水面鏡の舞踏会
思いついてしまったので。
知識も無いので至らぬところがあるやも知れません。
《注意》
少しホラー要素あり。
殺人や自殺を仄めかす描写があります。
倫理観が終わっている描写もありますが基本は愛多めです。
この話はフィクションです。
反射、というものは『人ならざるモノ』を引き寄せる力があるらしい。
その中でも水はかなりそうした類いのものと縁が深いのであろう。と私は思う。
でなきゃ私は今この場にはいないのだから。
とある東北の山奥にあるという湖にまつわる噂が一部の心霊マニアの間で出回っていた。
『鏡写しの霊』と呼ばれている話だ。
訪れた人間の今一番会いたい人の姿をして現れる霊。
ネット掲示板にて綴られたその内容は時が経つに連れて目撃情報が多く挙がり、次第に有名な話となった。
人を誘い込む悪霊の仕業、ただ遊びたい妖怪、湖自体に特殊な力が宿っているなどのさまざまな憶測や考察が今現在ネット上で飛び交っている。
そして、この噂の湖が怪異研究所に目を付けられ調査対象とされたのは必然ともいえるだろう。
2025年8月9日の夜。スタージョンムーンと呼ばれる月が出るこの日。私を含めた五人の調査員で湖の調査に向かった。
調査員といってもまともな人間じゃない。全員が比較的協調性があると判断された犯罪者で構成されている。
つまり、別に死んでも問題ない不要物達の集まりなのだ。
冷酷、だと思うかも知れないが『罪なき命を無駄にしない』という研究所の考えは正しいともいえる。
そんなことを考えながら誰も一言も話さずただ目的地まで歩き続ける。
誰も逃げはしない。逃げたってどうにもならない。一人ごとにGPSが埋め込まれていて誰か一人でも逃げ出すのなら他の全員で殺すことを命じられているためだ。
暑く暗い山のなかをただ進む。鳥と蝉の声が混ざりあって聞こえてくる。誰も話してはいないが、全員疲れてきていることをみんな察していた。だが脚はだれ一人止めたりはしなかった。
木々を掻き分ける。耳に聞こえてくる上がった息が私のなのかそれとも他の人のなのか分からなくなってきた頃。
「……なぁ。」
いつ着くんだ?
誰か言葉を紡ごうとした。そのとき、揺れる光の反射に誰もが気づいた。
湖に着いたのだ。そしてそこにある光景を全員が目にした。
ああ、噂は本当だった。
月明かりが照らす水面鏡の舞台の上で軽やかに踊るただひとりの女性。
よく手入れが行き届いている綺麗な髪、すらりとした手足、身に付けた病衣と細い首に見える痛々しい跡が異常なまでの違和感を助長させている。
それでも、彼女は湖の上でただひとりの舞踏会に参加している。
そんな彼女の顔を見て言いようもない感情が私の身体を支配した。
「……あれは、誰だ?おい、あんた分かるか?」
調査員のリーダーとして選ばれた男が他の調査員に聞く。
「いや、僕の知人にはいない。あんなに美人だったら覚えてる。」
「俺も知らねえ。そもそも女と関わんねぇよ。」
「自分も同じです。トラウマがあるので……。」
喉が詰まるような感覚がした。もしかしたら皆同じものが見えているのか。
『鏡写しの霊』は一人一人に合わせた幻影を見せるのではなく、訪れた者たちの誰か一人だけに合わせるのでは。
もし、そうなら選ばれてしまったのはきっと私だ。
音が引っ掛かる喉を無理にでも震わせる。伝えなければ。
「……知っています。忘れるはずがない。」
「あの姿は、…………私の妻です。」
誰も何も聞かなかった。きっと察してくれたのだろう。私の過去に何かがあったことを。
数秒ほどの沈黙が流れる。鳥と蝉の混声合唱はもう終わってしまったのか聞こえなかった。
次の瞬間、私は彼女のもとへ歩を進めていた。調査なんて忘れて私の中に巣食うただ一つの思いを晴らしたい一心で。
後ろから調査員の彼らが私を呼び止めようとする。「戻れ」と。
何度も、何度も、強くいっていた。
安心して欲しい。私は逃げないから。絶対に君たちに私を殺させたりしないから。君たちの罪をこれ以上増やすような真似はしないから。 だから、少しだけ。
私は彼女の近くで脚を止め軽くお辞儀をする。
「……一緒に踊りませんか?」
彼女は柔らかな笑顔で頷いた。
私は湖の上を歩く。
そしてゆっくりと彼女の手をとり踊る。
マナーなんて私は知らない。彼女と初めて会ったときもそうだった。本当に情けない。
けど、そんな私を貴方は笑って受けいれてくれた。何もかもがダメな私に貴方は全てをくれるといった。
一生の幸福を貴方が私に刻んでくれた。私は貴方がいたからこの海底のような暗い世界でも呼吸ができたんだ。
だから
……私はもう一度だけでもいいから貴方に会いたかった。本物じゃなくてもいいから。ただの幻影でもいいから。
どうにかして殺して欲しかった。
罪を犯した私を。愛おしい貴方をこの手で殺した私を。他ならぬ貴方が。
罪を犯した。だから、罰を受けようとした。私は許せなかった。貴方を殺した男が貴方が愛した世界で生きるのが。私は耐えられなかった。貴方がいない世界で私だけが生きるのが。
だから、全て終わらせてしまおうって考えたんだ。
それなのに、どうして。なんで、なんでっ、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!
私の腕の中の貴方は笑っている?
貴方の目の前にいるのは貴方を殺した男なのに。
貴方が今繋いでいるこの手は貴方の首を絞めた人殺しの手なのに。
ねぇ、
貴方は、私を憎んではいないのですか?
私を殺してはくれないのですか?
そうした私の心の叫びを写し取ったかのように貴方は、返事をする。
「憎む訳が無いわ。わたしがあなたに『わたしを殺して』って頼んだというのに。」
「あなたが犯した罪は全部、わたしが望んだことだから。あなたが気に病む必要は無いわ。だって、」
「『姿を見せない神が定めた運命になんて殺されるくらいなら、あなたに殺された方がわたし何倍も幸せなんだから。』」
あの日と同じ言葉をいう貴方。
…………本当なら私もあの日に死ぬはずだったのに。私は貴方の亡骸と一緒に深い水の底に沈むはずだったのだ。
けれど、失敗した。生き残ってしまった。
私はしゃくりをあげそうになるのを抑えながら、言葉を絞り出す。
「私も、貴方と一緒に逝きたかった。」
「わたしはあなたにわたしの分まで生きて欲しいわ。」
そう返して、貴方は私の目を見つめる。
ああ。まただ。いつもそうだ。いつも貴方の言葉は私の弱い心を的確に射る。
私はいつだって貴方の言葉に生かされてきた。過去の後悔に身を焼かれたときも、人との関わりの辛さに溺れてしまいそうなときも。
あの日自殺に失敗したときだって私は昔の貴方に言われた言葉を思い出した。だから生きたいと自分で踠いた。貴方の言葉が未だ頭に木霊し続けている。私では私を終わらせることが出来ない。
だから貴方に私を終わらせてもらおうと思った。だけど、
どうしてあんなに覚悟していたことなのに『死』を望んでいたはずの私の心がたった一雫の貴方の『生きて』に揺らいでしまうのか。
なぜ、私はまだ生きようとしているのか。
貴方がいないこの世界で私はのうのうと生きているのが許されていいはずがない。貴方がいないと、きっと私はまともに陸を歩けない。
…………なのに、そうなのに!!
「大丈夫、あなたなら。絶対に。」
貴方のその言葉で、私はまた『生きたい』と思ってしまう。この世界で呼吸ができると思ってしまうじゃないか。
貴方の綺麗な唇が、私に向けてまた言葉を紡ぐ。
「ねえ、わたしからの最後のお願い。もし、あなたが罪を償いたいって思ってるのなら最期まで生きてほしいの。それがわたしの課すあなたの償い。そして、全部終わったらふたりで一緒に地獄にいこう。」
ああ、
「……本当に、貴方はずるい。ずるいひとだ。そしてひどい。」
そんなの断れるわけがない。私はどうしようもなく貴方に惚れてるんだ。貴方の願いなら頷くしかないじゃないか。
「分かった。絶対に私は生きる。生きるよ。この手がシワだらけになったとしても、髪が全て真っ白に染まったとしても必ず生ききって貴方に会いに逝く。」
「ええ。もし、歩けなくなったらわたしが迎えにいくわ。」
「脚がダメなら這ってでも私はいくよ。」
そう言うと貴方はとても嬉しそうに笑った。
足元の水面鏡は貴方を照らす月を写している。
「……月が綺麗ですね。月明かりの貴方が更に愛おしい。」
有名な文豪が訳したとされる言葉。ただそれだけでは私の心を伝えるにはもの足りなくて付け足した。
「わたし、もう一度あなたに殺されてもいいわ。」
貴方もまた有名な台詞のアレンジで返した。
ただその返事は頂けない。
「それはお断りするよ。」
そう言うと、貴方は不思議そうな顔をして聞いた。
「……それは、どうして?」
私は手に力を込める。
「私の手は貴方の首を絞めるより前に、貴方の手を握りしめているから。」
そう言うと貴方はまた嬉しそうに笑った。私も貴方の笑顔がどんな反射よりも眩しく感じて笑う。ただふたりだけがこの空間で笑っている。
ああ、あともう少しだけこの時間が続けばいいのに。
そんな私の願いとは相反するように、月が西に傾くに連れてだんだんと私の意識が遠くなる。
遠くで貴方が何かいっていた。ああ、聞き取れなくてごめんなさい。
月が雲で隠れた空の下。
いつの間にか私は空を見上げていた。いや、私は目を覚ましたんだ。
さっきまでのは夢を見ていたのか。やけに鮮明だ。
着ていた服が濡れているということは湖の中で私は命を散らすところだったのだろう。
起き上がると同じく服を濡らした他の調査員が私を見ていた。
「…………すみません。皆さん止めてくれたのに。」
思ったよりも掠れた声が出た。
「あんた急にぼそぼそ呟いてあの湖の中入っていくなよ!心臓縮んだかと思ったわ!!」
少しトゲがある風貌の青年が私に言う。
「ごめんなさい……。」
荒い口調の中にも心配が滲み出ていて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「まぁ、僕らもすぐに動けなかったしね。救助が間に合ってよかったよ。君が死んじゃったら、きっと君の奥さんに申し訳ないしさ。」
柔らかな雰囲気の人がフォローをしてくれた。
「ありがとうございます……。」
痛む喉で彼らに礼をする。謝るより感謝の方がきっと先だろうから。
「そういえば自分、感謝って長らくされてなかったなぁ。……ふふっ。こちらこそありがとうございます。」
大人しそうな青年がそう言った。
「そんな!私は人と喋ること自体あまりしてませんでしたし。こんなに話したの三年ぶりです。」
少し照れ臭くなって、笑いながらそう返す。
そうしていると、向こうで何か連絡をとっていたリーダーが帰ってきた。
「目を覚ました後で申し訳ないけど、湖に入る前と後の確認をしてもいいか?本人目線だと違うこともあるだろうから。」
私は返事をする。
「はい。分かりました。」
それを聞いた彼は優しく笑って、
「辛かったら、言わなくてもいいから。」
そういってくれた。
少しずつできる範囲を伝えながら状況確認をする。少し砕けた雰囲気でなんだか調査員の皆との会話が心地よかった。あまり関わらないように距離をおいていたがひとりひとりが明るくて温かい。そんなことに不安な気持ちが少し晴れた気がした。
状況確認が終わった後しばらくしてリーダーが話し始める。
「ここの調査なんだが、死んでいないといえ実害がでてるから危険だと判断して中断することにしよう。研究所の奴らにもそう報告しといた。」
私が溺れたから危険と判断されたのか。
それはそうか、他者から見ると心霊スポットに来たら湖の上に死んだ妻の幻影を見た人間が躊躇いもなく湖に入って沈んでいったんだ。
普通に悪霊とかがいるのではとか疑う。
ただ、本当に湖にいるのは人を騙す悪霊なんだろうか。なら何故私にあんな夢を見せたのか。
何故この湖は訪れた人間の会いたい人を知っているのだろう?
やはり湖の反射がナニかを引き寄せるのかもしれない。良くも悪くも。
そう考え私はこの湖を後にした。
私たちは静かに、といっても行きのときよりどこか親しげな雰囲気を感じながら山を下りる。
私はまた考え事をしていた。調査員の人たちについて。
調査員の皆の名前をまだ知らない。事情も何もかも。
ただ、全員何かしらの罪を犯している人間で端から見たら塵共の集まりだけど皆そこまで悪くない人のように思えた。
この人たちは自身の罪と向き合って今があるのだろうか。それとも押し潰されそうな罪悪感を今も抱えているのだろうか。
もし、そうだとしたら私が救いたいと思うのは自分勝手だろうか。
こんなとき、きっと彼女なら背中を押してくれるんだろう。
「心からの優しさを本当に無下にできる人なんてなかなか居ないわ。それにあなたなら上手くできると思うの。」
きっとこう言って。私を奮い立たせてくれる。
だからこそ思う。
ねぇ、もし夢の中の貴方が湖が見せるただの幻影だとしても本当の貴方もきっと私にあの夢と同じことをいうのでしょう?
私はどうしようもないくらい貴方のことが好きだから。哀れな程に貴方を愛しているから。私の想いを貴方が肯定してくれるから。
貴方の言葉は私の中で生き続けているから。
私は貴方の分までこの世界に残ります。
きっと全てが終わった後の地獄は、これ以上無い程幸せな世界になっているのでしょうね。
だから、そのときまで私は貴方の面影が残るこの世界を生きることを誓います。
さようなら、また会う日まで。
誤字報告ありがとうございました。まだまだ至らぬ点があるかもしれないので気軽に指摘して頂けるとありがたいです。




