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第7話 魔王との遭遇 1(オルフィオ視点)

 ()()()()()()、エレナ!


 王宮庭園で婚約について告げた後。


 侯爵家へ急ぐエレナの後ろ姿を見ながら、この国、ヴェルナージュ王国の第一王子である私、オルフィオ・ソーレ・ヴェルナージュは心の中で叫んだ。


 それは、彼女に対する心からの謝罪だった。

 

 悪魔のような男、アルフレード・モンテヴェルディ。

 奴の魔の手から、エレナを守ってやることができなかったからだ。






 始まりは、私が十三歳、エレナが八歳の頃。


 それまでも、彼女とは城でよく一緒に遊んでいて、まだ赤ん坊の弟しかいない私にとって、エレナは本当の妹のように可愛い存在だった。


「あれ?エレナがいない?」


 その日、城の中でイザヴェラや他の令嬢令息達と遊んでいた時に、エレナが迷子になってしまった。


 使用人達といくら探しても見つからず、夕方になってやっと侯爵が見つけ出した。


 エレナが何故か、とても幸せそうな顔をしていたのが妙に引っかかったが、特に追求もせずその日はそれで終わった。





 それが失敗だったと気づいたのは、それから三日後のことだった。


「すぐに陛下に謁見を願いたい!!」


 鬼のような形相の侯爵が、エレナを抱えて父の執務室に飛び込んできた。


 偶然、王太子教育の都合で父に謁見している最中だった私は、驚きに動くこともできず、そのまま事の全てを聞くことになってしまった。


 侯爵の怒号が室内に響く。


()()()()、エレナに()()()()()()()()()!」


 私はその言葉に、全身の血の気が引いた。

 

 魔力譲渡は、国際法で禁止されている。

 大昔、戦争や研究のために、他人の魔力を搾取する人体実験や、人身売買が蔓延していたからだ。


 魔力を渡すことは、つまりは血を渡すのと同じだ。

 枯渇すれば死んでしまう。


 故に、直接的な魔力譲渡は違法。

 魔道具への魔力補給は、個人使用以外は全て魔獣から生まれる魔石から魔力を利用するか、供給のため特別な許可を得た技術魔術師の組合に依頼するしかない。


 回復魔法や蘇生魔法など、一部の医療的な使用などでは譲渡も許可されている。 

 だがその場合は、親子・夫婦・祖父母・婚約関係にある者など、近しい者同士での譲渡に限られ、魔力を渡す側は譲渡承諾書の提出と認可が必要だ。


 そして受け取った者は、確かに同意した事を示すために、本人もしくは親族が、受け取りから五日以内に受領確認書を提出する義務があった。


「どういうことだ?…エレナが?」


 侯爵とは古くからの友人である父も、突然のことに困惑していた。


 侯爵は顔を真っ赤にし、額に血管を浮き立たせて捲し立てる。


「いや、エレナは譲渡だと気付いてすらいなかった。話を聞いた時、すでに体内に取り込んで三日も経っていた!」


「三日……そんなに経ってしまっては、混ざってしまってもう魔力を取り出せない。返還の仕様がないぞ。一体誰がそんな──」


西()()()()()だ! 国際機関に譲渡を知られているなら、エレナの受領確認書の期限まであと二日しかない。急いで調べてくれ!」


「相手が申請を出していなければ、まだ希望はあるが……」


 侯爵の言葉に、父が傍に控えていた大臣を確認に向かわせる。

 焦りを見せる大人達に、私は恐る恐る質問した。


「あの……もし申請がされていたら、どうなるのですか?」


「申請がされていなければ、まだ揉み消す方法もある。だがもし申請されていれば、あと二日以内にエレナ嬢側の確認書を提出しなければ、国際機関から調査が入る。そうなればエレナ嬢の魔力量の事は公になってしまうだろう」


「申請を取り下げれば、何とか──」


「いや、無理だ。一度許可されたものを取り下げる場合、エレナが本当に魔力を受け取っていないか調査される。どのみち魔力量を隠すことができなくなるだろうし、最悪の場合、不正取引を疑われて裁判──重罪になる可能性もある」


 重々しい父の言葉。

 私は事の重大さに息を呑んだ。


 そもそもエレナは、その強大な魔力を隠し、国で保護対象にする方向で侯爵と王家の間で秘密裏に話が進んでいた。


 それが、魔力譲渡の罪で国際法により処罰される可能性が出てきただなんて。


 国際裁判にかけられることになれば、もし彼女が無罪釈放になっても、魔力量については検査され、大陸中に知れ渡るだろう。


 そうなれば彼女も、この国も危険だ。

 最悪の場合、彼女だけの問題ではなくなり、世界の均衡が一気に崩れ、戦争が起こるかもしれない。


「すぐに対策会議を開く。大臣達をすぐに招集しろ! それから、()()()()()()()()()()()だ」







 父の一声で、エレナの魔力のことを知る重役達が緊急招集された。


 当事者のエレナはもちろん、今後の国を背負う私も、会議に同席させられた。


 どうにか、譲渡の事実を無かったことにできないかと話し合っていた大人達に、最悪の知らせが入った。


「譲渡者のアルフレード・モンテヴェルディ辺境伯御子息が、()()()()()()()()()()()すでに譲渡承諾書を提出していました。それも国際機関に直接。認可もおりています」


 父は片手で目を覆い、長い長い息を吐く。

 

 大人達は青ざめ、侯爵は怒りで重厚な一枚板のテーブルを叩き割った。


 部屋の隅で不安そうに、私と一緒に成り行きを見ていた可哀想なエレナは、緊張が限界を超え、そこで気絶してしまった。


「辺境伯が、スフォルツィア嬢の魔力目当てに執った策略では……」


 エレナが救護室へ丁重に運ばれ、そんな意見が出始めた時、領地へ戻る途中だった辺境伯が部屋に倒れ込むように駆け込んできた。


「この度は、我が愚息が大変申し訳ございません!!」


 彼は扉を開けるなりそう叫ぶと、足元まで隠れる長い厚手の外套に身を包む、私と同じ年くらいの子供を引きずって前に放り出し、辺境伯はその場にしゃがみ込んだ。


 皆が呆気に取られた。


 乱れた衣服を軽く払い、やれやれといった様子で悠然と佇むその子供。


 よく見ると、外套には魔力制御の刺繍がびっしりと刺されている。

 外套は、子どもの頭からつま先までをすっぽりと隠し、顔は殆ど見えない。

 影の奥に唯一見える、不穏に揺らめく銀の瞳が、こちらを射抜くように見据えていた。


「存外、お気付きになるのが早かったですね。明日の夜、ギリギリに譲渡の事をお知らせしようと思っていたのですが」


 まだ少し高さの混じる、幼なげな声。

 だがその話ぶりは一切の動揺もなく、老獪な大人のそれだった。


「モンテヴェルディ! 貴様の入れ知恵か!! 何が望みだ!!」


 地に這いつくばるモンテヴェルディ辺境伯に侯爵が掴み掛かると、その少年は微動だにせず、声を低くし言った。


「父は関係ない。全て俺が勝手にやったことだ。私が自分で()()()()()()()()()()()()。侯爵閣下、彼女と──エレナと結婚させて下さい。断れば()()()()()を法の下に晒す。俺はそれでも構わない」


「アルフレード、やめないか!」


 皆の注目を集めるその少年。

 怒る侯爵を前に堂々と立つ、顔の見えないその少年こそが、エレナに魔力を渡した、アルフレード・モンテヴェルディ本人だった。


 顔を青ざめさせた辺境伯の制止も聞かず、彼は続けた。


「卑劣な手段だとわかっている。だがどうしても彼女が欲しい。それさえ叶うなら、今後()()()()()()に全て協力すると誓う」






 それから、アルフレード・モンテベルディを交えての話し合いは、丸二日、エレナの受領確認書の提出期限ギリギリまで続いた。

 

 幼い私は、戦慄した。

 

 私と同じその歳で、国王である父や侯爵を脅し、同じテーブルに着き、交渉をする彼は異様としか言いようがない。


 そして直感した。


 こいつは関わるとまずい奴だ、と。


 話し合いの間、私はできるだけ気配を消して過ごそうと決めた。


 だが、それが無駄な努力だったと悟るのは、このすぐ後の事だった。



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