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第39話 そして迎えた朝

「本当に信じられません!」


 鏡の前、猛スピードで何種類ものブラシやパレットを持ち替えながら、クララは憤慨していた。


「どうして大事な式典の前に徹夜なんて……! クマはこれで隠せるとして……お肌はこの色を追加して……」


 鬼のような形相でぶつぶつと呟きながら化粧を施していくクララに、エレナは眉を下げ謝った。


「ごめんなさい……アルフレード様の隣に相応しいようにと思ったら、どうしても不安でページを捲る手を止められなかったの」


「お気持ちは素晴らしいですが、睡眠を蔑ろにして良い訳ではありません」


「はい……その通りです」


 髪を結うミアとアデットも、クララのお説教に深く頷く。


「本当にそうですよ。睡眠不足は美の大敵ですから。それに、礼儀作法はアルフレード様に合わせておけば何も問題ないですし、心配しすぎですよ」


「エレナ様は、オルフィオ殿下やイザヴェラ様とも旧知の仲なのですから、堂々となさっていれば宜しいのです」


「それはそうだけれど……それでも、私が足りないせいで、周りに恥をかかせたくないわ」


 エレナは自身のことを振り返り、ため息を吐いた。


 オルフィオの婚約者候補として王城で学んでいた頃、エレナは特に秀でている令嬢という訳ではなく、評価は常に平凡そのものだった。


(それもそうよね。他の方が礼儀作法を学ぶ時間を、私は殆ど、魔力制御の実技と研究に費やしていたんだから)


 アルフレードとの婚約が正式に決まった日、魔術師長が虚偽報告を行なっており、エレナの教育内容にかなりの偏りがあったことが判明した。

 座学や礼儀作法についての講義は必要最低限の内容に止め、魔力制御や魔術の実技、魔術師長の研究の手伝いに重点が置かれていたのだ。


 だが、優秀さを買われての指名ではなく、魔力量の秘匿と保護のために婚約者候補になっていたエレナの立場を考えれば、当然の内容だった。


(それでも、『王族の婚約者候補』だった私に至らない所があれば、それは王城教育やオルフィオ様達の評価を下げることになってしまうわ。それに……王命で私を受け入れて下さったアルフレード様に、私のせいで恥ずかしい思いをして欲しくない。婚約を引き受けなければ良かったと……がっかりされたくない)


 クララ達にどれだけ「問題ない」と言われても、不安は消えない。

 支度の間中、エレナ何度も何度も、式典での振る舞いを想像し、頭の中で練習を繰り返した。










「完成しました!」

「最高です!」

「完璧です!」


支度が終わり、満足そうなクララ達に絶賛された。


「徹夜したのが嘘のように、全くわからないわね」


 エレナはまじまじと鏡を見つめて、感心の声を漏らした。


 鏡に映る自分は、目の下のクマなど微塵も見えず、寧ろ血色も良く、肌は透明感があり瑞々しい。

 組み紐と一緒に複雑に編み上げた髪は、すっきりと上にまとめられ、上品な化粧も相まって、普段よりも大人っぽく見える。

 

 式典用の女性の正装は、首の詰まった長袖のアイボリーのドレスで、胸元に金の花飾りを付ける。


 初夏に差し掛かったこともあり、デコルテから袖にかけては繊細なレースのものにした。

 紐で編み上げる型ではなく、ぴったりのサイズで作ったドレスは、背中に金のボタンが並び、後ろ姿も可愛らしい。

 胸元の花飾りは、アルフレードがエレナの希望を聞いてラールの花を模したものを用意してくれた。


「三人とも、本当にありがとう!」


 さらりとした光沢のある生地は揺れると美しく、エレナはにっこり笑うと、その場でくるりとターンしてみせた。





 ちょうどその時、扉を叩く音がした。


「──エレナ、準備は終わっただろうか?」


 躊躇いがちなアルフレードの声に、エレナは緊張を抑え返事をした。


「は……はい。終わりましたので、どうぞ」


 声の方を向くと、ゆっくりと開かれた扉を潜り現れたアルフレードに、エレナは目を奪われた。


 きっちりと撫つけた青灰の髪は、後ろに流すように一つに編まれ、エレナと揃いの組み紐で結ばれている。

 身分を表す家紋が掘られた金の耳飾りが揺れ、美しい相貌は麗しさが増して人外のような気さえしてくる。


 身を包む濃紺の正装には、王国の色である赤地に金の刺繍が施されたサッシュが斜めに掛けられ、鍛えられた体躯が一目でわかる堂々とした立ち姿は、凛としている。

 手に嵌められた白手袋には、白糸の魔力制御の紋様と混ぜるように、エレナの瞳と同じ深緑色の糸で、手首の近くにラールの刺繍が施されていた。


 あまりの美しさに見惚れてしまい固まっていると、同じように無言だったアルフレードが片手で顔を覆い、大きく息を吐いて俯いた。


「あの……いかがでしょうか?」


 エレナは、顔を赤くして小さく尋ねた。


 共に過ごした日々のおかげで、アルフレードのこの反応が、落胆や拒否を示すものでないことはわかっている。

 そのことは、赤かくなった彼の耳からも察せられた。


「エレナ……その……凄く綺麗だ。本当に」

 

 瞳を甘く細め、何とかそう絞り出したアルフレードに、エレナは頬を染め花開くように微笑んだ。


「ありがとうございます。アルフレード様も素敵です」


 アルフレードは顔を僅かに赤くして眉を顰めると、真剣な顔でボソリと言った。


「……やはり欠席しようか」


「駄目ですよ」


 遅れて部屋に入ってきたブルーノが、ピシャリと言い放った。


「エレナ様を見せびらかしに行くって決めたの、アルフレード様でしょ」


 呆れたように言うブルーノも、式典用の正装を着用している。

 式典には王国内の爵位を賜っている貴族とその伴侶が招待されており、ブルーノは従者としてではなく、子爵として出席することになっていた。


「見せたくなくなってきた。王族には欠席だと伝えてくれ」


「いやいや、そんな不敬なことできる訳ないでしょ」


「お前ならできるだろ」


「無茶言わないで下さい」


 目の前で駄々をこね始めたため、エレナはちょんとアルフレードの袖を引いた。


「あの……私は出席したいです。その、アルフレード様の……婚約者として」


 グッと息を呑んだアルフレードを見て、ブルーノが笑った。


「アルフレード様には、エレナ様のお願いが一番ですね。さ、行きますよ」










「ここに、魔力を込めればいいんですか?」


 玄関ホールの床に置かれた大きな紙を見て、エレナが言った。


「はい。ヴェレニーチェ様が用意した特別性だそうです」


 ブルーノがにこやかに示したその紙には、転移魔術をさらに複雑化させた陣が描かれている。


「サヴィスの動きも気になるし、国外の貴賓も多く招待しているから、飛竜で移動するとエレナが目立ちすぎる」


 そうオルフィオが判断し、今回は特例で魔術師長の力を借りて転移で移動することになったのだ。


「私の魔力痕が残らないように、隠蔽の魔術も複合させたと仰っていましたけど、陣が複雑すぎて内容が全く理解できませんね」


 エレナは広げられた紙をじっと見つめる。

 ヴェレニーチェの魔力で描かれたその陣は、ゆらゆらと揺らめく様に銀色の光を放っていた。


「エレナ、君の負担が大きいし、行かないという選択もできるんだよ?」


 エレナの肩をそっと引き寄せ、アルフレードが不機嫌そうに言う。


「そもそも、エレナの護衛は私がいれば充分だ。ブルーノは飛竜で行けばよかっただろう」


「だから、私だけ飛竜で行ったら、アルフレード様達が何で来たんだって話になるから却下されたじゃないですか。飛竜を乗り換えて、途中から馬車で来たってことにするんですから」


「エレナの魔力をブルーノに使うのは勿体無い」


「はいはい、本音漏れてますけど、我慢して下さい。さ、時間ですから、エレナ様お願いします」


 ブルーノに促され、三人は紙の上に立つ。

 

「じゃあ、いきますね」


 エレナは二人が頷くのを見て、転移の陣に一気に魔力を込めた。

  

 周囲が金色の光に包まれるのと同時に、ぐわんと大きく視界が歪む。

 内臓がずしりと重くなる感覚がして崩れそうになる姿勢を、アルフレードがグッと横から支えてくれた。


 ギュッと目を瞑り、濁流に飲まれた様な感覚に耐えていると、突然ふわりとした浮遊感に包まれた。

 そのままゆっくりと押し倒されるように、体を後ろに引っ張られる。


「──あ」


 ぽすん、と体を受け止められた感覚がして、エレナは目を開けた。

 転移した先は、広々とした馬車の中。

 ハリのある質の良い座面に、エレナは座っていた。

 

「エレナ、気分はどう?」


 声を掛けられ隣を見ると、アルフレードが心配そうな顔でエレナを覗き込んでいる。

 彼の前には、向かい合うようにブルーノが座っており、そしてその隣──エレナの正面の席で、ヴェレニーチェが妖艶に微笑んでいた。


「やあ、時間ぴったりだね。ようこそ王都へ」


 パチン、とヴェレニーチェが指を鳴らす。

 

 エレナ達四人を乗せた馬車は、王城へと走り出した。


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