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第44話 アルフレード・モンテヴェルディ 1

「ブルーノ、おはよう! あ、ジョゼフも! みんな、おはよう!」


 十五年前。

 まだ幼さを残す八歳のアルフレードは、艶やかな黒色の前髪をさらりと靡かせながら、満面の笑みで階段を駆け下りた。


「おはようございます、アルフレード様」

「若様、今日はとびっきり早起きですね」


 日の出と共に飛び出してきたアルフレードを見て、使用人達は誰もがニコニコと微笑んだ。


 モンテヴェルディ家の小さな次期当主であるアルフレードは、利発で活発。

 母シャーロットに似た顔立ちは思わず笑んでしまう程に可愛らしく、大変明るくいつも笑顔の少年は、モンテヴェルディ家の幸せの中心だった。

 

「もちろんだよ! だって今日は、太陽祭なんだよ!」


 太陽祭は、年に一回アルジェントで開催される祭だ。

 太陽神を讃え、その一年の平和と豊穣を願う。

 沈まぬ太陽を表すように、翌日の日の出まで街中をランタンで灯し、舞台では一晩中、神に奉納する剣舞や歌が披露されるのだ。


 祭自体は朝から始まっているが、正式な開始時刻は日が沈んでから。

 アルフレードは、父である辺境伯の挨拶の時間に合わせ、夜になってから祭へ連れて行ってもらえる約束だった。


 出発時刻を思えば早すぎる目覚めだったが、アルフレードは興奮で居ても立ってもいられなかった。


「ブルーノ、行くよ!」


 早朝の訓練後であろう、兄のように慕う二つ年上のブルーノの手を引き、アルフレードは元気よく言った。


「はいはい、竜舎ですね?」


「うん、ファル達に会いに行かなきゃ!」


 護衛としてノックスとブルーノを引き連れ、敷地の南端にある竜舎に行くと、たくさんの飛竜が穏やかに羽を休めている中、すでにアルフレードの父である辺境伯と、護衛騎士であるブルーノの父がいた。


「父上!」


 アルフレードが駆け寄ると、辺境伯は笑顔で彼を抱きしめた。


「おはよう、アルフレード。しっかり毎日来ているようだな。偉いぞ」


 そう言って頭をわしゃわしゃと撫でられ、アルフレードは得意顔をした。


「もちろんです。私も父のように、立派に飛竜に乗れるようになりたいですから!」


「そのお歳で、竜達に威圧されず、ここに入れるだけですでに素質は充分ですぞ」


 ブルーノの父が、隣で豪快に笑った。


「若様は魔力量が非常に多いですから、大人になられたら、きっとどの飛竜も乗りこなせるでしょうな。ブルーノ、お前も精進せねばならんぞ」


「心得ておりますよ、父上。アルフレード様、ファルが早く来いと言っているようですよ」


 くすくすと笑うブルーノに言われ竜舎の奥を見る。

 成竜になる前、他の竜より僅かに小さめのファルと、さらに小さなサーリャが、尾をたしたしと床に打ち付け、アルフレードを待っていた。


「ファル! サーリャ! おはよう!」


 アルフレードはパッと顔を輝かせて、二頭の方へ走り頭を撫でた。

 

 二頭は、アルフレードにとって特別な竜だった。

 ファルはアルフレードより少し先に、サーリャはアルフレードが五歳の時に生まれた竜だ。

 

 アルフレードは生まれた時は普通の魔力量だったが、成長と共にその量はぐんぐんと増え、すでに護衛であるノックスや、ブルーノの父よりも魔力量が多かった。


 ファルはそのことを見抜いていたのか、アルフレードが赤子の頃から彼に懐いており、辺境伯は目を見張った。


「驚いたな。こんな赤ん坊の頃から竜に気に入られるとは。よし、ファルはアルフレードの竜にしてやろう」


 飛竜は雛であっても、認めた者──主に武力や魔力量が非常に優れた者にしか懐かず、触れることができない。

 アルフレードは幼い頃から竜達に気に入られる、非常に珍しい例だった。


 アルフレードを気に入ったのは、後から生まれたサーリャも同じだったらしく、生まれたてのふわふわの羽を触らせて貰えた時、その手触りにアルフレードは虜になったものだ。


 小さな竜達と戯れるアルフレードを微笑ましく眺め、辺境伯が言った。


「私はそろそろ、森の竜舎へ行くよ。ヴィーノが待っているから」


 ヴィーノはサーリャの母竜で、辺境伯しか背に乗せることのない、アルジェントで最も誇り高い雌の竜だ。

 産卵期のため、番の雄の飛竜と共に、敷地南の竜舎ではなく森の中の竜舎で過ごしていた。


「もうすぐ卵を産みそうなんですよね!」


「ああ。あと一週間程だろうな。ヴィーノはお前のことが大好きだから、産卵が終わったら会いに行くといい」


「若様より卵の方が大きいでしょうな」


「さすがにもう私の方が大きいよ」


 むくれるアルフレードに笑みを溢し、辺境伯とブルーノの父は竜舎を出て森へ向かった。






 暫く竜舎で過ごしていると、遠くから優しい声で名を呼ばれた。


「アルフレード? どこなの?」


 アルフレードは顔をあげ、声の方を見た。


「あ、母上だ。もう行かなきゃ。ファル、サーリャ、またね」


 アルフレードは抱きしめるように、二頭にギュッと腕を回し、竜舎の外へ駆け出した。


「母上!」


 胸に飛び込んできた息子を抱きしめ、アルフレードの母──シャーロットは美しい海色の瞳を細めた。


「やっぱりここだったわね。私の可愛い()()


 アルフレードの黒髪を撫で、シャーロットが言うと、アルフレードは母を抱きしめたまま顔を上げ、頬を少し赤くして抗議した。


「母上、その呼び方はやめて下さいと言っているじゃないですか。いつまでも赤ん坊の頃と同じ呼び方をしないで下さい」


「しょうがないじゃない。私にとっては、いつまでも可愛いフーのままなんだから」


「もう……次呼んだら、返事をしませんからね」


「ふふ。わかったわ。それより、あなたまだ朝食を取っていないんでしょう? 屋敷に戻りましょう。あなたの好きな、オブの実のスープを用意してくれていたわよ」


「え! 本当ですか!? やった!」


 アルフレードが、何とも子どもらしい表情で喜んだ。


 母子の微笑ましいやり取りを、ブルーノとノックスがにこやかに見守っている。

 

 強く頼もしい父。

 美しく優しい母。

 愛くるしくも賢い、将来を期待されたアルフレード。


 モンテヴェルディ家は、アルジェントの皆から愛される、幸福の象徴だった。 







「父上、母上、早く!」


 瞬く星空の下。

 たくさんの灯りが賑わう人々を照らし、陽気な音楽が流れる中、アルフレードは黒髪を揺らし、海色の瞳を輝かせながら両親の手を引き駆け足で進んで行く。


「こらアルフレード、そう急ぐと危ないぞ」


 笑いながら眉を下げる辺境伯に、アルフレードは興奮気味に返事をした。


「ですが父上、早くしないと挨拶に間に合いませんよ」


「あなたが剣舞を見に行きたいだけでしょう」


 柔らかく微笑んで言う母に、アルフレードは目を丸くした。


「母上、よくお分かりになりましたね。だって今年はミアとアデットも出るんですよ?」


 はしゃぐアルフレードの隣を守りながら、ブルーノやノックス達護衛騎士も笑っていた。

 幸せそうな領主一家を見て、領民達も嬉しそうに声を掛けていく。

 

 隣国と常に緊張状態にあるアルジェントの人々は、家族が兵としてアルジェント城に出仕している者も多い。

 戦いを共にする地域柄、貴族か平民かの線引きは希薄で、王国では珍しく、皆が家族のように近い存在だった。

 

「領主様! 今年も最高の祭になりましたな」

「シャーロット様、先日うちにも子どもが生まれたんですよ」

「おお、アルフレード様、そんなに急がれては危ないですよ」

「これ一番上手くできた菓子なので、ぜひ持っていって下さい」


 すれ違う人々皆が笑顔で、平和で、輝いていて、全てが完璧だった。






 少し先でワッと大きく歓声が上がり、人々が皆そちらを見た。

 どうやら舞台で剣舞が始まったらしい。


 だが、あんなに剣舞を楽しみにしていたアルフレードは、何故か舞台ではなく、不意に空を見上げた。


「あ、見て。飛竜だ」


 星が瞬く夜空の遥か上空に、闇に紛れて二頭の飛龍が飛んでいた。


「──何?」


 アルジェントでは、飼育している飛竜は全て屋敷の敷地で管理している。

 野生の飛竜は数が少なく、西の森の奥深くに生息していて滅多に姿を見ることはない。


 アルフレードの言葉を受け、怪訝な顔で辺境伯が空を見上げた。




 その時──。





「──アルフレード様!!」


 いち早く声を上げたのは、アルフレードの隣にいたブルーノだった。


 全員の意識が舞台に、そして上空に向いた僅か一瞬。


 ブルーノの目に映ったのは、その隙をついて、護衛の中の一人がアルフレードの口を塞いで抱え、まさに転移魔術を展開している所だった。


 大人達が視線を戻した時にはもう遅く、アルフレードと彼を抱えた男は、転移陣の光に包まれ、皆の目の前で姿を消した。


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