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第27話 緊急お泊まり会 2

 サーリャと溶け合う温かな微睡みの中で、エレナは夢を見るように、不思議な光景を眺めていた。


 日差しが降り注ぐ新緑の草原、ぐんぐんと迫ってくる満点の星空、ばしゃりと飛沫をあげキラキラと輝く湖面──浮かんでは消え、消えては浮かぶ様々な美しい景色は、どれも物凄い速さでエレナの周りを流れていく。

 

 暫くその目まぐるしい光景に身を任せていると、ふわりと緩やかに景色が止まり、目の前にファルとアルフレードの姿が現れた。

 だがエレナの視点はファルと同じくらいに高く、アルフレードがこちらを見上げている。

 不思議に思いながら見つめていると、アルフレードが目を細めて口を動かした。


「サーリャ」


 アルフレードに優しくそう呼ばれ、エレナは理解した。


(これ……夢じゃない……私は今、()()()()()()()()()()()()んだわ)


 理解すると、眼前を流れていく景色の何と心地良いことか。

 自由に世界を飛ぶサーリャの見る美しい景色に、エレナは感動していた。


 不意に、サーリャに似た美しい竜の姿が現れた。

 エレナの視界は低く、かなり上を向いてその竜を見上げている。

 サーリャよりも、やや落ち着いた色の鱗をした竜。

 ゆっくりと顔を近づけ、頬擦りをしてくるその竜を見て、エレナは思った。


(これは……サーリャのお母さんなのかしら)


 幸せな記憶なのだろう。

 サーリャの気持ちに同調し、エレナの心にも嬉しさが広がった。


「サーリャ!!」


 突然遠くから、幼く溌剌とした子どもの声がした。

 視界がそちらに動くと同時に、駆け寄ってきた黒髪の男の子が、飛びかかるように抱きついてきた。


「ははは!! サーリャ、ふわふわだ!!」


 年は五、六歳くらいだろうか。

 頬を紅潮させ、満面の笑みで男の子がきゃっきゃと声をあげている。


 遠くから、寄り添う二人の男女が微笑みながら優しく呼びかけている。


「こら、雛が驚いているぞ」

「ふふふ。サーリャを離してあげて。ほら、戻ってらっしゃい──()()()()()()


 女性の朗らかな声がその名を呼んだと同時に、その幸せな光景は光に包まれて消えてしまった。






 エレナはそれから暫く光の中を漂っていたが、徐々に周囲が暗くなっていき、ついには真っ暗になってしまった。

 上を見上げても、そこには何の光もない。


 すると突如、ザザザと音をたて目の前に暗い夜の森が広がった。


(何かしら)


 何故か、エレナの胸はざわついた。

 物凄い速さで木々の間を飛んでいく。

 どんどん進んでいくと、開けた場所に出る。

 そこには、あの母竜が倒れていた。

 腹が大きく裂かれ、どくどくと流れ出た血で周囲は黒い池のようになっている。


(どうして……どうして──!!)


 困惑、動揺、悲しみ、怒り、嘆き──。

 サーリャの強烈な感情に染まり、エレナは目の前が一瞬で真っ赤になった。

 絶望に胸が締め付けられ、喉が焼かれたように声が出ない。


(苦しい……苦しい!!)


 押しつぶされそうな感情と、サーリャの記憶の濁流が周囲から押し寄せ、飲み込まれそうになったエレナが、必死で硬く目を瞑ったその時──。





「──エレナ!!」



 


 名を呼ばれ、ハッと目を開けると、そこは暖かな竜舎の中──寝そべるサーリャの前にエレナは座っていた。


「エレナ、気分はどう? 吐き気や眩暈は?」


 深刻な表情のアルフレードがエレナを覗き込んでいる。

 突然深い眠りから引き上げられたように、エレナの意識は幻と現実の間でぼんやりとしていて、状況がいまいち飲み込めない。


「脈は……落ち着いてきたね。熱もない。エレナ、飲める?」


 呆然としているエレナの額や首筋に触れ体調を確認しながら、アルフレードが回復薬の瓶を口元に寄せてきた。

 支えられながら、促されるままにゆっくりそれを飲む。


 口の中に甘い味が広がり、意識は徐々にはっきりとしてきた。


「あの……私……?」


 瞳で疑問を訴えると、アルフレードは空になった瓶を受け取りながら、指で優しくエレナの頬を拭った。

 ひんやりと濡れた感触がして、エレナはそこで初めて、自分が泣いていることに気付いた。


「サーリャに魔力を注ぎ始めて、暫くは何も問題なかったんだ。魔力もそれほど減っていないと思う。だが、急に呼吸と脈拍が乱れて──泣き出した君を見て、中断させた」


「そう……だったんですか」


「エレナ、体調に違和感はない? 君に何が起きたか、わかることがあれば教えて欲しい」


 アルフレードは尚も眉間に深く皺を寄せ、表情を曇らせている。

 だがエレナにも、なぜ泣いているのかはわからなかった。


「体は何ともありません。ただ……()()()()()()()()()にいた気がするんですけど……もうよくわからないんです。朝起きてすぐに夢の内容を忘れてしまうみたいに……思い出せないんです。凄く胸が苦しくなって、アルフレード様に名前を呼ばれたことくらいしか……」


 話を聞いて、エレナを支えるアルフレードの手が僅かに強張った。

 余程心配したのか、アルフレードの顔色が悪い。


「恐らく……魔力を通して繋がりができたせいで、サーリャと同調し過ぎたんだろう。ひとまず休憩にしよう。エレナに負担がかかるなら、もうこれでやめたっていい」


 エレナはそう言われ、サーリャとファルを見た。

 静かにじっとエレナを見つめている二頭の瞳には、エレナを気遣う優しさが宿っていた。


「いいえ、大丈夫です! ノックスが用意してくれた焼き菓子を食べたら、また頑張りますね!」


 エレナはにこりと笑って、元気だと主張するように両手を握って見せた。

 アルフレードは不安そうな瞳のまま無理矢理笑みを返し、「わかった。でも、本当に無理はしないで」と渋々、続行を了承した。







 夜も更け、少し寒くなってきたため、エレナとアルフレードはぴたり肩を合わせ、二人まとめて大きな毛布にくるまった。

 アルフレードの肩の位置が高いので、自然と頭が彼の肩に寄りかかってしまう。


「疲れただろう。私の事は背もたれでも肘掛けでも、好きに使ってくれていいよ」


 アルフレードはエレナに肩を貸したまま、バスケットから温かい紅茶のポットと焼き菓子を取り出しエレナに渡す。


「ありがとうございます。──わ! 嬉しい! 私、マドレーヌ大好きなんです!」


 目を輝かせて一口齧ると、バターの香りが口の中いっぱいに広がり、思わず笑みが溢れる。

 もぐもぐと咀嚼する動きが止まらない。

 うっとりと微笑むエレナを見て、アルフレードが珍しく声を上げて笑った。


「そんなに喜んでくれるなら、毎日でもノックスに焼いて貰おうか」


「え!? それは夢のようですね」


 思わず顔を向けると、アルフレードはまだ楽しそうに笑っている。

 その顔を見て、エレナはぴた、と動きを止めた。


「──思い出しました」


「ん?」


「私……サーリャの記憶の中で、アルフレード様にお会いしました」


「……私に?」


 アルフレードから笑みが消え、僅かに眉根を寄せた。

 じっと次の言葉を待っている。


「はい。五、六歳くらいの頃だと思います。黒髪で……若草色のジャケットをお召しになっていました。くるみボタンが付いて、金の刺繍が襟にあって。たぶん、雛だったサーリャに抱きついていました。『ふわふわだ』って喜んでらっしゃって」


「ああ──確かに私だね。それくらいの頃によく着ていた服だ。……母が裏地に刺繍を刺してくれてね。毎日着るほど気に入っていた」


 アルフレードは、懐かしむように、だがどこか寂しげに目を細めた。

 周囲に浮かぶランタンの灯りで、瞳が揺らめいて見える。


「……サーリャは、父が乗っていたヴィーノという竜の子供なんだ。()()()()は、()()()()1()()()()()()()()()()()()()。ふわふわとした手触りが心地よくて、毎日竜舎へ会いに行っていた」


 話を聞いていて懐かしく思ったのか、サーリャが甘えるようにアルフレードに顔を寄せる。

 アルフレードはふっと微笑むと、その頭を優しく撫でた。


「ふわふわのサーリャ……さぞ可愛かったのでしょうね。それくらいしか思い出せないのですが、サーリャは凄く幸せだったみたいで、記憶を見ている間、私も同じ気持ちでした」


「そうか……。そうだね、私もサーリャと同じで……とても幸せだった」


 アルフレードはサーリャを見つめたままぽつりと呟くと、その言葉を掻き消すように、紅茶を喉に流し込む。

 サーリャが目を伏せ《クルルゥー》と小さく鳴いた。


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