉弾戦も行ったし、手紙を送ろうと必死で習得した転送魔法まで防がれた時は、侯爵の凄さに本気で絶望した。


 今日だって、婚約者候補白紙の情報を、ルカが侯爵より先に掴み知らせてくれなければ、本当に危なかった。


「知らせを送ってたった1日で、飛龍に乗って1人で庭に突っ込んで来るんだからな。最高に笑ったぜ」


 領地で知らせを受け取ったのは昨日の昼。

 馬車で20日かかる距離を、部下の制止も振り切って最速の飛龍に飛び乗り、休憩も挟まず全速力、丸1日で突き進んだ。

 

「……本当に感謝している。公爵領に入った時、侵入妨害用の大型魔法陣が屋敷の上空に展開直前なのが見えて、心底ゾッとしたよ」


 侯爵は心の底から俺を嫌っている。

 1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。


 完全に俺が悪いのはわかっている。

 悪魔のようなやり方に、自分でも引いているくらいだ。


 だが、当時の俺が彼女を手に入れるには、他にどんな方法があったというのか。


「あんな必死で来たくせに、『好き』の一言もないんだもんな」


「……俺だって、本当は伝えたかった」


 愛している、と。

 君の隣に立つことだけを、夢見てきたと。


「だが無理だ」


 彼女に会うためだけに、これまで必死で生きてきた。

 だが、実際に目の前に立つ彼女を見たら、頭が真っ白になった。

 歓喜と同時に身体の芯は急激に冷え、すぐに逃げ出したい程の恐怖に包まれてしまった。


「……俺の気持ちを伝えたとして」


 俺は目をきつく閉じ呟いた。


「もし彼女に拒まれたら? 恐怖や軽蔑の眼差しを向けられたら?やっとここまで辿り着いたのに。それこそ、もう俺は耐えられない」


 ()()()()()()()()を抑えるのに3年。


 侯爵と何とか渡り合えるようになるのに、さらに2年。


 侯爵から勝利を勝ち取るまでに、もう3年かかった。


 彼女が安心して暮らせるように、内政を一層整えるため、父から爵位を継いだのが2年前。

 

 渋る侯爵とずっと交渉を続けてきたが、もう限界だ。


()()()()()()()()()()()。彼女も突然のことに混乱しているはずだ。俺の気持ちを…全てを伝えるには、まだ…」


 消え入りそうな声で話す俺に向かって、ルカが「はいはい」と軽く相槌を打つ。


「お前の気持ちもわかるが、親父達は、()()()()()()()()のせいで詳細は何も話せないんだから、後はお前が頑張るしかない」


 珍しく真剣な顔でこちらを見据えてきた。

 優しげな深いエメラルドの瞳に、彼女が重なる。


「まずはもう少し仲良くならなきゃな。さすがに、今の上司と部下みたいな関係のままじゃ困るだろ」


「……そうだな」


「何にせよ婚約おめでとう、未来の義弟よ。とりあえずは……まあ、笑顔の練習からだな」


 ルカから差し出されたグラスに、了解の意を込めて俺からもグラスを押し当てる。


 グラスを持つ手にはめた、刺繍に覆われた白手袋が目に入る。

 無意識に目を細め、手に力が籠った。


 愛している。


 彼女にそう伝えるには、全てを話さなければならない。


 侯爵の怒りももっともだ。

 結局俺は何も打ち明けず、卑怯にもまた騙し討ちのような形で婚約を交わしたのだから。


 だけどまだ、俺はこの幸せな夢から目覚めたくない。


 まだ俺のことをただの辺境伯だと、ただの男だと、ただの人間だと思っていて欲しい。

 

 手袋の中に隠した全てを知った時、彼女はどう思うのだろう。


 ()()()()()()、この俺のことを。


 

「笑顔か……明日からは善処する。だが、少しでも力を抜くと、喜びで魔力が暴走しそうなんだ」


「げ。それはまずい」


 ルカは笑って酒を継ぎ足した。


「今夜は長い対策会議になりそうだな」


「ああ、明日ここを立つまでには、何とか少しでも印象を良くしたい」


 ふっと細められたルカの深緑の瞳に、彼女が重なる。


 エレナ。

 きっと君に全てを話すから。

 真実を必ず伝えるから。

 だからもう少しだけ。

 俺に時間を与えて欲しい。

 ()()()()()()ではない、()()()()()()()()、君の隣にいる時間を。


「くれぐれも妹を泣かすなよ、アルフレード」


 ニヤリと笑って差し出された琥珀色の酒を、俺は一気に飲み込んだ。




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