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第40話 オルフィオとアルフレード

 王城と繋がる大聖堂の大広間。


 見上げる程に高い天井には、太陽神と月の女神を中心とした神々と眷属の精緻な絵が描かれ、壁一面のステンドグラスから差し込む陽の光が、祭壇とその前に作られた半円形の舞台を照らしている。


 舞台上には、赤地に金縁の重厚なマントを羽織り立つ国王と、華やかな礼服に身を包み跪くオルフィオが向かい合っている。 


 エレナをはじめ、大勢の貴族が見守る中、式典は厳かに進み、太陽神を象徴する黄金の剣がオルフィオの肩に翳された。


「ヴェルナージュ王国第一王子、オルフィオ・ソーレ・ヴェルナージュを王太子とし、太陽神と月の女神の眷属として名を連ねる事を、夫婦神(めおとがみ)の御前にて宣言する」


 国王が高らかに声を挙げ、オルフィオは恭しく剣を受け取ると、剣に嵌められていた赤色の魔石に魔力を込める。

 天井に向かって剣を掲げ、凛とした声が大広間に響いた。


「力の限り、夫婦神の祝福を民に届け、国のために尽くすと誓います。──王国に光あれ!」


 それと同時に、参列していた貴族達が視線を下げて一斉に膝を折り、全員で復唱する。


「「「王国に光あれ」」」


 わん、と全員の声が合わさり、空気が震える。

 場の全員が一つになったような一体感と高揚感を感じ、エレナは昂り抑えるようにグッと奥歯を噛み締めた。


(本当におめでとうございます……オルフィオ様)


 心の中で目一杯の祝辞を送り、エレナは胸が熱くなった。


 式典の終わりを告げる鐘が鳴り響き、皆が立ち上がる。

 エレナも背筋を伸ばし、舞台上のオルフィオに視線を戻すと、剣を収めたオルフィオが真っ直ぐにこちらを見ていた。


(え?)


 何かを言わんとする強い眼差しを向けられ、一瞬ドキリとしたが、エレナはすぐに、その視線が自分に向けられたものではないと気づいた。


(……アルフレード様?)


 オルフィオが見ていたのは、エレナではなく、隣に立つアルフレードだった。

 チラリと横を見上げれば、彼もまた、射抜くような視線でオルフィオを見据え返していた。




 




 式典が終わると、午後からは城に移動し祝賀会が始まった。


 厳粛な式典の雰囲気とはガラリと変わり、開会の挨拶と同時に、国王がオルフィオとイザヴェラの婚約を改めて発表すると、ホールの貴族達からはワッと大きな拍手と歓声があがった。


 堂々としたオルフィオのスピーチと乾杯の後、美しい演奏と共に歓談の時間に入ると、エレナはついに感極まって、一粒涙を溢してしまった。


「それは、嬉し涙で合っているよね?」


 アルフレードが目を細めながら、そっとハンカチで涙を拭う。

 エレナは興奮に胸を抑え、潤んだ瞳のまま、にっこりと笑んだ。


「もちろんです。お二人の恋を、子どもの頃からずっと見守っていましたから……この日を迎えて、何と言ったらいいのか……もう、本当に幸せです」


「エレナ様、そこは素直な祝福ではなく『もう、アルフレード様ったら』くらい照れて仰って下さらないと。アルフレード様は、エレナ様がオルフィオ殿下との婚約に未練がないのか、不安で聞いているだけなんですから」


 ブルーノが呆れたように囁くと、アルフレードはジトリと睨む。

 サッとエレナの肩を抱き、自身と立ち位置を交換させて、エレナをブルーノから遠ざけた。


「未練だなんて。オルフィオ様は兄のような存在ですし、私はアルフレード様と婚約できて、その……恵まれていると思って、います」


 顔を赤くし、恥ずかしさから徐々に声が小さくなってしまう。

 アルフレードは満足そうに微笑みエレナを抱き寄せると、耳元で「私もだよ」と囁いた。


「ははは。アルフレード様がそんな顔してるから、皆凄く驚いていますよ」


 面白そうにブルーノが放った言葉に、エレナはぎくりとした。

 実は馬車を降りてすぐから、周囲から注目されているのを感じていた。


「流石に腐っても貴族ですから、皆顔には出していませんが……人間嫌いで有名な氷の辺境伯様が、甘い顔を見せる程のお二人の関係に、興味津々といったところでしょうね」


「はあー……。確かに、エレナを見る男達の視線がうるさいな。陛下とオルフィオ殿下にご挨拶申し上げたら、すぐにでも帰ろうか」


 不穏な空気を出し始めたアルフレードに、エレナは慌てた。


「皆様がご覧になっているのは、私ではなくアルフレード様ですよ」


 周囲にちらと目を向ければ、周りの令嬢達が顔を赤くしサッと視線を逸らす。

 皆が美しいアルフレードに見惚れているのは、一目瞭然だった。


 アルフレードは若くして辺境伯となった優秀な男だ。

 広大な領地の運営も問題なく、魔力も豊富で腕も立つ。

 さらに思わずため息を吐きたくなる程の美貌とくれば、周囲の令嬢達が、ぽっと出のエレナが婚約者として隣に立つのを、良く思わないのは当然だろう。

 

(しかも、()()()のせいだったとは言え、私は周囲から、王族の婚約者候補だったにも関わらず、歴史上一番不人気な令嬢だと思われている訳だし……)


 エレナは、アルフレードがあまりにも非の打ち所がない事を、改めて実感した。

 魔力以外平凡な自分が、彼の隣に並ぶ事を恥じたエレナは、表情を僅かに曇らせる。


(アルフレード様はお優しいから、私を大切にして下さっているのはわかる。でも、こんなに注目される程に完璧な方なのに……隣に並ぶのが、本当に私でいいのかしら。後悔はないの? アルフレード様のお気持ちを知るのが……怖い)


 政略で結ばれた婚約だと何度自分に言い聞かせても、アルフレードの視線や態度で、もしかしたら心から愛されているのでは、と期待してしまう。


 触れ合う時も、見つめ合う時も、アルフレードはエレナに愛しみを込めて接してくれている。


 だが、その口からはっきりと愛の言葉を囁かれた事は、一度もなかった。


(……ご迷惑をお掛けしているのは私なのよ。こんなに大切にされているのに、何を不満に思えるというの? 焦らなくても、私たちの速度で進めばいいのだわ。それでいつか、心から愛して貰えるように──)


 そこまで考えて、エレナはハッとした。

 

 政略だと割り切ろうとしたばかりなのに、すぐに心はアルフレードの愛を求めてしまっている。

 負担を掛けている立場にも関わらず、アルフレードを欲し、どんどん傲慢になっていく気持ちを持て余し、エレナは息苦しさを覚えた。






「私達もご挨拶に参りましょうか」


 遠くで国内の貴族と挨拶を交わし始めたオルフィオ達を見て、ブルーノが言った。

 他国からの来賓との挨拶は一通り終わったらしく、オルフィオとイザヴェラの前にできていた貴族達の列もなくなりつつある。


「そうだな。侯爵閣下もそろそろご挨拶されるようだし、私達も行こうか」


 アルフレードに優しく手を引かれ、エレナは沈む気持ちをなかったことにし、にこりと微笑んだ。







 オルフィオ達の前まで進むと、イザヴェラがエレナを見つけパッと表情を明るくした。


 エレナは、抱きついて大声で「おめでとう」と叫びたいのを我慢し、膝を折り、恭しく祝辞を述べる。


「顔をあげて」


 声を掛けられ、立ち上がり顔を上げると、幸せそうなオルフィオとイザヴェラと目が合った。

 二人の顔に浮かんでいたのは、先程までの王族らしい優雅な微笑みではなく、エレナを実の妹のように可愛がってくれていた時と同じ、大好きな優しい笑みだった。


「エレナ、会えて嬉しいわ。来てくれて本当にありがとう」

「元気そうでよかった」


 微笑む二人に、エレナも思わず顔を綻ばせる。


「私こそ、お二人のお幸せそうなお顔を拝見できて光栄です。本当に、おめでとうございます」


 アルジェントに移ってからも、エレナはイザヴェラと手紙のやり取りをしていたが、久しぶりに目を見て話ができる喜びは格別だった。


 二言三言、言葉を交わし、次の挨拶を待たせているため早めに場を去ろうとするエレナに、イザヴェラが言う。


「エレナ、ご家族と会うのも久しぶりでしょう? あちらで侯爵閣下がソワソワしていらっしゃるわ。早く行っておあげなさい。私とも、後でまたゆっくりお話ししましょう」


 視線の先を見れば、少し離れた場所で父と母がエレナを見ている。


 くすくすと笑うイザヴェラの隣で、オルフィオが笑みを貼り付けたままアルフレードに囁いた。


「アルフレード、()()()()()()()()()。後で落ち合おう。ブルーノも連れて来るといい」


 細められた金の瞳は、笑ってはいない。


 名を呼ばれ、ブルーノがその場で承知の意を込め頭を下げる。

 アルフレードは貴族らしい微笑を浮かべたまま短く返事をすると、エレナを連れて侯爵の方へと向かった。


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