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第57話 迷子

 目を開けた時、エレナは、草原に立っていた。

 緩やかな丘のようになったその上から、見渡す限り一面に、柔かな草が風に靡いているのを眺めていた。


(ここ……は……アルフレード様の記憶の中?)


 どこまでも続く、草原と晴れた空以外に何もない。

 幻想のような景色に、エレナはサーリャと同調し記憶を見た時の事を思い出していた。


 だが、すぐにそうではないことに気付いた。


 エレナの横を、美しい黒髪を揺らしながら、笑い声をあげる幼い子どもが走り抜けていく。

 何度もこちらを振り返りながら、無邪気に遠くへ遠くへ駆けていく、青い瞳をした男の子。

 思わず笑み返してしまう程に可愛らしいその子どもを、エレナは驚きの表情で見つめた。


「……アルフレード様?」


 エレナは困惑した。

 彼女はここが、アルフレードの記憶の中だと思った。

 だが、目の前にはそのアルフレード本人が、幼い姿で駆け回っている。


(どういうこと……? これは……()()見ている景色なの?)


 エレナの頭に疑問が浮かんだその時、柔かな声に名前を呼ばれた。


「エレナさん」


 驚いて振り返ると、そこには、アルフレードと同じ黒髪を靡かせた優しい面差しの美しい女性と、赤い鱗が輝く大きな飛竜がいた。

 

 一目見ただけで、それが誰なのかエレナにはわかった。


「……ヴィーノと……シャーロット様、ですか……?」


 それを肯定するように、シャーロットは悲しげに微笑み、ヴィーノはエレナにゆっくりとその顔をすり寄せた。


「初めまして。会えて本当に嬉しいわ。()()まで来てくれて、本当に……本当にありがとう」


 眉を下げて笑ったその表情が、アルフレードのそれとそっくりだった。

 エレナは慌ててカーテシーを披露する。 


「初めまして。エレナ・スフォルツィアと申します。私こそ、お会いできて光栄です。あの……ここは──?」


 戸惑いを滲ませるエレナを見て、シャーロットは、遠くで駆け回るアルフレードに視線を向けると、愛おしそうに目を細めた。


「……ここは()()()()()()なの。あの子に注いだ、()()()()()()()()()()。……もう、あの子とセドリックの姿以外、殆ど消えてしまったけれど」


 遠くで笑うアルフレードを、いつの間にか側に駆け寄っていた、濃い茶色の髪をした快活そうな若い男性──アルフレードの父、セドリックが抱え上げる。

 彼は幸せそうな微笑みを浮かべ、高く抱き上げたアルフレードを見つめながら、くるくると回り、アルフレードの大きな笑い声が聞こえてきた。


 シャーロットは、傍にいる竜を撫でながらその首に顔を寄せると、悲しげに目を伏せるヴィーノと視線を交わした。


「あの子が八歳の時、ヴィーノは大怪我をしたアルフレードを守るために、竜の魔力を注いだの。そして私は、竜の魔力を抑えきれずに苦しむあの子を救うため、さらに魔力を注いだ」


 手を繋いだアルフレードとセドリックが、微笑みながらシャーロットの方へ歩いてくる。


 それを迎え入れるようにシャーロットが両手を広げたが、駆け寄ってきた我が子を抱きしめようとした瞬間、アルフレードとセドリックはそのまま霧のように薄くなり、シャーロットの腕をすり抜け消えてしまった。

 ただ空気だけが残るその場所を、そのままそっと抱きしめる。


「命懸けで注いだ魔力には、私とヴィーノの魂の欠片が、絡まって残ったの。私達はずっと、あの子から溢れ出す魔力の一部になって、アルフレードを見守っていた。……何もできずに、ただ見続けていたの」


 何にも触れることができなかった手をじっと見つめるシャーロットの姿に、エレナの胸は痛んだ。


 シャーロットは悲しい瞳のまま、真っ直ぐにエレナを見た。


「エレナさん、アルフレードを救いにきてくれて、本当にありがとう。でも、あなたは今、()()()()()()()の。あの子を救うには……()に囚われたあの子の所まで行かなくてはいけない」


「──炎?」


 どういうことかわからず、そのまま聞き返すと、その言葉をきっかけに、周囲の景色が霧散し、真っ暗な闇が辺りを包んだ。

 突然、エレナの腰程の高さの炎がぼうと上がり、彼女達の目の前から、まるで道を作るように、そのままの高さで奥へ奥へと燃え広がって行く。


 炎の道は闇の中を真っ直ぐに伸びているが、終わりが見えない。


 エレナは尋ねた。


「この先に進めば、アルフレード様がいらっしゃるんですか?」


「そうよ。あの子は、ヴィーノから離れ暴れる()()()に囚われている。でも私達では、アルフレードを()から助け出せないの」


 シャーロットは、ゆらゆらと揺らめく道を恨めしげに見つめた。


「これは、私達が見てきた、あの子の()()()()。あなたは深く深く入ってきてしまっているから、もし道に迷えば、心が外に戻れなくなるわ。……私達があの子の所まで案内するから、着いて来て。絶対に、私の手を離さないで。()()()()()()()()()()()()()()よ」


 シャーロットは真剣な眼差しでそう言うと、手を差し出す。

 エレナはその手を握り、言われた通りに、炎の道をシャーロットとヴィーノと共に歩き始めた。



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