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第3話 金色の出会いと突然の来訪者

「私が……西に」


 侯爵家へ戻る馬車の中。

 震える手で、そっと胸元に隠していたペンダントに触れ、エレナはつぶやく。

 

 向かいの席に座る専属侍女のクララが、きっちりと纏めた髪と同じ、凛々しい赤い目を細め優しく微笑んだ。


「よかったですね、エレナ様」


「ええ! まさかアルジェントへ行けるなんて夢みたい。見て! 嬉しすぎてまだ震えているわ」


 エレナは手のひらをクララに向け、ふにゃりと頬を緩めた。

 王城を出て暫く経っても、心臓はまだドキドキと高鳴り続けていた。


 オルフィオから突然言われた、西方辺境伯領アルジェント行きの話。

 

 突然のことに驚きはしたが、それはエレナにとって願ってもないことだった。

 アルジェントへ行くことは、エレナの長年の夢だったのだ。


「はあ……やっと夢が叶うのね」


「アルジェントへ行くのが夢だなんて、そんなことを仰るのはお嬢様くらいですよ」


 姉のように慕うクララがふふ、と笑うと、エレナは興奮も隠さず言い返した。


「だって()()()()()十年も経っているのよ!? きっとアルジェントにいるわ。絶対にそうよ」


 胸元から慎重にペンダントの鎖を引き出し、繊細な鳥の細工が施されたロケットを開く。


 中には、光を反射してキラキラと輝く、小指の爪ほどのそれは小さな金色の羽根が一枚。


 エレナは深緑の目を細め、優しく羽根を撫でた。


「やっと、会えるかもしれない」


 ずっと叶えたいと願っている、秘密の夢。

 知っているのは、王城の魔術の師とクララだけ。

 それは、幼い頃に一度だけ出会った、()()()()()()()()()()()()()()()()。 








 エレナが八歳になってすぐの頃。

 まだオルフィオの婚約者候補になる前の、ある暖かな日。


 父侯爵に連れられ、城でオルフィオ達と遊んでいたエレナは、遊びの途中、一人迷子になってしまった。


 帰り道を探して、普段は立ち入らない魔術塔近くの、ひっそりとした庭園まで来てしまった時、()を見つけた。


 あまり手入れがされず、自由に伸びる草花と、青々と葉を茂らせた若木の陰。

 そこには、金色の羽に覆われた、物語に聞く鳥人のような、妖精のような姿の生き物が、身を隠すようにうずくまっていたのだ。


「あなた、妖精……さん?」


 エレナは思わず声をかけた。


 驚いた彼は身を強張らせ素早く立ち上がると、こちらをキッと見据えたが、エレナはその神々しさに釘付けになった。


 視線の先の彼は、エレナより少し目線が高い──オルフィオと同じくらいの背丈だろうか。


 まるで陶器のような真っ白な肌。

 瞳の色は絶えず揺らめき、銀なのか青なのか、風に揺れる湖面のように定まらず輝いている。


 少年のような幼さがあるが、恐ろしく整った顔つきだ。 


 腰まで流れる金の髪と同化するように、頬から体にかけて鱗のように連なる金色の羽。


 両腕からは翼のように輝く羽が伸び、手には鋭い鉤爪。

 袖のないゆったりとした白の衣からのぞく足も、鳥のそれのように鋭い爪が伸びていた。

 

 精霊か、神の遣いか、この世のものとは思えない姿に、幼いエレナは興奮を隠せず、素直につぶやいた。


「きれい……」


 瞳を輝かせ見つめるだけのエレナに、彼も警

戒を解いたのか、そのまま再び座り込んだ。


 彼が逃げなかったことに気を大きくし、エレナはそのまま隣まで進んで座り込むと、矢継ぎ早に色々なことを質問した。

 自分のことも、たくさん話した。


 彼はエレナの話に「そう」と呟く以外、殆ど反応を返さなかった。


 分かったことは二つだけ。

 妖精の名前は『フー』。

 西の森から来た。

 それだけだった。


 遠くから、父や大人達がエレナを探す声が聞こえると、フーは素早く自身の首元から羽を抜き、「秘密だよ」と手渡した。

 瞬間、彼の瞳がわずかに細められ、微笑んだかのように見えた。


 手渡された羽根を握ると、火傷したかのような鮮烈な熱さと痛みを感じた。


「──!」


 エレナは慌てて手を開いたが、つるんとした普段通りの手のひらに羽根があるだけだった。


 その様子をじっと見つめていたフーは、エレナの耳元で囁いた。


「必ず、また君に会いに行くから」


 そうして、フーは空へ飛び去ってしまった。

 一枚の小さな羽根だけを残して。







 大変だったのはその後だ。


 (また彼に会いたい!)


 エレナはその日を想像し、興奮冷めやらぬまま悶々と過ごした。

 秘密だと言われたが我慢できず、出会いから三日後、エレナは父にフーのことを話した。

 羽根を見せるや、父は顔を真っ青にしてエレナを抱えて走り出すと、馬に跨り家を飛び出した。


 そのまま城へ向かい、父はなんと、謁見の申請もせずに王の執務室へ飛んでいき、国王だけでなく王妃や宰相、大臣や宮廷魔術師達も呼んで難しい話が始まった。

 そこにはオルフィオもいたような気がする。


 もれなく呼ばれた全員が、顔を青くしてエレナに視線を向けてくる。


(皆が怖い顔をしてる……フーと会ったことは、いけない事だったの?)


 幼いエレナは、大人達の反応から緊張が最高潮に達し、気絶した。







「ああ、エレナ! 気が付いたか! 大丈夫か? 昨日の話なんだが──」


「きのう……?」


 翌日、目を覚ましたエレナは恐ろしさから、妖精のことは()()()()()をすることに決めた。

 いつか再び彼に会うという夢も秘密にし、受け取った羽根も、失くしてしまったと嘘をついた。


 そして、妖精に出会って六日後。

 すでに五人も候補者がおり、以前からイザヴェラが内定しているにも関わらず、なぜかエレナは、突如六人目の婚約者候補になることが決まったのだった。


 それから十年、いくら待ってもフーが会いに来ることはなかった。







 

 エレナは今にも走り出したい気持ちを抑え、窓の外を眺めた。


「いつかは、と思っていたけれど、こんなに突然、アルジェントへ行ける日が来るなんて」


「婚約者候補になると、安全のために王領と自領以外に行けないって知って、部屋で大泣きしていましたもんね」


 くつくつと思い出し笑いしているクララを、じとりと横目で見る。


 幼い頃から、エレナは事ある毎に視察だ、散策だ、気分転換だと言って、森へ向かいフーを探しまわった。


 王都の西には、自然豊かな王領の森や保護区がある。

 さらには、自領であるスフォルツィア領も西側に広がっており、すぐに会えるはずと密かに胸を弾ませていたのだ。


 だが探しても探しても、フーには会えなかった。


 西側には他領もあるが、鉱山地帯や商業地帯ばかりで、残された西の森といえば、国内ではあとはアルジェントしかない。

 その隣は内線も激しい宗教国家のため、アルジェントで出会えなければ諦めるしかなく、エレナにとってはまさに最後の希望の地だった。


「フーを探したいのはもちろんだけど、オルフィオ殿下や陛下に任命されたお仕事もしっかり頑張るわ」


 やっと心も落ち着いてきたエレナが、辺境伯領には文官として配属されると思うと話せば、クララは目を丸くした後、視線を逸らして頬を掻いた。


「意気込みは素晴らしいですけど……お仕事で向かう訳ではないと思いますよ」


「どういうこと?」


「まあ、勘ですね」


 論理的な彼女にしては珍しい答えに違和感を覚えたが、ちょうど馬車がガタンと揺れ、普段よりも速度を上げて流れる窓の外の景色にエレナはため息をついた。


「それにしても、すぐに戻れだなんてどうしたのかしら」


 エレナは先程のオルフィオの様子を思い出していた。


(皆、顔色が良くなかったし、オルフィオ様は否定していたけれど、やっぱり家族に何かあったのかしら? それに、これからのことは()()()()()、と仰っていたけれど、誰の事だったのかしら)


 あれこれと考えている間に、侯爵邸が見えてきた。


 しかし、普段とは様子が違う我が家を見て、エレナは眉を顰めた。

 門の周辺で、焦った表情の執事や見回りの騎士達が、慌ただしく行き来している。


「エレナお嬢様! お帰りなさいませ。お待ちしておりました!」


 エレナが乗る馬車を見つけるや否や、皆が走って近づいてくる。


「ただいま。皆どうしたの? まさかお父様達の身に何か……!?」


「いいえ、旦那様達はお変わりありません。それが…」


 窓から顔を覗かせ、さらに話を聞こうとしたその時──。


《グオオーーーーーーン!!!》


 突然、庭の方から唸るような咆哮が轟き、空気がビリビリと揺れた。


「え? 何? 魔獣???」


 屋敷にいる者達が心配になり、エレナは御者に急いで玄関まで向かうように声をかける。


 だが萎縮した馬は動こうとせず、わずかに後退り始めている。


「ここで降りるわ。馬を遠くで休ませて」


「あ、お嬢様!」


 クララの制止も聞かず、エレナはひらりと馬車を降りると急いで家へと駆け出した。


 急いで門をくぐり、静止する家令を振り切って声のした庭の方へと向かうと、その光景にエレナは目を見開き固まってしまった。

 

「……飛竜?」


 庭には、赤色の鱗が輝く一頭の立派な飛竜が鎮座していた。

 額からは真っ白な角が生え、大きな金の瞳が意外にも優しげで可愛らしい。

 時折、しっぽや翼をはためかせ、近くに積まれた肉を機嫌良さげに食べていた。

 少し距離をとりつつ、周りを囲むように集まっている侯爵家の騎士達の、倍以上の高さがありそうだ。


 飛龍は西方に生息する、賢く美しい龍だ。

 アルジェントでは数頭の捕獲に成功し、戦闘・移動用に飼育されているという。

 王都ではまずお目にかかれない。

 もちろん、エレナも見るのは初めてだ。

 

(それが、なぜ侯爵家の庭に?)


 思考が追いつかず、ぼーっと龍を眺めていると、頭の上から声が降ってきた。


「エレナ、戻ったか」


 後ろを振り返ると、苦虫を噛み潰したような表情の父が背後に立ち、竜を睨みつけている。


「お父様! これは一体何が……」


「エレナ、お前に客が来ている」


「え? お客様?」


()は応接室にいる。すぐに来なさい」


 そう言って、深いため息と共に歩き出した父を、エレナは急いで追いかけた。


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