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第5話 本当の私と政略結婚

「うう……」 


 両親からの突然の話に耳鳴りがする。

 頭を抑えるエレナを気遣いつつ、母が話し始めた。


「あなたは生まれつき、魔力が多めで。それ自体は問題なかったんだけれど、大きくなるにつれて制御も不安定になっていって」


 言葉を切った母に変わり、父と兄が続けた。


「6歳の頃、気になって城で鑑定を受けさせたら、魔力が不安定なのは、量が多すぎるからだと。成人の頃には、恐らく大陸1番の魔力量になるだろうと言われた」


「城から戻った父上と母上は、顔面蒼白。エレナの魔力については、王族と話し合って秘匿することに決まったんだ」


 それはそうだろうな、とエレナはどこか他人事のように「はは……」と力無く笑ってしまった。


 膨大な魔力は、国力──主に軍事力に影響を与え、各国のパワーバランスを崩す。


 素直にエレナの魔力量を公表すれば、他国からの求婚という名の圧力、誘拐や殺害の危険、下手すれば戦争の引き金になり、様々な摩擦を生む可能性がある。


 エレナの住む王国は今、歴史上1番国が安定していると言われている。

 平穏な現状を維持するため、余計な波風を立てないためにも、隠すことには納得できた。


「でも……突然そんな……信じられません」


 今まで平凡だと思って生きてきたのだ。

 魔力量だって、測定結果は平均より少し上くらいだと言われていた。

 そう話せば、父が返す。


「城で学び始めてすぐに魔力制御も安定し、それで問題なかった。魔力量については、魔術師長にずっと誤魔化してもらっていた」

 

 精密な測定をしなければ、外見からは他人の魔力量はわからない。


 学園では座学だけ。

 実技は全て、王城で魔術の師──つまり魔術師長から直々に指導を受けていた。


 遅れて婚約者候補になり、1人だけ年齢も低かったエレナは、他の候補者と授業を共にせず、常に教師と1対1だった。


 普段の生活で、貴族令嬢が自ら魔術を使うことはほぼない。

 言われなければ、自分の魔力の多さは一生知らなかったかもしれない。


「でも、攻撃魔術や生活魔術は、初級程度も上手く使えませんよ?ほら……」


 そう言ってエレナは、天井のシャンデリアの蝋燭に向かって手を向ける。

 短く呪文を詠唱すると、炎は一瞬大きくなり、そのままゆらりと揺らめいて元の大きさに戻った。


「……本当は、炎を小さくしたかったのですが」


 実は家族の前でも、魔術を使うのは初めてだ。

 魔道具が普及した国内では、直接的な魔術を使うよりも、その分の魔力を魔道具に補充させる方が一般的。

 魔術を日常的に使うのは騎士や魔術師くらいで、常に護衛もいるエレナが、平和な国内で直接攻撃魔術を使う場面もなかった。


 とは言っても、もう少し上手くできなかったのか。

 自分から披露したものの、あまりの不器用さにエレナは顔を赤くし俯いた。


(……恥ずかしい)


 エレナの実力を目の当たりにして、きっと皆勘違いに気づいただろう。

 こんな自分が、大陸一の魔力など持っているはずがない。

 そう思い膝の上で手を握りしめるエレナの耳に、低く、優しい声が響いた。


「……防御魔術を見せてくれないだろうか?」

 

 少し躊躇いがちにそう言ったのは、アルフレードだった。

 エレナが顔を上げそちらを見ると、ばちりと視線が交わった。

 アルフレードは一瞬目を見開きぴくりと肩を振るわせると、ついと視線を斜め下に移した。


「……生活魔術は、ほんの少量の魔力を利用する……ある意味繊細な魔術だ。魔力量が足りなければもちろん、多すぎても発動は難しい。君はおそらく、1の魔力で充分な所、無意識に10の魔力が流れてしまっていると思う。だが……防御魔術なら、上手くいくはずだ」 


 確かに、魔術師長にはいつも「魔力制御が雑だな」と言われていた。

 自分では雑なつもりはなく、「平均より少し多い程度」と言われていた魔力をできるだけ調整して使っていた。

 指摘される内容が、何度教えてもらっても理解できず上手くできなかったが、本当に魔力が多すぎるということだったのだろうか。


「ですが……実は防御魔術も、魔術師長からまだまだだと……」


 できなさ加減をフォローしようとするアルフレードの気遣いが辛い。

 披露しても、エレナがやはり平凡だということが証明されるだけで、がっかりさせてしまうだろう。

 不安から眉が下がり、止めてくれないかと家族を見る。


「わざわざ披露する必要はない」


 父のぴしゃりと放った言葉に、ホッとしつつもズキリと胸が痛む。

 やはり父も、娘の魔術を目の当たりにして失望しているのだろうか。


 エレナはひっそりと悲しくなっていたが、どうやら父の考えはそうではなかったらしい。


「こんな奴に、エレナの魔術を披露してやるなどもったいない。披露せずとも、実力は魔術師長から報告を受けて把握している。わざわざ見せる必要はない」 


 敵意をむき出しにする父に対し、アルフレードは底冷えのするような眼差しを向け、静かに反論する。


「私は彼女の不安を払拭するために提案しています。今まで彼女は正当な評価を隠されてきたせいで、実感も湧かず困惑している。これは彼女のために必要なことでしょう」


「ならば貴様が消えてから、家族だけに披露すればよかろう」


「私もこれから彼女と家族になるのです。この目で見る権利がある」


「家族だと!? この──」


「まあまあまあまあ!」


 肌がひり付くような殺気を放ちながら言い合いをする2人の間に、兄が苦笑しながら割り込む。


「本当に昔から仲良しですね、2人とも。ほら、エレナが怯えていますよ。私も報告は聞いているけれど、実際にエレナの魔術を見て成長を感じたいな。でしょう?母上」


「そうね。私も見たいわ。お願いエレナ」


 兄と母に押し切られ、結局エレナは今度は防御魔術を披露することになってしまった。


「はあ……がっかりしても知りませんよ」


 披露するのは『守護防壁』。


 守護防壁は、体をヴェールで包むように盾となる魔術を展開させる防御魔術。

 層を重ねる程に防御力が高くなる、戦闘時や魔獣討伐時に重宝される魔術だ。


 だが魔法陣を構築する際に、一定の量で一気に魔力を流す必要があり、層を重ねる作業がなかなか難しく、集中力も試される。


「ふー……」


 エレナは軽く息を吸う。

 目を閉じて祈るように胸の前で手を組むと、静かに呪文の詠唱を始めた。


「クェト・ラルルフキェナ・ナラシュ──」


 暫く詠唱を続けると、やがてエレナの周囲に光の粒が見え始め、そのままキラキラと輝く文字の形になり、まるで生き物のようにふわふわと浮かぶ。

 そして波のようにうねりながら、徐々にエレナの前に魔法陣を形作っていく。


 幾重にも陣を重ね、限界まで構築が終わると、詠唱をやめて目を開け、エレナはその陣の中心にそっと触れた。

 そして叩きつけるように、一気に魔力を流す。


 虹のように色を変えながら、幾重にも重なり薄らと光る守護の膜が自身を包んでいるのを確認し、やりきったと少し笑んで顔を上げる。


「──できました! ……え?」


 見渡すと、その場にいる全員が驚愕の表情でエレナを見つめていた。


「は、はは……これは、まいったな」


 目を見開いたままの兄が、頬を引き攣らせ溢した呟きが部屋に落ちる。


 ど……どどど、どうしよう。

 背中をすーっと冷や汗が伝い、エレナは最大限に眉を下げた。


「あの……また失敗でしょうか?」



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