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ピンクカプセルが紡ぐ未来  作者: つきや
Pink Capsule Universe 01:君と僕の子供たち
7/30

PCU-01-06 期限1ヶ月前

 達希のピンクカプセル服用期限まで、残り1ヶ月。



 気づけば時間を浪費していた。

 バイト、家の手伝い、たまに晴翔や玲とのやり取り。

 その合間に「決めなきゃ」と思いつつも、選ぶ勇気が出なかった。


 そんなある日の夕飯。

 家族で囲んだ食卓。母親がふと、真顔で切り出した。


「達希。そろそろ、どうするつもり?」


 箸が止まる。

 普段はのんびりしている父親も、無言でテレビを消した。


「出産組の期限、迫ってるでしょ? うちにも通知来たよ」


 やっぱり──ごまかせなかった。

 親の手前、強がって笑った。


「……考えてるって」


「でもね、これが“もし選ばなかったら”どうなるか、知ってるよね?」


 母さんが差し出したタブレットには「強制妊娠プログラム」の概要ページが表示されていた。

 

 決断期限を超えた者は、自動的にシステムが適切な遺伝子データを組み合わせて“相手”を決定。

 人工授精の手続きまで全てスケジュールされる。相手が誰かも、会うことすらない。


 無機質な画面を、達希は黙って見つめた。


「──そんなの、嫌だ」


 呟く声は、自分でも驚くほど小さかった。


 

 その夜。

 ベッドの上、達希はスマホ片手に「強制妊娠プログラム 経験談」を検索していた。

 

 画面には、システムによって無機質に“父親”が決まり、知らぬ間に妊娠手術が行われた例が、淡々と並んでいた。

 中には「誰の子かも知らないまま育てた」

「やっぱりお相手と一緒に子育てしたかった……」という書き込みも。


 ──それだけは、絶対に嫌だ。


 そう思った瞬間、スマホの通知が震えた。


【システム通知】

「出産義務組 高月達希様

 決断期限まで 残り31日です。

 選択肢未確定につき、最終マッチングが実施されます」


 ──もう、時間はない。

 心臓がドクンと跳ねる。

 選ばなきゃ。選ばないと。


 でも──玲か、晴翔か。

 それとも──誰でもない、システムに委ねるのか。


「……はぁ、マジかよ」


 スマホを握りしめたまま、達希は天井を見上げた。

 1ヶ月。

 自分の未来が、すぐそこまで迫っていた。





 ◆玲side


 玲の部屋。夜の静けさの中、薄暗い照明の下で、スマホの画面だけがぼんやりと光る。

 達希からの未読メッセージは、2日前から止まったままだ。


「……ったく、何モタモタしてんだよ。あと1ヶ月だぞ」


 ポツリと独り言。軽く笑うつもりが、唇の端は上がりきらない。

 ベッドの上で寝転がったまま、スマホを額の上にポンと乗せる。


「……選ぶも何も、最初から決まってんだろ。俺だろ」


 天井を見上げながら、誰にも届かない言葉を落とす。

 胸の奥がざわつく。イラつく。だけど、それ以上に怖い。


「まさか──他のやつなんか、選ばないよな」


 息を吐きながら、寝返りを打つ。

 枕元に置いてあったペットボトルの水を一口飲み、空の天井へと目を向ける。


「……でもさ、もし違ったら──俺、どうすんだよ」


 小さく笑い、そして沈黙。

 その顔からは、普段の自信も余裕も、すっかり消えていた。


 残された時間は、あと1ヶ月。

 選ぶのは達希だ。だけど──待つ側の玲も、静かに追い詰められていた。




 ◆晴翔side


 夜、都心のワンルーム。

 机の上には飲みかけの缶コーヒーと、散らかったままの医療費の請求書。

 晴翔は電卓を片手に、数字を睨みつけたまま小さく溜息をついた。


「……足りない、よな。やっぱり」


 計算しなくても分かってた。けれど、計算せずにはいられなかった。

 親の入院費、薬代、生活費。期限までに何とかしないと──。


 テーブルの端には、達希との「お見合い記録」がシステムから送られてきた通知が置かれている。


 軽くスマホを取り上げて、画面をスクロール。

 達希の写真が映るたび、晴翔はふっと小さく笑った。


「……優しい顔してるくせに、こういう時だけ、やけに頑固なんだから」


 けれど、その優しさに惹かれてしまった自分も、きっと同じくらい馬鹿だと思う。


 本当なら「利用するだけ」の相手だったはずなのに。

 気づけば──それ以上のことを、考えてしまっていた。


「好きだよ。でも、俺……待ってられるほど、余裕ないんだ」


 小さく呟く声が、部屋の壁に吸い込まれていく。

 選ばれなきゃ、親も、自分も──終わり。

 それなのに「無理しなくていいよ」なんて言ってしまう自分が、どうしようもなく情けなかった。


 缶コーヒーをひとくち。

 苦い液体を喉に流し込みながら、晴翔は静かに目を閉じた。


「達希……お前の幸せ、邪魔したくないけど──それでも、俺のことも、ちょっとは考えてほしいな」


 ──残り、1ヶ月。

 待つことも、願うことも、焦ることも。

 全部ひっくるめて、晴翔は静かに夜をやり過ごしていた。


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