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第53話 振り下ろされた怒り

 それからどれだけ魔力を注いだだろう。


 エレナは猛烈な吐き気に襲われ、頭はガンガンと激痛が走り割れそうだった。

 体は冷たくなり、手足は痺れて感覚がない。

 エレナの魔力は、その殆どがサーリャに流れ込み、もう残り僅かになっていた。


(もう……だ、め……なの……?)


 終わりの見えない魔力の流出に、エレナが諦めかけたその時。


《クゥーアアアアーーーン》


 ぐったりしながらも、サーリャがエレナに向かって小さく鳴いた。

 虚だったその目は、疲労が滲みながらもしっかりとエレナを映していた。


「──ああ……サーリャ……!」


 エレナはほっと息を漏らす。

 だが次の瞬間、体の中で、サーリャが弱々しく魔力を押し返してきたのを感じ、エレナはハッとして声を振り絞った。


「だめ……! サーリャやめて……私に魔力を流してはだめよ!」


 サーリャは衰弱しているエレナに魔力を返そうとしているが、そうなれば戻った魔力は、そのままナーディルの手に渡るだけだ。


 エレナはサーリャから手を離そうとするが、サヴィスにがっちりと固定されてビクともしない。


 ナーディルはエレナの叫びを聞いて、魔力を吸い取る速度を上げた。


「なんとも美しい友情だな。最高じゃないか! 飛竜よ、聞いているか? もっとだ! もっと早く、大量に魔力を注がなければ、この女は死ぬぞ!」


「まさか飛竜から魔力を譲渡するなんて! 信じられない! スフォルツィア嬢、早く魔力を受け取って下さい!」


 興奮する男達に掴まれたまま、エレナはサーリャに懇願した。


「やめて……! サーリャ! お願い、やめて!!」


 だがエレナの願いは受け入れられず、重傷を負っているサーリャは、エレナの魔力を少しずつではあるが、彼女へ流し込んでいく。

 残り僅かな魔力では、サーリャから流れ込んでくる魔力を上手く押し返せない。


 このままでは、ナーディルに全ての魔力を奪われてしまう。

 最悪の場合、エレナもサーリャも死んでしまう。


 絶望的な状況。


 滂沱の涙を流し、どうすることもできず呆然とするエレナの口からは、無意識に言葉が溢れていた。


「──…アルフレードさ、ま」


 その場にポツリと響いた己の呟きだけが、耳に残る。

 

 一度声に出してしまったら、もう我慢ができなかった。

 エレナは子どものように大声で泣きじゃくり、力の限りその名前を呼んだ。


「うっ……あ、アルフレードさま! アルフレードさまああああーーー!!」


 神に縋るように、祈るように、彼に届くはずもないのに何度も何度も叫んだ。

 

 エレナは最後に、もう一度だけでいいから、自分を包み込む彼のぬくもりに、甘やかな深い海のような青い瞳に会いたかった。


 だがそれが、ナーディルの機嫌を酷く損ねた。

 片手を絡めたまま、残りの手で強くエレナの首を掴むと、眉間に深く皺を刻み、残忍に澱む瞳でエレナを睨みつけた。


「泣いて縋る相手を間違えるんじゃない。お前は俺のものだ! さあ、死にたくなければ早く魔力を奪い取れ!!」


 ナーディルが怒鳴り声をあげ、エレナの首を掴む手をさらにギリと軋ませた。

 サーリャに返された僅かな魔力も、根こそぎ持って行こうと吸い取られる。


 エレナは力なく目を閉じ、自分の死を覚悟した。





 ──その時。





 ビシ、と建物全体が大きく音を立てたかと思うと、突然、幾千もの雷が落とされたかのような轟音と共に、入り口近くの天井が空気を揺らしながら崩れ落ちた。


「きゃあああ!!」


 いきなりの出来事に、ソフィーネが身をすくませ悲鳴を上げる。

 大きな落石は地を揺らし、砕けた粉塵が建物の中にもうもうと舞った。


 サヴィスは瞬時にエレナの手を離すと、大量の魔力を込めた魔術陣を展開して、緊迫した表情で立ち上がった。

 崩落が起きた場所と自分達との間に、分厚い防御の壁を張ろうと僅かに手を動かした瞬間──。


「ぐあああ!!!」


 それはほんの一瞬の出来事で、エレナは何が起きたのか分からなかった。


 突然のサヴィスの叫び声に驚いて彼を見上げると、魔術を展開しようとしていたその手には、肘の辺りまで鋭い()()が何本も突き刺さっている。


 さらにエレナの傍に立っていたはずのソフィーネは、いつの間にか壁際まで吹き飛ばされ、床に突き刺さるの()()()に囲まれ、牢に閉じ込められるような形で気絶していた。


「──え?」


 エレナは思わず目を丸くした。

 絶望に染まっていた瞳に、僅かに希望の光が戻る。


(まさか……まさか!!)


 期待を抱くエレナの上から、呪詛のようなサヴィスの呻き声が降ってくる。


「許される事ではない……神の邪魔をするなんて、許される事ではない……!!」

  

 サヴィスは腕からボタボタと血を流しながらも、もう片方の手で素早く攻撃魔術を展開し、それを何発も連続で土煙に向かって放っていく。

 だがそれらは大きな破裂音と共に、土煙に届く前に、全てが空中で霧散し続けた。


「くそっ!!」


 苦虫を噛み潰したような顔で、ナーディルは衰弱したエレナを乱暴に突き飛ばした。

 床に広がったサーリャの血に、べしゃりとエレナの体が沈む。


 ナーディルは立ち上がると、邪魔された怒りをそのままに、膨大な量の魔力を込めた攻撃魔術を展開し、黒く澱むそれを放ちながら叫んだ。

 彼の手を離れた魔術は、唸るように風を切り、土煙へ向かって飛んで行く。


「またお前が私の邪魔をするのか──()()()()()()()()()()()()()()!!」


 ナーディルの咆哮と同時に、土煙から銀の光が閃光のよう飛び出し、神殿の真ん中でナーディルの攻撃とぶつかった。

 

 鼓膜が破れそうな程の衝撃音と爆風が起きたが、床に倒れたままのエレナは、それに構わず涙で顔をぐしゃぐしゃにして、風によって消えた煙のその先──積み上がった瓦礫の上に立つ人物を見上げた。


 そこに立っていたのは、エレナが心から会いたいと願ったその人──アルフレードだった。


 ビリビリと大気が震える程の憎悪と怒りをその身に纏い、彼の周囲には、夥しい数の陣が浮かんでいる。

 アルフレードの怒りを表すように、大量の陣に込められた魔力が、バチバチと音を立てながら銀の光を放っていた。


「あ……るふれーど、さま」


 エレナは床に倒れたまま、声を振り絞り名前を呼んだ。

 彼に触れたくて、力の限り手を伸ばそうとするが、感覚のないそれは僅かに震えるばかりで、持ち上げることすら叶わない。

 

 アルフレードはその瞳にエレナを映すと、激昂のままに大声で叫んだ。


「サーリャ!! 早くエレナに魔力を戻せ!!」


 サーリャは応えるように大きく鳴くと、エレナを卵ごと尾で抱え込み、その身を包むとエレナの魔力を彼女に流し始めた。


「それを私によこせ!!」


 苛立ちを滲ませエレナを掴もうとするナーディルの腕を、アルフレードの鋭い氷柱が穿つ。


「エレナに触るな!!」


 アルフレードの怒声と共に、ナーディルの元へ数え切れない程の氷の刃が降り注いだ。

 ナーディルは顔を歪めながらも魔術を繰り出し、何とかそれを躱わそうとする。


 アルフレードがナーディルを攻撃すると同時に、エレナとサーリャの周りに、柔らかな光を放つ氷のカーテンが広がった。

 その優しい煌めきに包まれ、エレナのボロボロだった心はじんわりと和らぎ、あたたかさが戻っていく。


《クアーーーーン》


 謝るように鳴くサーリャに、エレナは涙を溢しながら顔を寄せた。


 サーリャからゆっくりと魔力が流れ込み、体の中に、徐々に力が戻って来るのがわかる。


 アルフレードが天井を破壊し、爆風を起こしたおかげで、幻惑香の香りが霧散し、怪我で弱ってはいるものの、サーリャは正気を取り戻していた。


「サーリャ……お願いがあるの。この腕と足の紐、噛み切って欲しいの」


 エレナは、サーリャの傷ついた体をそっと撫でた。

 柔らかなカーテンの向こうでは、轟音と怒声を響かせ、男達が戦いを続けている。


 エレナの中に、恐怖はもうない。

 その心には、静かな怒りが湧いていた。

 悔しさが湧いていた。


 サーリャをこんな目に合わせたサヴィスを、許せなかった。

 幼いアルフレードを苦しめたナーディルを、許せなかった。


 そしてそんな二人と対峙させ、幼い頃と同じように、アルフレードをまた一人きりで戦わせているエレナ自身のことが、許せなかった。


「もう少し魔力が戻れば、動けるようになるから……。そうしたら……私も戦いたいの。アルフレード様と一緒に……二人で!」


 サーリャはエレナに頬を擦り寄せ、どっと一気にエレナの魔力を流し込むと、彼女の腕に絡みついていた魔力の縄を、力一杯噛み切った。



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