ゆびをつないで
夕方五時。チャイムが町に鳴り響くと、子どもたちは一斉に家へ帰っていく。
でも、ゆうとだけは、帰れなかった。
近くの電柱の前で、ぽつんと座っていた女の子がいたからだ。
ゆうとは小学三年生。その子は、ゆうとより少し小さく見えた。
白いワンピースに黒髪のおさげ。素足。手には、ぬいぐるみを抱えていた。
「どうしたの?」
ゆうとが声をかけると、
「ママがいないの」
と、女の子は言った。ゆうとたちの近くにはだれもいなかった。
「ねぇ、いっしょにさがしてくれる?」
女の子は、そう言ってにこっと笑った。
ゆうとは、うなずいた。女の子を放って帰ることはできなかった。
女の子は、そっとゆうとの手を握った。
指が、とても冷たかった。
ふたりで歩く町は、どこかおかしかった。
曲がったことのない路地が、角を曲がるたびに増えていく。
知っているはずの公園は、赤いブランコがゆらゆらと動いているだけで、だれもいない。
たまにこのくらいの時間にお母さんと公園を通るときには猫たちにエサをあげるおじいちゃんやベンチに座っておしゃべりをしている高校生やだれかしらいるのに。
「お名前、なんていうの?」
ゆうとが聞くと、女の子は笑って答えた。
「さっちゃん」
「さっちゃんのママって、どんな人?」
「しらないの」
「え?」
「さがしてるの。ずっと、ずーっとまえから」
そのとき、女の子の目がふっと闇のように黒く沈んだ気がした。
「さっちゃん、もうお家帰ろう? ぼく……」
「だめだよ」
女の子の声が低くなった。
「ゆび、つないだでしょう?」
気づくと、ゆうとの手に絡まったその細い指は、冷たく濡れていた。
それは、ただの冷たさではなかった。まるで、泥の底に沈んだままのような、死んだ指のようだった。
ゆうとは怖くなって、指をふりほどこうとした。けれど、離れない。
いや、それどころか、手首までずぶずぶと沈んでいく。
「いっしょにいて。さみしいの。わたし、ずっと、まいごなの」
気がつくと、ゆうとはだれもいない空き地に立っていた。
もうすっかり夜になってしまっていた。家も灯りも、何も見えない。
ただ、白いワンピースの女の子が、となりでにこにこ笑っている。
「やっと、さがしてくれた」
「……え?」
「つぎは、ゆうとの番ね。わたしのかわりに、まいごになって。だれかがいっしょにさがしてくれるまで、ここで、ずっと、まっててね?」
その町では、時々、子どもがいなくなる。理由はわからない。ある日ふらりといなくなり、見つからないまま。
だけど時々、電柱の前でこう言う子がいる。
「ママがいないの。いっしょにさがしてくれる?」
その子と、ゆびをつないでしまったら、最後。