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第15話 森の怪物と思わぬ出迎え

「そろそろ屋敷に移動しようか」


 アルフレードは、有無を言わせぬ微笑みを浮かべ、再び優しくエレナの手を取り、しっかりと繋ぎ直した。


「森を少し歩けば着く距離なんだが、疲れただろうしファルに乗って──」


「いえ! ぜひ歩いて行きたいです!」


 ()()()()

 その提案に、エレナは勢いよく声をあげ、目を輝かせた。


(アルジェントの森にいるってことは、もしかしたら今日にもフーに会えるかもしれない!)


 ファルとは竜舎で別れ、春先少しひんやりとした風を感じながら、2人は手を繋いだまま森の中を進んで行く。

 

「素敵な森ですね」


 静かな森の中は、葉が風に揺れる音と鳥の可愛らしい囀りしか聞こえない。

 常に緊張状態の隣国と接しているとは信じられない程のどかだ。


「要塞も兼ねている城の近くは、騎士が頻繁に出動して慌ただしいけれど、屋敷のあたりは深い森で飛竜達の縄張りだから、隣国の兵や危険な魔獣も滅多に近付かないんだ」


 アルフレード様のモンテヴェルディ家が治める西方辺境伯領は、領地の名称は『モンテヴェルディ領』ではなく『アルジェント領』だ。


 アルジェントは300年程前まで小さな独立国家であったが、内紛が起こり、最終的には一部が隣国の宗教国家に、大部分がこの国に統合された。


 当時の国王は、友好国であったアルジェントの民を思い、一領地となった後も国名を領地の名として残すことにした。


 新たな領主に任命されたのは、紛争時にアルジェントの人々救済に奔走していた騎士、ジルベルト・モンテヴェルディだった。


 ジルヴェルトは紛争中に亡くなったアルジェント国王を偲び、城に住むことはなく森に屋敷を建てた。


 以来、守りの固い城は権威者の棲家や華やかな社交の場ではなく、民を守る要塞かつ役場としての役割を果たしている。


「アルジェントでは太陽神を信仰する者が多いのも、その名残だな」


 この国では、太陽神と月の女神の夫婦神を主神とする宗派が大多数を占めているが、アルジェントでは太陽神を主神、月の女神を眷属とする宗派が根付いている。


「秋の始めには、街で太陽祭を催すんだ。賑やかな祭りだから、きっと君にも楽しんで貰えると思う」


「太陽祭……楽しみです。同じ国なのに異なる所が多いんですね」


 文化の違いについて話している時、エレナはフーに関することをそれとなく聞くなら今だ、と閃いた。


「スフォルツィア領も森が多いので、領民の間では木々には()()が宿っていると言い伝えられているんですよ。この森にも()()()()()()()はありますか?」


 期待を滲ませエレナが尋ねると、アルフレードは僅かに表情を曇らせた。


「妖精の話は聞かないが、アルジェントには古くから、──森には()()がいると言われている」


「怪物……ですか?」


「……ああ。遥か昔──アルジェントが小さな国だった頃から、この西の森には新月の夜、怪物が現れると言い伝えられている」


 キラキラと差し込む木漏れ日が逆に強い影を作り、アルフレードの表情がよく見えない。


「どんな怪物なんですか?」


「大きな体に、闇夜でも爛々と光る赫い目を持っていて、その怪物に出会った者は、その後すぐに近しい者や愛する者を亡くすと言われている」


「まあ…」


(フーとは特徴が全く違うわ……あの子は全く怖くないし、美しいもの)


 エレナは興味深く話を聞きながらも、フーについての情報がなく少し残念に思った。


(まだ来たばかりですもの。フーの手掛かりは焦らず探せばいいわ)


「アルジェントではこの話を本当に信じている者も多い。だから毎月、新月を挟んだ3日間は、この森の周辺に兵を配置し、人々の安眠を守るという慣わしがあるんだ」


 暗闇というのは、恐怖心を膨れさせる。

 魔獣や隣国の兵などから身を守るために、月明かりもない新月を恐れるような逸話があるのは納得だった。


「だから、私も毎月その3日間は屋敷を留守にしている。屋敷の者達も風習を知っているから大丈夫だとは思うが、新月の前後はエレナも森に入らないように気をつけてほしい」


「わかりました。その間、無事をお祈りしていますね」


 エレナは純粋に民を守る仕事へ向かう予定のアルフレードの安全を願った。


 その言葉に、アルフレードは足を止め、繋ぐ手にほんの僅か力を込めた。


「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 影の中、ふわりと笑ったアルフレードの瞳は、何故か悲しみを帯びていた。






 さらに少し進むと、森の道が開け、美しい庭園に出た。


 刈り込まれた木々、早咲きの蔓薔薇がアーチを作り、可愛らしいガゼボと、そのさらに奥に屋敷が見える。


 広々としたその庭の足元には、薄紫色の花びらをふんわりと揺らすラールの花が一面に咲いていた。


「さあ、ようこそ。あれが今日から君の住む家だよ」


「素敵……ラールがこんなに……お手紙で読んでからずっと楽しみにしていたんです」


 頬を上気させ夢見心地に辺りを見回すエレナを、アルフレードがうっとりと見つめている。


「よかった。実は、ラールは君のために植え替えたんだ」


「そうなんですか?嬉しいです……ありがとうございます!」


 エレナは心から感激し、満面の笑顔で礼を言った。


「──っ!い、いや……いいんだ。気に入ってくれて……私も嬉しいよ」


 胸に手を当て、何度も深呼吸するアルフレードを、エレナは不思議そうに見つめた。






「お帰りなさいせ!」


 領地に到着してすぐ、アルフレードが魔術を使い事情を先に伝えていたそうで、屋敷の前では、数人の使用人が出迎えのため待ってくれていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、最小限の人数配置にしてあるらしい。


 ピシリと姿勢を正し礼をする彼らに、エレナは体を強張らせた。


 全員がにこりともせず、歯を食い縛り苦悶に耐えているのがわかる。

 礼する体の前で重ねられた皆の手は、角度や形こそ美しいが、怒りを抑えているのか強く握られていた。


(これは……全く歓迎されていないんだわ)


 エレナの心は沈んだ。


(そうよね。アルフレード様はお優しいけれど、これは王命での政略で結ばれた婚約ですもの。急に私がお相手と言われても、認められないのも無理ないわよね)


 気分と共に視線まで下がってしまう。

 

 恐らく家令であろう、白髪をきっちりと撫つけた頭を下げている老紳士の足元を見ると──足元が濡れている。


(……え? 水?)


 よく見ると、どの使用人の足元にも、雨が降り始めたかのように点々と水跡が見える。

 しかも現在進行形で増えている。

 

 困惑したエレナは、思わず助けを求めて隣のアルフレードを見上げた。


 アルフレードは、繋いでいない方の手で呆れたように顔を覆っている。


「はあ……もう面倒だからそのまま紹介するよ。エレナ、これが家礼のジョゼフ。君専属の侍女、ミアとアデット。2人はクララと一緒で護衛も兼ねている。他の者については追々覚えていってくれればいい」


「これからお世話になります、エレナ・スフォルツィアと申します。あの……どうかお顔を上げてください」


 皆が礼から直り顔を上げる。

 

 エレナはギョッとした。

 漏れなく全員が、号泣していたのだ。


 家令のジョゼフも、皺の深い顔をさらにくちゃくちゃにしながら、涙を流している。


「──エレナ様、この度は我が主人とご婚約を結んで頂き、誠に……うぅ……誠に、ありがとうございます。アルジェントの民一同!! 心よりこの日を! ……ぐす……お待ち申し上げておりました!!」


 その思わぬ歓待の圧に、エレナは目を丸くするしかなかった。

専属侍女の名前をエレノア→アデットに変更しました。

別のお話の主人公と同じ名前だったことに気づいていませんでした(-.-;)

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