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手を繋いで

作者: ヒロ

手を繋いだ夢を見た。

あなたは微笑んでいて、わたしも同じように微笑み返した。

手の温もりで、彼の心にわたしが残っていることを知る。

幸せな時間。

帰りたい。

戻りたい。

でも、もう戻れない時間。



目が覚めて、猛烈に腹が立った。

何故、今、この夢を見せるのか。

ぽすぽすと枕に八つ当たりする。

なんで、なんで・・・。

涙が出てくる。夢の中で微笑んでくれていたのは元婚約者。

幼い頃からの長い間、婚約者同士だったのに。

ある日、何も言わずに、丁寧に丁寧に婚約は解消された。

そして元婚約者は隣国に留学していった。


その留学が留学という名の人質で、

下手すればもう二度と戻ってこれないやつだと、

次の婚約者を見つけてもらうためにと、お父様から彼の留学の真実を聞かされ唖然とした。

彼が良くて、彼じゃないとダメだから彼が留学から戻って来るのを待つと、ずっとずっと次の婚約を渋っていた娘にしぶしぶ事実が伝えられた。


公爵家の嫡男だった彼は、お母様が陛下の妹であるため、陛下の甥っ子であり、王位継承順位は4位だった。5歳下の可愛い弟くんもいる。

王弟殿下も王太子殿下もスペアの第二王子殿下も外へは出せなかったから彼になったのだろう。とお父様は言う。

「お父様のばかー。」


淑女らしくは無かったが、他に言葉がなかった。

彼が婚約解消してまで留学した時は、泣いたし恨んだし腹が立ったし悲しかった。

彼に捨てられたんだと思って毎日胸が苦しかったし心はからっぽになった。

それでも、わたしと一緒に歩む未来は無くなったとしても、

彼は遠くで幸せに暮らしているんだろうと我慢してきたのに。



その晩、また彼の夢を見た。

幼い頃の夢だ。

「クリフト様のおよめさんになってあげる!」

むふっと鼻息荒く断言したわたしに、

「ほんと、僕のおよめさんになってくれるの、嬉しいな。」

と花のように微笑んでくれた。

いつも優しい笑顔を向けてくれる彼が好きだった。

わたしがクリフト様が好きだーと言うと、少し照れたような顔が好きだった。

わたしが我儘言っても怒っても、はははって、いつも笑ってくれる彼が好きだった。


婚約したばかりの頃の幸せな時間。

手を繋いで駆けていった中庭の小道。

あの小道を曲がればお母様の好きな薔薇園に出るはずだと思った瞬間、


そこには幼い彼ではなく少し大人びた彼がいた。

繋いだ手はそのままで、手の温もりで、彼の心は変っていないことを知る。


クリフト様!!

夢の中で彼の名前を呼ぼうとするが、声が出ない。

伝わらない。伝わらない。

夢の中でわたしは焦るが、彼はそんなわたしを不思議そうに見ながら

「リリアナ」

と、呼ばれたような気がして目が覚めた。



また猛烈に腹が立って、ぽすぽすぽすと枕に八つ当たりする。

クリフト様、クリフト様・・・。

公爵家の嫡男なのに暴れん坊のお兄様と良き学友となるようにと同じ公爵家のクリフト様が我が家に遊びに来られて初めてお会いした。

お兄様から虫を投げられ泣いた時も、

お兄様に無理やり手を取られ走らされて転んだ時も、

お兄様からでこぴんくらって大泣きした時も、

頭をなでてくださって、涙をぬぐってくれて、手を差し出してくれて、一緒に歩いて下さった。お兄様より懐いたせいで、余計お兄様には意地悪されたけど、大好きでした。

優しかったクリフト様。

今、あなたは、どうお過ごしでしょうか。



「よっクリフト、今日は朝から機嫌良さそうだな。」

「ああ、ハイネンおはよう。いい夢みたんだ。」

「女か、好きなやつでも出来たのか?」

「違うよ。幼馴染の夢だよ。笑っていたし、あたふたしていたのが可愛くて。」

「やっぱり女じゃん。」

「素直で裏表なく真っすぐで馬鹿みたいに正直な子で一緒にいる楽しい可愛い子だったよ。」

「今どきの貴族の淑女の中にそんな馬鹿正直な素直なやつ入れたら危なくないか?」

「大丈夫だよ。リリアナは駆け引きなしで突進する強さとごり押ししても要望を通す執念も持っているからね。」

「可愛いか?それ?おまえ大丈夫か?」

「見ていると飽きないんだ。でも懐かしい思い出だよ。そしてこの思い出が僕の心の支えかな。」

「その子とは上手くいかなかったのか?」

「上手くいっていたけど、こっちに呼ばれたからね・・・。彼女泣いているのかもしれない。泣かせたのなら辛い・・・。この地にいる間は僕の身に自由はない。貴族に生まれたからその責務は負うよ。でも心だけはずっと自由だ。」

「そうだな、おまえは良い奴だ。いつかきっとその身も自由になれるさ。」



思い通りにならない夢に腹を立てているだけじゃ、彼は戻って来れない。

何か彼を取り戻せる方法を考えなくては。

隣国はこの周辺の中で一番の大国だ。周りはまるで属国のようにその力にひれ伏している。

かの国と同じ土俵に立つには、力、力、力がいる。

財力か、軍事力か、経済力か。かの国に我が国が脅威と思わせるものか何かを。


「リリアナ、そろそろ本気で次の婚約者を選ぶ必要がある。」

「嫌です。お父様。絶対に嫌!」

「リリアナ、お前も15歳だ。来年のデビューに婚約者がいないことはあってはならない。」

「では、デビューまで1年間、待って下さい。後1年で良いですから。」

「ならぬ、1年も待てぬ。」

「お父様なんか大嫌いーーー!!!」

「り、リリアナ、お、お父様が悪かった。わかった。わかった。1年だけ待つ。」

「お父様、大好き!!!我儘言ってごめんなさい。」


1年猶予をいただいた。

必死で勉強をした。図書室の本も端から端まで調べた。学校の先生に問いかけたり、お父様に頼んでその筋の第一人者の方に相談もさせていただいた。

髪を振り乱し、目の下に隈をつくり、手はインクまみれ、体中薬草の匂いが染みついている。お母様に見つかるたびに、こんな状態は淑女じゃないと怒られてしまう。でもやめられない。

我が家も公爵家、お小遣いは多い。だから、わたしのお小遣いで冒険者ギルドに依頼して貴重な材料もどんどんを取り寄せてもらった。

のこぎり山に生えている銀白草と、浄化水、アンデットを聖魔法で倒した時にドロップする、癒しの雫、最後はドラゴンの鱗。冒険者には頑張ってもらった。


こうして後少しで1年になろうかという時、やっと出来た。

お父様に雇っていただいた優秀なのに世渡り下手で無職だった上級錬金術師の先生が後がないので必死に指導してくださったのもあって、とうとう作り上げたエリクサー。


万能薬であり、体の欠損まで完全に回復させ、病気も完治させられるし、先天的な病弱も治せるという幻の薬。

隣国の王の最愛の妃が病弱だと聞き及んでいる。

何本か出来たので、王宮に献上して、優秀な外交官にエリクサーと引き換えに彼を返してもらえるよう交渉してもらおう。



そして今日も夢を見た。

クリフト様がわたしを見てにっこり笑って近づいて来てくれる。

わたしも嬉しくてクリフト様の方へ歩こうとする。

だけど、足が動かない。

わたしの右足、どうか1歩でも前に!

届きそうで届かない!!

クリフト様!



そこで目が覚めた。

また猛烈に腹が立って、ぽすぽすぽすぽすと枕に八つ当たりする。

クリフト様、クリフト様・・・。

婚約解消してから2年。

留学されて、会えなくなって2年。

2年の間、クリフト様は苦しまれただろうか。お辛かっただろうか。わたしのこと忘れてしまわれただろうか。

不安が頭から離れない。

うむ。ここで弱音を吐いてはダメ。絶対クリフト様を取り返す!



「リリアナ、準備はできたかい。」

「ええ、お父様。大丈夫です。」


王宮からの呼び出しにお父様と二人で登城する。

王宮に着いたら、クリフト様がいた!少し大人びたクリフト様がいた!

鼓動が早くなる。顔が上気する。今にも走って近寄りたいけど、陛下もいる。必死で気持ちを抑える。

深呼吸していると、クリフト様と目が会った。にっこり微笑んでくださった。はぁ~不安が全部消えてしまった。なんて単純なわたし!


「今日は無礼講だ。正式な発表は後日の夜会で行う。リリアナ・オクシターン、よくぞエリクサーを作り上げてくれた。お陰で大事な甥っ子を取り戻せた。礼を言う。」

「へ、陛下、頭を上げてください!臣下に礼はおやめください。」

「いや、だから無礼講としたのだ、こうでもしないと感謝の気持ちすら伝えられないからな。」

「勿体ないお言葉でございます。」

「リリアナはそれだけのことをしたんだ。たいした成果だぞ。何か褒美はいらないか。」


「褒美…。陛下。わたしはクリフト様と再婚約したいです。クリフト様のお嫁さんになりたいのです。」

「クリフトおまえはどうだ。」

「陛下、わたしも同じ気持ちです。」

「わかった。再婚約を認める。」

「「ありがとうございます!」」

「クリフト、おまえの公爵家の跡取りも元に戻しておいたからな。2人で頑張れ。」


クリフト様と目と目があった。クリフト様が微笑む。ああ。陛下とお父様がいなければ抱き着いていたのに。


後日、エリクサーのレシピを王宮に献上した。きっとこの国の外交の切り札として使ってくださるだろう。指導役の上級錬金術の先生は今度は王宮に雇われたと聞いた。ご指導ありがとうございました。



春の日差しが眩しい。今日は再婚約してから初めてのデート。久しぶりに二人でゆっくり話ができる。

「リリアナ、もう会えないと思っていたから、また会えて嬉しいよ。」

「わたしも、クリフト様に会えてとても嬉しいです。」

「父上も母上も弟のエイリクも僕が戻ったことを喜んでくれたよ。リリアナ、今回の件は本当にありがとう。いくら感謝しても足りないぐらいだ。」

「そう言ってもらえて、一生懸命頑張ったかいがありました。」

「でも、リリアナにエリクサーを作る才能があるなんて知らなかったよ。」

「わたしも知らなかったです。錬金術は好きだったので、後はただ夢中で、どうにかしてクリフト様を取り返そうと思ったら、なんとかなったという感じです。」

「ははは、リリアナらしいね。向こうに居た時も、夢でリリアナと会えることが楽しみだったよ。」

「わたしもクリフト様の夢を見ました。いつも夢の中で笑ってくれていました。」

「泣いたり怒ったりしたら負けだと思っていたからその気持ちが夢にのったのかな。」

「クリフト様、夢で会えるのも嬉しかったけど、これからはずっと一緒ですよ。」


耳まで赤くなりながらおねだりしたところ、

ふふふ、と彼が笑いながら手を繋いでくれた。


「クリフト様」

夢では呼べなかった名を呼ぶ。

「リリアナ。リリアナと会えて本当に良かった。」

手の温もりを感じる。しっかり繋いだ手と手に確かな想いが感じられる。


戻りたかった幸せな時間をもう一度取り戻せた。

繋いだ手をもう手放してしまわないように。

「クリフト様、今度は勝手に婚約解消しちゃダメですよ。」

「わかっているよ。僕の未来の奥さん。もう離さないよ。」


え、え、クリフト様・・・。口をぱくぱくするが声が出ない。手も足もかくかくする。

これは夢?また夢を見ているの?

ふふふと笑うクリフト様がいる。頭をなでなでしてもらう。クリフト様に頭をなでてもらうと、ちょっとずつ落ち着く。


「さぁ一緒に帰ろう。今回の件で協力してくださった方々にも挨拶周りしないとね。協力してね。未来の奥さん。」

ええ、いいわ。未来の奥さん。そうクリフト様の奥さんになるんだわ、わたし!

「たくさんの方が協力してくださったのです。一緒によろしくお願いします。未来の旦那様。」


未来の旦那様も耳が赤くなってしまわれた。

一緒に歩いていきましょう。

この手と手を繋ぎながら。




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