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第60話 炎の道 3

 エレナと出会った事で、暗く悲しみに満ちていたアルフレードの幼少期は、唐突に終わりを迎えた。

 あの庭での出会い以降、どの記憶の中でも、アルフレードの瞳は燃え、その胸には確かな希望があった。


「アルフレードは、あなたと出会って変わったの。──ほら、見て」

 

 シャーロットの視線の先。

 エレナとの出会いから一年が経ち、魔力を制御するために努力を続けていた十四歳のアルフレードが現れた。


 金の羽と白い鱗に覆われた彼は、森の竜舎の中でファルとサーリャに見守られながら、バチバチとその身から魔力を溢れさせ、目まぐるしい速さで鱗の出現と消失を繰り返していた。

 床には大量の空になった回復薬の瓶が散乱している。

 額には汗が滲み、表情は苦痛に歪んでいたが、その瞳は強く輝いていた。


 放電するように漏れる魔力で近付く事ができず、ブルーノが眩しさに顔を顰めながら、少し離れた場所で叫んだ。


「アルフレード様、一度休んで下さい! そんなに回復薬を飲まれては体に毒です!」


 だがアルフレードはそれに従わず、激痛で崩れ落ちながらも、一層真剣な表情で竜の魔力を抑えようと、自身の氷の魔力を絞り出す。


「ぐ、う……駄目だ。休んでなんかいられない……! 侯爵は約束してくれた。呪いを制御して侯爵より強くなれれば、エレナとの未来を許すと……!!」


「ですが、このままではまた倒れてしまいます!」


「倒れるくらい、何だって言うんだ!」


 アルフレードは、地についた手で砂利ごと拳を握ると、ガクガクと震える脚を叱咤し何とか立ち上がる。

 感情が昂ったせいで竜の魔力が膨れ上がり、アルフレードはそれを抑える苦痛に呻いた。


「こんな姿のままじゃ……彼女に会いに行けない。早く魔力を制御して……俺はエレナに会いに行きたい……今すぐにでも、俺はエレナに会いたいんだ!!」


 切望は叫びとなり、拮抗する火と氷、二種類の魔力がぶわりと膨れ、雷が落ちたような大きな音と共に火花が散った。


 バラバラとアルフレードの肌から羽根と鱗が剥がれ落ち、鉤爪のようだった手は人のそれに形を変える。


「エレ……ナ……」


 無理矢理に竜の魔力を抑え込んだアルフレードは、意識を手放し、その場に倒れ込んだ。

 急いで駆け寄ったブルーノが体を滑り込ませ、アルフレードを受け止める。


「アルフレード様!!」


 涙を流すブルーノの腕の中、アルフレードの顔に、新たな鱗や羽が出てくる様子はない。

 地面に投げ出された手に僅かに残る白い鱗以外、六年ぶりに、アルフレードは人の姿を取り戻していた。


「あ……ああ……」


 ブルーノは震えた。

 彼の目から溢れた涙が、鱗のない、アルフレードの柔らかな頬に落ちる。


「みんな……皆、早く来てくれ!! セドリック様!! セドリック様──!!」


 喜びで顔をぐちゃぐちゃにしながら、声の限りに叫ぶブルーノに呼応するように、ファルとサーリャが大きく鳴いた。








 記憶はそこで霧散し、重なるように現れたヴェレニーチェの研究室の幻に、青灰色の髪をした十六歳のアルフレードが駆け込んできた。


「ヴェレニーチェ!!」


 肩で息をするアルフレードは、青灰色の髪に深い青色の瞳、以前より僅かに日に焼けた健康的な肌になっていた。

 新月の夜以外は完全に竜の魔力を抑えることができるようになり、手袋の下の他には、もう金の羽も鱗もない。


 ヴェレニーチェは例の如く行儀も気にせず机の上に腰掛け、茶を啜りながら片眉を上げた。


「どうした、坊や。定期検診の予定は四日後のはずだろう」


 パッと見た所、アルフレードの魔力には何も問題はなさそうだが、どうしたのかとその瞳に不安が過ぎる。

 眉根を寄せた真剣な表情のアルフレードに、僅かに喉を鳴らしたヴェレニーチェだったが、彼の口から飛び出したのは、予想もしていない言葉だった。


「ヴェレニーチェ!! お願いだ。王城図書館にある竜に関係する書物を、全て燃やしてくれ!!」


「ぐ──ごほっ……ちょ、ちょっと待て、どういうことだい?」


 思わず咽せながら聞き返すと、アルフレードは鬼気迫る表情でヴェレニーチェに詰め寄った。


()()()()()()()()()()んだ。最近、エレナが王城図書館に通い詰めていると。彼女はもう十一歳だ。そろそろ竜に関する文献が読めるようになる年頃だろう。彼女は賢いと聞いているから、竜の特徴や特性を知れば、いつか俺の秘密に気付くかもしれない。その前に全ての書物を焼き払いたい。面倒なら、お前が許可さえくれれば、手は煩わせない。俺が全て自分でやるから、お願いだ、燃やしてもいいと言ってくれ!!」


 掴まれた襟をがくがくと揺すられ、アルフレードのあまりの必死な様子に、ヴェレニーチェは吹き出した。


「ぶ……あっはっは。何事かと思ったら……あーはっは」


「笑うな!! 俺は本気だ!!」


「まあそう怒るんじゃないよ……ふふ。アルフレード、王城図書館の書物は、全て陛下の持ち物だ。燃やせる訳ないだろう?」


 笑うヴェレニーチェに宥められ、アルフレードは一層顔を顰めた。


「わかっている。だからこそ、陛下の再従兄妹(はとこ)で、魔術師長でもあるお前に頼みに来ているんだ。エレナに竜についての文献を見て欲しくない。特にサヴィス・ボルドーの論文は絶対だ。俺がどれほど恐怖しているか、わかるだろう? 頼む、お願いだ、ヴェレニーチェ」


 ふむ……と見定めるように、ヴェレニーチェはアルフレードの瞳をじっと見つめた。


 ヴェレニーチェは、なぜエレナが王城図書館に通い詰めているのか知っている。

 全ては金色の妖精を──アルフレードを探すためにやっている事だ。


 ヴェレニーチェは、一連の事件のことを黙秘するという契約魔術を交わしているため、エレナにアルフレードの事を話せない。

 それに、幼いエレナに、アルフレードの過去全てを受け入れることは、まだ難しいだろう。


 アルフレードに至っては、己の運命を受け入れ始めたばかりで、精神も不安定だ。

 もし今エレナがアルフレードを探していると伝えたとして、彼女に全てを話す事はできないだろう。

 エレナの反応次第では、また魔力暴走を起こす危険性もある。


「……そうだねえ」


 ヴェレニーチェは、何も言わず、二人を見守る事に決めた。

 エレナとアルフレードのお互いが成長し、関係を築き、そしてアルフレードが自ら全てをエレナに打ち明ける事ができるようになる、その時まで。


「燃やす事はできないけれど、閲覧禁止くらいにはしてやろう。竜はアルジェントの機密事項だからとでも理由付けすれば、まあ、できなくもない」


「本当か!! じゃあ今から陛下に許可を貰いに行こう!!」


 勢い良く引っ張られ、ヴェレニーチェは苦笑した。


「坊や、今からって……友達じゃないんだから……世の中には、謁見申請というものがあるんだよ?」


「そんなもの待っていられない。事態は一刻を争うんだ。さあ、行こう!」


 真剣そのものなアルフレードに手を引かれ、ヴェレニーチェは笑いながら部屋を出て行く。

 部屋の扉が静かに閉まると、記憶の幻は、ヴェレニーチェが机に置いていった紅茶の湯気と一緒に、ゆっくりと消えた。





 シャーロットも、その光景を見て目を細め笑っていた。


「この頃、アルフレードはあなたのお兄様と毎日のように連絡を取り合っていたわ。お兄様は、あなたのお父様の目を盗んで、今日は妹はこんな様子だった、昨日は家族であそこへ行った、父の苦手な魔術はこれだ、あの作戦はどうだ……って。アルフレードを応援してくれていたの」


 その言葉に、エレナは目を丸くした。


「全く……知りませんでした。兄がそんな事をしていたなんて」


「おなたのお父様は、気付いていらっしゃったわ。でも、それを咎める事はなかった。お兄様から得た情報で有利に進めようとせず、真正面から向かってくるアルフレードに、全力で応えて下さっていた。お父様が本気を出せば、幼い頃のアルフレードを殺すことも簡単だったはずよ。でもそれをせず、あの子が強くなるのを待ってくれていた。……いくら感謝しても、しきれないわ」


 繋ぐ手に力を込め、シャーロットは僅かに足を早めた。


「さあ、アルフレードの所まではもうすぐよ」


 どこまでも暗闇に続いていた炎の道の先に、ほんのりと明るく光る場所が、微かに見え始めていた。



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