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第11話 旅立ちと海色の指輪

「エレナお嬢様、緊張していますか?」


 ついに迎えた出発の早朝。

 侯爵家の皆が見送りのため庭に集まる中、クララに尋ねられた。

 

 まだ朝日も登りきっていない、スミレと金が溶け合う空を見つめたまま、エレナは答える。


「緊張……なのかしら。胸がざわざわして、今すぐ走り出してしまいそうだわ」


 胸の前で、ぎゅっと両手を握り締める。

 婚約者候補として制限があったため、王都と侯爵領以外、外に出るのは初めてだ。

 エレナは、期待と不安がごちゃ混ぜで、興奮を抑えるのに必死だった。


「どこの男の子が紛れ込んだのかと思ったよ」


 笑うルカにポンと肩を叩かれ、エレナはむくれて見せる。


「もう、お兄様ったら!」


 エレナは栗色の髪を編み込んでまとめ、アルフレードから贈られた旅装姿だ。

 乗馬服のようなそれは、若草色の丈夫な生地に、金糸の刺繍と金ボタンが可愛らしく、厚手という訳でもないのに意外にも非常に温かい。


「クララは、今日はどこから見ても護衛だね」


 兄の言葉に、騎士服のような旅装で隣に立つクララに目をやる。

 普段と違い高い位置で結んだ赤髪を靡かせ、きりりと佇む様子は確かに強そうだ。


 辺境伯領アルジェントまでは、四日掛けてクララも一緒に飛竜で向かうことになっている。

 慣れていないエレナに配慮し、飛竜で移動するにしてはゆっくりめの旅程を組んでくれた。

 大きめの関所や騎士団の演習地などに飛竜を休ませ、近くの街に宿泊するらしい。

 

 エレナが王都と侯爵領以外に出るのは、生まれて初めてのこと。

 否が応にも胸が高鳴った。


 暫く家族と話していると、ごうっと風が唸り、三頭の飛竜がゆっくり庭に降り立った。


「アルフレード様!ファル!」


 駆け寄り、挨拶を済ませたエレナは、艶やかな鱗が光るファルの首に抱きついた。


「私より先に彼女と親密になっているなんて、少し妬けてしまうな、ファル」


 そう言って飛竜を撫でるアルフレードは、ファルを見ながら目元を優しく細めている。


 その様子を微笑ましくエレナが見つめていると、見られていたのが気恥ずかしかったのか、目が合ったアルフレードにふいっと視線を逸らされてしまった。


「エレナ、その……とても似合っている」


 改めて視線を合わせ、少しぎこちない笑顔で褒めてくれるアルフレードに、エレナは思わず笑った。

 兄と同じで、少年のようだと思っているのに無理に褒めてくれているのだろうと想像できた。


「ありがとうございます。アルフレード様も、とても素敵です」


 アルフレードは、エレナの旅装に似た薄いブラウンの服に身を包み、手には刺繍が施された黒の革手袋。腰には剣や魔法薬などの装備やポーチを下げている。

 外套を羽織り、飛龍と並ぶアルフレードの姿は、子供の頃に読んだ冒険譚の主人公のようで何とも頼もしく、思わずフフと微笑んだ。


「……っ! ……ありがとう」


 詰まりながら言葉を返したアルフレードを横目に、ルカが笑いを堪えながらエレナの頭を撫でた。


「くくっ……エレナ、()()()()()と仲良くね」








 別れの時間が近づき、エレナは家族一人一人と、もう一度別れの挨拶を交わした。

 昨日、家族はもちろん、家令やメイド達も含めしっかりと挨拶を済ませているが、それでもやはり名残惜しい。


「風邪ひかないようにね」


「困ったことがあれば、私に言いなさい。すぐに侯爵家に戻してやるからな」


「ふふ。ありがとうございます。お父様もお母様も、お兄様も……どうかお元気で」


 侯爵家の使用人達にも、改めて一通り言葉を掛け終えたエレナに、アルフレードが呼びかける。


「エレナ」


 振り返ると、すぐそばにいたアルフレードに少しドキリとした。


「防御魔術で身を包んでいても、上空は思っているよりも冷える。これを」


 そう言って、アルフレードは自分と揃いの分厚い外套を、エレナにふわりと着せてくれた。


 首を守るため高くデザインされた襟の、もこもこの裏地が優しく頬に触れる。


「ありがとうございます。あたたかいです」


「それからこれを。……気に入ってくれるといいんだが」


 少し躊躇いがちに、アルフレードは腰のポーチから小さな小箱を取り出す。 

 箱の中には、美しい深い青色の石が嵌った、金の指輪が入っていた。


「きれい……あ、この色って──」

 

 ──あなたの瞳の色みたい。

 そう思って無意識に呟き彼を見上げれば、アルフレードは手の甲を自身の口に押し当て、顔を背けている。

 心なしか、耳が赤い。


「……どうしても直接贈りたくて──気に入ってもらえただろうか?」


 視線を外したまま不安げに答える彼に、エレナは何故かムズムズとくすぐったい気持ちになり、自然と笑みが溢れた。


「とても嬉しいです。ありがとうございます!」


 微笑むエレナを見て、アルフレードはほっとした表情で「そうか」と言うと、眩しいものを見るように目を細めた。


 そして、まるで壊れ物を扱うかのようにそっとエレナの手に触れ、左手の薬指に指輪をはめてくれた。

 

「……私の婚約者になってくれて、本当にありがとう」


 そう言った彼は、指輪を見つめたまま俯いているせいで顔がよく見えない。

 エレナは滅相もないと慌てた。


「そんな。それは私のセリフです。アルフレード様こそ、()()()()とはいえ……本当にありがとうございます」


 顔を上げたアルフレードの瞳には、ほんの一瞬苦しげな色が浮かんだが、すぐに掻き消され、エレナには見えなかった。


「冷えるといけないから」


 アルフレードがそっとエレナの手を取り、手袋を嵌めると、指輪は見えなくなってしまった。








「それにしても、王都でこの眺めは圧巻だな」


 ルカが庭で出発の準備を進める飛竜達を見渡して言った。


 各々、準備運動のように大きな羽をゆっくりと羽ばたかせ、しなやかな尾を揺らしている竜は全部で三頭。


 操縦できないエレナは、安全のためアルフレードと一緒にファルに乗せてもらう。

 残りの二頭に、クララと、アルフレードの従者が、それぞれ乗る予定だ。


 従者の名前はブルーノ。

 アルフレードより少し背は低めで、癖のある黒髪に下り眉。

 いたずら好きそうな薄紫色のつり目が特徴の、人懐っこそうな人物だった。

 兄ルカと同年齢らしかったが、幼なげな印象のせいでエレナと同じくらいに感じてしまう。


 婚約の申し出を受けた日の翌朝、単身やって来ていたアルフレードを迎えに我が家へ訪れた彼は、エレナに会うなり美しい所作で挨拶すると、ニカっと人好きのする笑顔で言った。


「この度はご婚約の話をお受け下さり、本当にありがとうございます!!エレナ様は、モンテヴェルディ家──いいえ!アルジェントの民、全員の希望の光です!!」


 エレナの手をあっという間に両手で握り、ぶんぶんと振るブルーノの手は、瞬時にクララとアルフレードに叩き落とされ、そのまま後ろから父侯爵に羽交締めにされていた。


「痛いですって!!」


「煩い。エレナに触るな」


「お嬢様、大丈夫ですか?」


「エレナ、こいつは腕は立つが飼い主に似て性格が最悪だ!絶対近づくな!」


「侯爵、エレナに誤解を生むような物言いはやめて頂きたい」


「そうですよ、主はともかく、私の性格は最高に良いですよ」


「うるさい!」


 クララも父も知り合いだったらしく、何故か全員にすごく警戒されていたが、その後ブルーノは兄と母の登場によって何とか解放されていた。


 後から改めて紹介されたには、アルフレードの一番の従者兼護衛で、ブルーノの母がアルフレードの乳母だったらしい。

 




「エレナ様、またお会いできて光栄です」


 ブルーノは1週間前に会った時と同様、にっこりと挨拶すると、おもむろにエレナの近くに顔を寄せ囁いた。


「この一週間、アルフレード様の浮かれようってば凄かったですよ。無表情っぽいですけど、実はあれ、ウッキウキのワックワクの表情で──っ痛!!」


 途中でアルフレードに思いっきり足を踏まれていた。


「酷いですよ! 真実でしょ!」


「うるさい、黙れ」


 アルフレードは涼やかな表情のまま、涙目で詰め寄るブルーノをサッとかわし、エレナの手を引いて飛竜の前まで進み出た。


「そろそろ出発しよう」

 

 ちょうど彼の後ろ、登ってきた朝日が眩しく、エレナは目を細める。

 アルフレードが笑っていた気がした。


 エレナが鞍に座ったのを確認し、アルフレードもその後ろにひょいと飛び乗る。

 エレナが落ちないように蔵にベルトで固定し、長時間の飛行でも疲れないように、アルフレードとの間にクッションを挟み、さらにアルフレードともベルトを繋げた。


 エレナを包み込むように、彼女の目の前にアルフレードが手を伸ばし、手綱を握る。


 ピッタリとくっついているわけではないが、想像していた以上にアルフレードの息遣いを間近に感じ、エレナは急にソワソワと落ち着かない気持ちに襲われた。


(なんだか……後ろが気になって背中が熱いわ。……あれ? 息ってどうするんだったかしら)


 兄やオルフィオとも同じように、なんなら今よりももっと密着して一緒に馬に乗った事もあるはずなのに、何かが決定的に違うようで、エレナは自分に困惑した。


「苦しくはないか?」

  

 耳元で急に声を掛けられ、エレナの心臓は飛び跳ねた。


「は……はい!」


 思わず声が裏返る。

 耳に熱が集まり、じんじんしてきた。


(集中しなきゃ! きっと飛竜に乗るのが初めてだから、変に緊張しているんだわ。そうよ。空の旅なんて初めてだもの!)


 エレナは自分用の補助の手綱を力一杯握り、必死で自分に言い聞かせた。


「そんなに緊張しなくてもいい。ファルもゆっくり飛んでくれるから」


 アルフレードはエレナに優しく声をかけると、トン、と軽く足でファルに合図を送った。


《グアァァーーン》


 機嫌良く雄叫びを上げ、飛竜は翼を広げて地面を蹴る。

 ぐんっと宙に舞い、浮遊感でお腹の奥がくすぐったい。

 飛び立つ興奮から、エレナの中の不思議な緊張は、一瞬でどこかへ消えてしまった。


「わぁ…」 


 侯爵邸の庭を、屋根くらいの高さで三頭の飛竜が縦一列に並び旋回する。


 朝の冷えた空気が、頬を撫でて流れていく。

 

 エレナは地上から見送る家族に、満面の笑みで叫んだ。


「それでは、行って参ります!」


 その声を聞くや、飛竜達はぶわりと高度を上げ、西の辺境伯領アルジェントに向けて飛び立った。


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