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第14話 甘い瞳と魔力譲渡

「本当に綺麗ですね」


 目の前にゆったりと座る薄紅色の竜を眺めながら、エレナはほうっと息を吐いた。


 隣では、重なるエレナの手をしっかりと握ったアルフレードが、眩しげに目を細めて彼女を見つめている。




 あの後、アルフレードの胸の中から開放され、謝罪と体調確認を繰り返されたエレナは「もしサーリャが嫌でなければ」と、竜舎見学を申し出た。


 ファルが竜舎に向かって優しく一鳴きすると、竜舎から同じように鳴き声が返ってきた。

 サーリャが「早くおいで」と言っているとのことだった。


「足元に気を付けて」


 優雅に差し出されたアルフレードの手を取り、ワクワクしながら竜舎へ向かった。


 建物の中は、天井まで全て吹き抜けの巨大な倉庫のようだった。

 天井近くにあるたくさんの窓から光が差し込み、床一面に敷かれた干し草の良い匂いがする。


 その真ん中に、丸く蹲り羽を休めている美しい薄紅色の竜──サーリャがいた。


 ファルより若干小さな竜で、産卵前の腹は確かに大きく膨らんでいる。


 挨拶するために手を離そうとすると、それとは逆にアルフレードがやんわりと握る力を強めた。


「今日は……このまま繋いでいてくれないだろうか?その──心配で」


 穏やかな口調だが、美しい青色の瞳は懇願するようにエレナをじっと見つめている。

 不意にエレナの頬がカッと熱くなった。


「──は、い」


 小さく頷くと、アルフレードはパッと表情を綻ばせ、少年のように笑んだ。

 その瞳には、溢れんばかりの喜びが滲んでいる。


 アルフレードはこれまでも優しかったが、領地に到着してからの彼の瞳には、何故か一層の甘さと熱が宿っている気がする。

 だがその理由がわからず、エレナは内心困惑していた。


(勘違いしてはいけないわ! きっとお互い緊張が解けてきただけ! アルフレード様はお優しいから私の体調を心配しているだけ! 王命での婚約者を、紳士だから気遣っているだけ!)


 エレナは必死で自分に言い聞かせ、高鳴る心臓の音を何とか無視した。


「病を患っていたり産卵前後の竜は、安静にするため普段の竜舎ではなく、ここで飼育しているんだ」


 手を繋いだまま、アルフレードは竜舎の説明をしてくれた。


 遠くから丁寧に挨拶すると、サーリャはくるりと巻いていた尾を開き、手招きするようにタシタシと振った。


「腹を触ってもいいと言っている」


「え!? 宜しいのですか?」


 驚いていると、早く行けとばかりにファルが頭でぐいーとエレナの背中を押した。


 腹にそっと手を添えると、じんわりと熱が伝わってくる。


「飛竜は腹の中で二年間かけて卵に少しづつ魔力を送り、産卵後三ヶ月程、卵を温めながらさらに魔力を流し込むんだ。産卵時と孵化直後の雛は、特に大量の魔力を与える必要があるから、メスの竜は産卵で命を落とすこともある」


 アルフレードの話では、空気の中にも、微量だが色々な生き物の霧散した魔力が混ざり合って広がっているらしい。

 竜は成竜になるまでは他者の魔力への耐性が弱く繊細で、毒になってしまう。

 空気中の魔力から守るために、産卵時の卵と生まれてすぐの雛は、母竜の魔力で膜を作り守るのだそうだ。


「命懸けで臨むのは、人と同じなんですね」


「ああ。産卵まではあと半年程あるんだが、サーリャは他よりも少し魔力が少なく、ストレスを与えないように特に慎重に見守っている所なんだ」


「そうなんですか……」


 アルフレードの説明を聞いていると、サーリャとファルが、甘えるようにエレナにすりと顔を寄せてきた。


 可愛いな、と微笑み撫でようとすると、アルフレードが厳しい声で言った。


「ファル、やめろ。サーリャもだ。自分のしたことをもう忘れたのか?」


 二頭は切なげに《キューーーーゥ》と鳴きながら、エレナにさらに近付こうとする。


「どうしたんですか?」


 首を傾げて尋ねるエレナに、アルフレードは数拍躊躇った後、はあ、とため息を吐いた。


「それが……サーリャも君の魔力を分けて欲しい、と」


「私の魔力ですか?」


 サーリャを見ると「お願い」というように頭を下げ、じっとエレナを見つめている。


「あの……ファルやサーリャに魔力を分けるのは、魔力譲渡にはあたらないのでしょうか?先程のファルの件も、申請が必要なのか実は気になっていまして」


「ああ、それは問題ないよ。魔力譲渡の国際法は、対象が人間もしくは魔石に限られているから」


 魔獣は仲間同士で魔力を交換することはあるが、人間の魔力は基本的に異物と見做して跳ね返してしまうらしい。


 人間が飼育している魔獣を治癒する場合も、魔獣自身に認められ信頼されいてる者の魔力しか受け入れない。


 そのため、人間の魔力搾取を防止する目的の国際法では、魔獣──ファルやサーリャも対象外とのことだった。


「治癒のために人間側から魔力を与えようとする事例はあるけれど、竜側から望まれるのは、恐らく君が初めてなんじゃないかな」


「それは、とても光栄ですね。法律的に問題ないとわかって安心しました。アルフレード様はお詳しいんですね」


 エレナの言葉に、アルフレードの瞳に僅かに影が落ちる。


「ああ……必要があって昔散々調べたことがあったから」


 ピリと空気が震えたが、それは一瞬で霧散した。


「君の魔力は、君自身のためのものだ。エレナがサーリャに魔力を与える必要はないし、先程の転移の事もあるから断ってくれていい」


 優しく微笑むアルフレードだが、その目には何故か「断ってくれ」という圧を感じる。


 エレナはサーリャとアルフレードの間で何度か視線を往復させると、眉を下げてアルフレードにお願いした。


「私の魔力が役に立つのなら、サーリャに分けてあげたいです。……だめでしょうか?」


 こてん、と首を傾げて見上げると、アルフレードは一瞬「ぐっ……!」と唸り、大きくため息を吐いた後に渋々了承してくれた。


「ただし、本当に少しだけだ。ただでさえエレナはファルに大量に魔力を使われて負担がかかっているんだぞ。いいな、サーリャ」


 何度もそう言い含めるアルフレードに笑いを溢しつつ、エレナはサーリャの腹に両手をしっかりと押し当てた。


「これでいいんですか?」


「ああ。そのまま目を閉じて、体内の魔力に意識を集めるんだ。熱が動いて、サーリャの方へ向かっていくのがわかるはずだ」


 エレナは言われた通り目を閉じた。


 胸の奥からじんわりと温かさが広がり、膨らみながらゆっくりとそれが手のひらに移っていく。

 一気に魔力を失った先程とは違い、ポカポカのお湯に浸かっているような心地よさだ。

 サーリャが気遣いながら魔力を受け取っているのがわかる。


 光の中を揺蕩うような、体が溶けてサーリャと混ざり合っていくような不思議な感覚に浸っていると、耳元で優しくアルフレードの声が響いた。


「──……レナ……エレナ、もういいよ。目を開けて」


 声に従ってゆっくり瞼を上げる。

 サーリャに触れていたはずの両手は、背後から回されたアルフレードの手に掴まれ、腹から離されていた。

 手袋をしている彼の手が、心なしか少し熱い。


「エレナ。気分はどう?」


 ぼんやりとしていた意識が焦点を定め始めると、エレナは徐々に頬を染め縮こまった。


「は……はい、その……大丈夫です。今回は何ともありませんでした」


 目を閉じている間、万が一に備えエレナを後ろから支えてくれていたのだろう。

 腕の中にすっぽりエレナを収めたまま耳元で話すアルフレードに、エレナは赤面した。


 返事をしながら後ろに顔を向けると、アルフレードはうっとりとした表情で、エレナを見つめ返した。

 その瞳はとろりと甘く細められ、艶かしささえ感じる。


「よかった。サーリャとファルも君に感謝しているよ。ありがとう」


「そ、れは……よかった、です」


 アルフレードに礼を言われ、ファルとサーリャが嬉しそうに尾を振っているが、エレナはそれどころではなかった。


(ち……近すぎる!)


 風の音に負けないよう、お互いに大声に近い状態で話していた空の旅とは全く違う。 


 アルフレードの落ち着いた低い声が耳元で囁くたび、エレナの心臓は大きく跳ねた。


(え? アルフレード様って普段からこうなの? ご自分の美貌をわかってらっしゃらないのかしら? これが平常運転……ということ、よね?)


 頬を染めて固まるエレナに、アルフレードは一層笑みを深めた。


 エレナは気付いていない。


 アルフレードがエレナとの未来の可能性をようやく実感し、彼女への執着とも言える愛が彼自身の制御を超え、溢れ始めているということに。


「エレナ……()()()()()()()()、本当にありがとう」




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