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第1話 白紙と余り者

「エレナ、君との婚約の話は、なかったことにしてほしいんだ」


 王宮庭園での3()()()()お茶会中。


 幸せそうに金の瞳を細める、美しい第一王子オルフィオに告げられ、エレナは瞳を丸くした。


「婚約の話を……なかったことに……?」


 ちらとオルフィオの横に目を向けると、隣の席では艶やかな銀髪の可憐な女性が、幸せに頬を染め微笑んでいる。


 まさか。

 

 息を呑みすぐさまオルフィオに視線を戻せば、同じく薔薇色に頬を染めた彼が美しく目を細め、エレナにゆっくりと頷いた。


「ああ、彼女と……イザヴェラと婚約することが決まったんだ」


 その言葉は、まるで雷のような衝撃でエレナの心を打ち抜いた。


「……ほ……本当ですか?」


 エレナは僅かに震える手を、祈るように胸の前でギュッと握った。

 心臓はバクバクと鳴り、顔が熱い。

 

 エレナの動揺を前に、なおも幸せそうな表情のオルフィオとイザヴェラ。

 オルフィオの発言は真実だと確信したエレナの目に熱が籠り、涙が込み上げてきた。


 そして、叫んだ。


「やっとなんですね!? ついに……ああ、ついに! 本当におめでとうございます!!」


 なんて素晴らしい日だろう!


 エレナは興奮と喜びを抑えられず、身を乗り出して、寄り添う2人に満面の笑みを向けた。


 やっと。

 やっとだ。


 涙の滲む瞳を細め、おめでとう、おめでとうと、2人を祝って全力で拍手を送り立ち上がる。


 淑女としての心得なんて構っていられない。

 全身で表現しても足りない、この喜びをどうしてくれよう。


 エレナは胸の前で両手を握り、天を仰いだ。


「私、この日を1()0()()()()()()()()()()()()()!」


****


 王国では一般的な、栗色の髪と深緑の瞳を持つ少女、侯爵令嬢エレナ・スフォルツィア。

 

 3日前に18歳の成人を迎えたばかりのエレナは、8歳の頃から今日まで10年間、5歳年上の第一王子、オルフィオの()()()()()だった。


 王国では、王子が生まれると将来有望な令嬢を、姫ならば令息達を『婚約者候補』として集め、学校とは別に城で特別教育を施すのが古くからの決まりだ。


 目的は未来への投資。


 複数名をあくまで()()として集めることで、貴族間のバランスを保ちつつ、より高度な教育の機会を設け、将来臣下となる優秀な令息令嬢達を育てることで、国は平和を保ってきた。


 だが実際、最終的に婚約する者は最初から秘密裏に決まっていることが多い。

 オルフィオの場合も、出会った頃からイザヴェラが内定しているのは明らかだった。


 まるで一枚の絵画のように美しく、恥じらうように視線を交わし微笑み合う幼いオルフィオとイザヴェラを初めて目にした時、2人よりもさらに幼かったエレナは心に誓った。


──この恋を壊してはいけない!


 それはエレナだけではなく、婚約者候補、そして国内の令嬢全員の総意だった。


 聡明で公平、思慮深く想い合う2人は民からの人望も厚く、文句の付けようもない。


 それぞれが暗黙のうちに同じ想いを抱いた奇跡と、本人達は気付いていなかったが周囲にはその好意がダダ漏れだったこともあり、婚約者候補同士での争いや、家同士での策略陰謀の応酬などもなく、国は平和だった。


 あとは時期をみて、国王が正式に婚約者の発表をする──だけだったはずなのに。

 エレナが8歳の時に候補者に加わってから今日まで、10年も経ってしまった。


「本当に……長かったです……」


 ひとしきり祝辞を述べ座り直したエレナは、これまでの日々を思い返し、瞼をぎゅっと閉じる。


「すまなかったね。長い間、縛ってしまって。城での勉強も大変だっただろう」


 幸せな表情から一変、神妙な顔で詫びるオルフィオに、エレナは慌てた。


「いいえ、そんな! 王城での学びの時間は、本当に楽しくて──」


 オルフィオの婚約者候補はエレナも含めて6人。

 誰もが優しかったし、尊敬できる令嬢達だ。

 

 勉強は量も多く、難しく、課題に悩み泣くこともあった。

 だが、一流の教師陣から教えられる知識はどれも面白く、城へ通う日々は充実していた。


「私が長かったと申し上げているのは、正式な婚約決定までのことです」


 一度口から溢れてしまえば、溜まっていた不満が止まらない。


「遅くてもお二人が18歳のご成人の頃には、と国中が思っておりましたのに、そこからさらに5年!」


 困ったように微笑むイザヴェラを見て、エレナは口を尖らせた。


「美しく優秀で、公爵家のイザヴェラ様が選ばれるのを反対する者など、おりませんのに」


「エレナは本当に、イザヴェラが大好きだね」


 くすくすと笑うオルフィオに対し、それはもちろんだ、と強く頷く。


 優しく頼もしい2人を、子供の頃から兄、姉のように慕ってきた。

 

 大好きな2人。


 恋の成就を今か今かと、ずっと側で見守っていたエレナは、待たされた分の愚痴が止まらなかった。


「国王陛下は、ご判断が遅すぎます。候補の中で1番年下の私まで、成人を迎えてしまいましたよ」


 オルフィオの父である国王は、穏やかで気さくな人物であり、父とも古くからの友人だ。

 式典などの公式な場などでもない限り、不敬だなどと言われない間柄なのをわかっているからこそ、国民の代表としてこの不満は伝えておかなければ、とエレナは鼻息を荒くした。


「こちらもずいぶん待たされたが…それはまあいいんだ。そう父を責めないでやってくれ。」


 国王への苦言が止まらずプリプリと怒るエレナに、オルフィオは苦笑した。


 それからどれくらい経ったか。


「……本当に、ご婚約なさるのですね」


 喜んだり怒ったりと忙しかった気持ちも、しばらくすると落ち着いてきた。

 エレナは嬉しさに頬を緩め、ふう、と椅子に身を任せた。


「エレナに喜んでもらえて、私も嬉しいわ。本当にありがとう。……それで、これからの事なんだけれど……」


 困った様子で途切れたイザヴェラの言葉に、エレナはギクリとして俯く。

 ゆるく波打つ、自分の平凡な栗色の髪が視界に入り、幸せな気持ちがみるみる萎んでしまった。


「……わかっています」


 そう。エレナはわかっている。

 2人の婚約が決まった今、心配事は、エレナの今後──つまり結婚相手のことだ。


 エレナは、ここ数年、先延ばしにしていた話題に触れられ、ため息を吐いた。

 

 婚約者候補として令息令嬢達が集められるのは、婚姻のためではなく、目的の大部分は教育のためだ。

 ほとんどの場合、婚約者は秘密裏に初めから内定している。


 そのため内定者以外の婚約者候補達は、5年間城での教育を受けた後なら、他家から婚約の申し込みがあれば、それを受けてもよい、と王族も認めていた。


 城で一流の教師から学んだ令嬢達は、たくさんの家から婚約打診が後を断たない。

 婚約者候補に選ばれた時点で、有望な結婚相手として太鼓判を押されたようなものなのだ。 


 事実、他の候補だった者達は全員、誰かと婚約したりすでに結婚したりで、とうの昔に候補から外れていた。


 それなのに。


「私も、本当に驚いています」


 エレナは眉を下げ、冷めた紅茶に映る自分を見つめた。

 そこにいるのは、一般的な栗色の髪と緑の瞳をした、平凡な見た目の少女。


 エレナはため息混じりに、つぶやいた。


「こんなに、自分に魅力がないなんて」


 どの時代でも、才女だ美女だと奪い合いになるほど人気の『王族の婚約者候補』。


 それなのにエレナにだけは、これまで()()()()()()()、婚約の申し込みがなかったのだ。


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