第18話 お揃いの組み紐
「さあ着いたよ」
フードを目深に被ったアルフレードが、手を差し出した。
そっと手を重ねると、手袋越しの彼の手は今日もほんのり熱い。
馬車を降りると、目の前の光景にエレナは目を輝かせた。
「わぁ……!!」
二人が降り立ったのは、街の中心の時計広場。
高い時計塔を中心に、大きな店が立ち並び、沢山の人で賑わっている。
広場では、音楽に合わせ踊る輪がいくつかできており、皆が楽しそうな表情で活気があった。
それだけならば王都も同じだが、エレンが驚いたのはその色だ。
アルジェントの建物はどこを向いても色鮮やかで、赤、黄、緑、青と、各々が自由な壁色をしていて、街そのものが絵本の世界のようで可愛らしい。
道を挟んで向かい合う建物の間には、どこも二階や三階から長いロープが通され、見上げると色とりどりの沢山の織物がはためいている。
行き交う人々の服も、王都の人々のそれより華やかな色が多い気がした。
「アルジェントは、織物が盛んでしたよね? 色彩が美しくて王都でも人気でしたが、街までこんなに素敵な色だとは知りませんでした!」
「これは怪物除けの呪いなんだ。アルジェントでは、美しい色を身に付けていれば森の怪物に襲われないという迷信があって、家や服を鮮やかにして安全を願っている」
「そうなんですね──あ!」
話していると、近くを走っていた子どもとぶつかりそうになる。
アルフレードはフードをさらに深く引き、エレナを自身の方へ引き寄せた。
突然距離が縮まり、エレナの心臓が跳ねる。
「……あ、りがとうございます」
僅かに頬を赤くしたエレナを見下ろし、アルフレードが微笑んだ。
「ここは人が多すぎるから、少し歩こう」
それからエレナは、アルフレードのエスコートで街を見て回った。
織物の店ではその色彩の豊かさに感動し、老舗の工芸品店では王都や領地との技法の違いに驚かされた。
何軒目かで、エレナの希望で書店に連れて行って貰った。
昨日案内されたアルフレードの屋敷の書庫にも沢山の本はあったが、妖精に関係するようなものは置いてなかったのだ。
(子ども向けのお伽話や民話の本になら、何か手掛かりがあるかも)
そう思って棚を眺めていると、児童書の棚に一冊だけ他と違う本を見つけた。
手にとってみると、表紙が煤けていてかなり古そうだ。
「それはアルジェントが小国だった頃の民話集なんですよ。でも、文字が古すぎて殆ど読めないんです」
店主に言われ中を開くと、エレナは納得した。
「これ、アルジェントではなくて王国の古語で書かれていますね」
現在は大陸共用語が一般的な言語だが、アルジェントとそれ以外では、元々の言語が違う。
アルジェントが王国の一領地になったのは300年前なので、この本は当時の王国の人間が書いてまとめたものだろうと推測できた。
王国は歴史が長い。
古語は言葉が複雑で、古文書の引用や隠語も多数使われているため、解読が非常に難しく、専門家でも何冊もの辞書がなければ読めないのが一般的だった。
エレナが開いていた本を、アルフレードが後ろから覗き込む。
「君は、これが読めるのか?」
「はい、ゆっくりで良ければ。魔術師長の研究のお手伝いで古文書はよく読みましたし。礼儀作法や魔術の授業よりは、解読の方が得意でした」
少し照れながら答えると、アルフレードが目を丸くし眉根を寄せた。
「あ、あの……決して授業を疎かにしていたわけでは」
「それはわかっているよ。ただちょっと……魔術師長に研究内容を詳しく聞いてみたいと思っただけさ」
それから「君が気に入ったのなら」と、アルフレードはその本を購入してくれた。
「美味しそうですね」
街行く人々が食べていた、ワッフルのような生地にたっぷりの具が挟まったサンドウィッチを見てエレナが呟くと、アルフレードがすぐさま買ってきてくれた。
「今日は領民に倣って、外で食べようか」
街を見渡せる、人が少ない広場のベンチで並んで食べていると、エレナはふと気になっていたことをアルフレードに尋ねた。
「アルフレード様は、お食事の時も手袋を外されないのですね」
昨晩の食事中も、アルフレードは手袋をしていたし、今も着用したままだ。
初めて出会った時から今日まで、彼が手袋を外している所は一度も見たことがなかった。
ぴたと動きを止めたアルフレードが、自身の手に視線を落とし、躊躇いがちに言った。
「これは──ないと落ち着かないんだ。昔は魔力を制御するのに本当に苦労してね。気休め程度とはわかっているけど、手袋に刺繍された魔力制御の陣を見ると、安心するんだ。……マナー違反なのはわかっているんだけど、子どものようですまない」
「い、いえ。謝らないで下さい。私こそ不躾な質問ですみません。刺繍を見て、そうかなとは思っていたのですが……」
普通は子どもの頃に自然と習得するものだが、ごく稀に、魔力制御に苦労する者もいる。
エレナも子どもの頃は魔力制御の陣が縫われたドレスを着ていた。
アルフレードは父侯爵よりも強く、エレナの婚約者に選ばれるくらいなのだから、魔力量が多いのは間違いない。
子どもの頃に相当苦労したことが伺えた。
「この髪も、子どもの頃に魔力暴走のせいで色が変わってしまったんだ。父の髪は濃い茶色だし、母は……もう亡くなってしまったけれど、黒髪だった──私もね」
フードの下で、青灰色の髪がさらりと風に揺れた。
「母が亡くなった日、魔力が制御できなくなってしまってね。抑えられなくなった力のせいで髪の色が変わって──この髪を見ると、母の死を思い出して、アルジェントの人々は悲しい顔をするんだ。だから街に出る時は、できるだけ隠している」
エレナは、静かに息を呑んだ。
フードを被っているのは、単純にお忍びだからだと思っていたからだ。
かける言葉を探していたエレナに、アルフレードは優しく微笑んだ。
「さあ、話はこれくらいにして、そろそろ行こうか」
最後にアルフレードが連れて行ってくれたのは、宝飾品の店だった。
「今日の記念に、何か君に贈らせて」
アルフレードの申し出に恐縮したエレナだったが、強引に店内に引き入れられた。
並べられた宝石やアクセサリーはどれも美しく惚れ惚れしてしまう。
どうすればと悩んでいたエレナは、ふと、店の端に置かれた小さなショーケースに目を引かれた。
近くに寄って見てみると、何色もの糸を撚り合わせ、小さな宝石を編み込んだ美しい飾り紐が並べられていた。
「綺麗……」
エレナが眺めていると、アルジェントで染めた糸を使った、髪を結うための組み紐と説明された。
そのうちの二本──深い青に少しだけ灰色の糸が混ぜられシトリンが黄金色に輝くシックな紐と、淡くグラデーションになった茶色に小さなエメラルドが散らされた紐を、手に取った。
どちらも同じ編み方をされている。
それを見て、エレナは思いついた。
「気に入った?」
そう言ってアルフレードが店員に二本とも購入を伝えようとすると、エレナがそれを遮った。
「あの……こちらは私がお贈りしたいのです……アルフレード様に」
「私に?」
エレナは顔を赤くし、エメラルドが光る紐をアルフレードに示す。
「以前、アルフレード様のお色の指輪を頂いたので……私からも、お贈りしたいです」
エメラルドは、エレナの深い緑色の瞳と同じ色だった。
目を丸くしていたアルフレードは、破顔した。
「──ありがとう。では今日は、贈り物を交換しよう」
青色の紐はアルフレードが、茶色の紐はエレナが購入した。
髪を隠しているアルフレードを気遣い、帰りの馬車の中で、お互いの髪に結び合った。
「……人に髪を触られたのは、父と母以外、君が初めてだ」
夕焼けに染まる窓の外を、気恥ずかしそうに眺めるアルフレード。
その後ろ髪に光る揃いの組み紐を見て、エレナはにっこりと微笑んだ。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
次回から少しずつ呪いについての謎が明かされていきます。
アルフレードの抱える苦悩や、徐々に深まる二人の関係を応援して頂けると嬉しいです。
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