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第21話 アルフレードの不在と新月の夜 1

「この後家を出て、明日から三日間留守にする。すまないが、その間は森での散歩も遠慮してほしい。念の為、君の護衛にブルーノもつけておくよ」


 夕食の席でアルフレードから言われ、エレナは頷いた。


「そういえば、明後日が新月の夜でしたね。ご無理されないで下さいね」


 アルジェントでは新月の夜、西の森に怪物が出ると信じられていて、新月を挟んだ三日間は不安になる領民のために兵も配置されると聞いていた。アルフレードもその指揮で留守にするのだと言う。


「いってらっしゃいませ」


 玄関ホールで見送りに立つエレナは、外套を羽織り支度を整えるアルフレードをじっと見つめていた。

 

 留守中についての注意事項をブルーノとジョゼフに伝えているアルフレードの後ろ髪には、しっかりと結ばれた組み紐が揺れている。

 街を散策したあの日以来、エレナはもちろん、アルフレードも毎日美しい青灰の髪を紐で飾ってくれていた。

 お揃いの紐が目の前で揺れるたび、アルフレードが婚約者としてエレナを尊重し、大切にしてくれているのが伝わってきて、心が温かくなった。


(政略結婚のお相手が、アルフレード様で良かった)

 

 そんなことを考えながら見つめていると、支度が終わったらしいアルフレードが、目が合うなり唐突にぐいとエレナを抱きしめた。


「あ……アルフレード、様」


「頑張ってくるよ」


 突然の事に動揺するエレナを閉じ込めるように、回されたアルフレードの腕に力がこもる。

 彼の声が苦しげに感じられ、顔を赤くしたままエレナが上を見上げると、こちらを見つめるアルフレードの瞳が一瞬だけ、銀色に光った気がした。


「あ……」


「──じゃあ、行ってくる」


 エレナが改めてじっと見る暇もなく、するりと身を離したアルフレードは、玄関の外に待っていたファルにひらりと騎乗し、あっという間に夜の闇に消えていった。


「……いってらっしゃいませ。アルフレード様」


 離れていった温もりを少し寂しく感じながら、エレナは暫くその闇を見送った。





 アルフレードの不在の間、アルジェントについての勉強を進める事にしたが、早々にジョゼフから合格を貰ってしまった。


「アルジェントの地理や気候、特産品などについての知識も申し分ないですね。後はアルフレード様と一緒に、ゆっくり各地の視察に行かれるだけで問題ないと思います」


 にっこり微笑むジョゼフに、エレナは安堵した。


「よかった。この前、街に行った時にアルフレード様が色々教えて下さったし、お城でも魔術師長からよくアルジェントのお話を聞いていたから」


「魔術師長──()()()()()()()()ですか?」


「ええ。ヴェレニーチェ先生は()()()()()()()()()()()もされいて、よくお手伝いをしていたの。学んでいた事が役に立って、とても嬉しいです」


「……そうですか──エレナ様、もしよければ書庫へ参りませんか? 詳しい歴史や風土について、お勧めの本もございますので」


 エレナは喜んでジョゼフについて行った。

 書庫には古い本や専門書も多く、古語の辞書も何種類か置いてあった。


「あの……この辞書、部屋に持っていってもいいかしら?」


「ええ。もちろん構いませんよ」


「ありがとう」


 ジョセフとの勉強時間が思ったよりも早く終わったエレナは、午後からは街で買った本を読む事にした。辞書なしで読むには思ったよりも難しい言葉が多く、途中になっていたのだ。


 読み進めていくと、その内容の殆どは国で起こったちょっとした事件や、王女の結婚の話といった伝記に近い内容だったが、一つだけ、おとぎ話のようなものが混ざっていた。


「これって……」


 そこには、こう記されていた。


◇◇◇◇◇

 

 森には怪物が住んでいた。


 獣のようで獣ではない。

 人のようで人ではない。

 ギラギラと光る赫い目のそれは、大きな翼を持っている。

 体は鱗に覆われている。

 手には鋭い鉤爪を持ち、一度捕まれば逃げられない。

 

 月が隠れる常闇の夜に森から現れ、怪物は人々の命を吸い取った。

 触れれば最後、生き残った者はいなかった。

 

 恐れた国の人々は怪物を殺そうとしたが、怪物は強く、誰も倒すことはできなかった。


 怪物は言った。


「この国で一番美しい色を纏った、その娘を私によこせ。そうすれば二度と森からは出ない」


 怪物は、国で一番美しい色の服を着た娘を指差した。

 裕福でもなく、輝くような美貌でもない、ただの織物職人の娘だった。


 娘を守ろうとした父と母は抵抗したが、怪物に触れた瞬間、二人は死んでしまった。

 娘を抱きしめていた恋人も、怪物が触れるとやはり死んでしまった。


 だが、美しい色を纏った娘だけは、怪物が触れても死ななかった。


 そうして、娘を連れ去った怪物は、二度と森から出ることはなかった。

 新月の夜に森から泣き声が聞こえるのは、大切な者を失った娘が、夜通し泣いている声なのだろう。



◇◇◇◇◇



 読み終わって、エレナは呟いた。


「これ、西の森の怪物の話だわ」


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