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第37話 実験、実験、実験 1

「えーと……何をやっているのかな」


 新月の不在期間を終え、早朝に帰宅したアルフレード。

 彼は目の前に広がる光景に、酷く困惑していた。





 そもそもこの日は、ファルに乗って屋敷の上空に差し掛かった時点から、何やら様子がおかしかった。


 まず、空から見下ろした屋敷の庭が、いつもと違った。

 庭いっぱいに植えられていたラールの花が、半分程刈り取られているのが見えたのだ。


 日が登り始める頃。

 屋敷へ戻ったにも関わらず、エレナはもちろん、帰宅を知らせていたはずのジョゼフの出迎えすらない。

 というより、屋敷の中も人気がなく、静まり返っている。


(……何かあったのか?)


 心をざわつかせながら屋敷の中を歩き回り、片っ端から部屋の扉を開けエレナを探した。


 そうして不安を募らせながら、辿り着いた屋敷の南側にあるサンルームで、アルフレードはギョッとして固まった。


 ガラス張りの高い天井が美しい、屋敷の南側に位置する広々としたサンルームは、通常であれば、ゆったりとした質の良いソファが並んでいる。

 鉢植えの観葉植物や、美術品のような壺に活けられた花々に囲まれながら、陽の光を浴び、お茶を飲みつつ庭を眺められる贅沢な部屋だ。


 だが今は、全く違う様相と化していた。





 天井には無数のロープが張られ、ラールの花が大量に吊るされている。


 床にも同じように、足の踏み場がない程の花が並べられ、よく見れば、花びらだけの場所、茎だけ、葉、根っこだけを並べた場所もあり、何やら分類されているようだ。


 そしてその大量の花の間、エレナやヴェレニーチェを筆頭に、屋敷の者達が集まり這いつくばって花を眺め、何かをしていた。


「ヴェレニーチェ様、こっちは乾燥終わりました!」

「これは五本ずつで編んだ数値で……倍量だと吸収率が変わるから……」

「おいブルーノ、そっちはどうなってる?」

「そこまで大きな違いはないですが、確かに変わっていますね」


 お互いに視線を通わせることもなく、広い部屋の中を、言葉だけが飛び交っている。


 ペンを動かす者、ルーペで観察する者、花に何かしらの魔術を使っている者──その誰もが真剣な表情をし、アルフレードに目もくれず、それぞれの作業に集中していた。





 アルフレードは状況が全く理解できず、心で思ったままの言葉が、口から溢れ出た。


「えーと……何をやっているのかな?」


 その呟きに、エレナがふと顔を上げ、アルフレードを見た。


「え……え!? アルフレード様!?」


 目が合うなり、エレナが驚きの声を上げる。

 彼女の声をきっかけに、他の者達も手を止め、一斉に慌て出した。


「うわ、本当だ。もうそんな時間だったのか!?」

「まずい。日が完全に昇っているじゃないか」

「申し訳ありません、アルフレード様。お出迎えもせずに」

「あ、ちょっとそれ踏まないで!」


 サンルームの中は蜂の巣を突ついたような状態になってしまい、アルフレードの前まで歩み寄ったエレナは、申し訳なさそうに小さくなりながら挨拶をした。


「……お帰りなさいませ、アルフレード様。その……申し訳ありませんでした。お出迎えもせず、つい夢中になってしまって」


 元気そうなエレナの顔を見て、アルフレードは小さく安堵の息を吐いた。


「ただいま。出迎えは別にいいんだよ。寧ろ邪魔をしてしまったかな?」


「いえ、お邪魔なんてことは……! 本当は、お帰りになられる前に中断するつもりだったんですけど……」


 気まずそうに縮こまるエレナが可愛くて仕方がなく、思わず笑みが溢れてしまう。

 エレナを抱きしめ、髪に軽く口付けを落とすと、アルフレードはくすくすと笑いながら、優しい声で説明を求めた。


「それでエレナ、私にも教えて欲しいな。みんなで楽しく、何をしていたの?」


 




 サンルームの端。

 アルフレードはジョゼフが急いで設えた席に座り、紅茶を飲みながら目を丸くした。


「へえ。ラールが魔力を吸収するなんて、私も初耳だ」


 アルジェントの人々の間で、ラールを編んで作る腕輪が、御守りの意味を持っている。

 そのことは、もちろんアルフレードも知っていた。

 この時期になると、城で働く者達が家族と交換した腕輪をしているのをよく見かけるし、ラールの腕輪は昔からの風物詩的なものだ。


 アルジェントでは、一般的で見慣れたもの。

 だからこそ、今まで()()()()()()()()()()()()は、誰も気にしていなかった。


「言われてみれば、なぜラールの花なのかは、気にしたことはなかったな」


「魔術の陣もないのに、実際に効果があると聞いて、私たちも気になってしまって。最初は買った腕輪をバラバラにして調べていたんです」





 魔石以外に魔力を吸収するものがあるというのは、大発見だ。

 アルフレードがいない間、エレナ達は腕輪をくまなく調べることにした。


 街から戻る馬車の中で、魔術の紋様と同じように、編み方に意味があるのでは、という話になった。

 だが、屋敷で合流したミアとアデットが「編み方は自由なんですよ」と言ったので、花自体に調査を絞ることになり、エレナ達は腕輪をバラバラにして検証を始めた。


 腕輪は十本程のラールを編んで作られているが、一本でも効果は同じなのか。

 新月の前後に摘むことが大事なのか。

 一度乾燥させることに意味があるのか。

 一週間、持って眠るというのは何故なのか。


 女性五人で応接室に集まり、色々な仮説を立てながらうんうん唸っていると、自身の研究の進捗を報告しにきたブルーノが、話を聞いて興味を持った。


「庭のラール、刈り取っちゃいましょうよ! ちょうど新月ですし!」


 アルフレードがせっかく植えてくれた花だったので、エレナは「許可を頂いてからじゃないと」と難色を示したが、ヴェレニーチェが強く賛成した。


「エレナのために植えたものを、エレナが摘んだとして、アルフレードは何も気にしないさ。すぐに庭に行こう!」


 圧に押され、とりあえず半分を研究用に摘み取り、残りはアルフレードが帰ってから相談するということで何とか落ち着いた。


 大量の花を抱え、応接室から玄関ホールを行ったり来たりしていると、今度はジョゼフに見つかり、声を掛けられたエレナは事情を説明した。


「それならば、サンルームをお使い下さい。あそこが一番広いですし、日当たりも良いので乾燥には最適かと」


 こうして、屋敷の者達も巻き込んで、ラールの花の調査が始まった。






「人によって魔力の吸収速度が違うことがわかったんですが……そうしたら、誰が一番早くラールの魔力を変化させられるか勝負が始まって……試行錯誤していたら、いつの間にかこんな状態になっていました」


 そう言って、エレナは恥ずかしそうに、大きな箱いっぱいに積まれた腕輪の山を机に置いた。


(これ……は……)


 アルフレードは思わず溢れそうになった驚きの声を、グッと飲み込む。

 

 エレナは、腕輪にはそれぞれ、屋敷の者たちの魔力が込められていると説明した。

 だが花が自然と吸収する魔力の量は、本当に僅かなものなのだろう。

 魔力が見えるアルフレードにも、腕輪が帯びている魔力は微かすぎて、目を凝らしてみても殆どわからない。


 それでも、エレナの魔力を帯びた腕輪だけは、一目でわかった。


「エレナの魔力を吸収した腕輪は……四つ……かな?」


「すごい! 正解です! どうしてわかったんですか!?」


「婚約者の勘……かな」


 アルフレードは驚きを隠すように、美しく微笑んでみせた。


 山になった腕輪の中、彼女の魔力を帯びた腕輪だけが、ほんのりと金色に輝き光っていた。


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