PCU-01-06 期限1ヶ月前
達希のピンクカプセル服用期限まで、残り1ヶ月。
気づけば時間を浪費していた。
バイト、家の手伝い、たまに晴翔や玲とのやり取り。
その合間に「決めなきゃ」と思いつつも、選ぶ勇気が出なかった。
そんなある日の夕飯。
家族で囲んだ食卓。母親がふと、真顔で切り出した。
「達希。そろそろ、どうするつもり?」
箸が止まる。
普段はのんびりしている父親も、無言でテレビを消した。
「出産組の期限、迫ってるでしょ? うちにも通知来たよ」
やっぱり──ごまかせなかった。
親の手前、強がって笑った。
「……考えてるって」
「でもね、これが“もし選ばなかったら”どうなるか、知ってるよね?」
母さんが差し出したタブレットには「強制妊娠プログラム」の概要ページが表示されていた。
決断期限を超えた者は、自動的にシステムが適切な遺伝子データを組み合わせて“相手”を決定。
人工授精の手続きまで全てスケジュールされる。相手が誰かも、会うことすらない。
無機質な画面を、達希は黙って見つめた。
「──そんなの、嫌だ」
呟く声は、自分でも驚くほど小さかった。
その夜。
ベッドの上、達希はスマホ片手に「強制妊娠プログラム 経験談」を検索していた。
画面には、システムによって無機質に“父親”が決まり、知らぬ間に妊娠手術が行われた例が、淡々と並んでいた。
中には「誰の子かも知らないまま育てた」
「やっぱりお相手と一緒に子育てしたかった……」という書き込みも。
──それだけは、絶対に嫌だ。
そう思った瞬間、スマホの通知が震えた。
【システム通知】
「出産義務組 高月達希様
決断期限まで 残り31日です。
選択肢未確定につき、最終マッチングが実施されます」
──もう、時間はない。
心臓がドクンと跳ねる。
選ばなきゃ。選ばないと。
でも──玲か、晴翔か。
それとも──誰でもない、システムに委ねるのか。
「……はぁ、マジかよ」
スマホを握りしめたまま、達希は天井を見上げた。
1ヶ月。
自分の未来が、すぐそこまで迫っていた。
◆玲side
玲の部屋。夜の静けさの中、薄暗い照明の下で、スマホの画面だけがぼんやりと光る。
達希からの未読メッセージは、2日前から止まったままだ。
「……ったく、何モタモタしてんだよ。あと1ヶ月だぞ」
ポツリと独り言。軽く笑うつもりが、唇の端は上がりきらない。
ベッドの上で寝転がったまま、スマホを額の上にポンと乗せる。
「……選ぶも何も、最初から決まってんだろ。俺だろ」
天井を見上げながら、誰にも届かない言葉を落とす。
胸の奥がざわつく。イラつく。だけど、それ以上に怖い。
「まさか──他のやつなんか、選ばないよな」
息を吐きながら、寝返りを打つ。
枕元に置いてあったペットボトルの水を一口飲み、空の天井へと目を向ける。
「……でもさ、もし違ったら──俺、どうすんだよ」
小さく笑い、そして沈黙。
その顔からは、普段の自信も余裕も、すっかり消えていた。
残された時間は、あと1ヶ月。
選ぶのは達希だ。だけど──待つ側の玲も、静かに追い詰められていた。
◆晴翔side
夜、都心のワンルーム。
机の上には飲みかけの缶コーヒーと、散らかったままの医療費の請求書。
晴翔は電卓を片手に、数字を睨みつけたまま小さく溜息をついた。
「……足りない、よな。やっぱり」
計算しなくても分かってた。けれど、計算せずにはいられなかった。
親の入院費、薬代、生活費。期限までに何とかしないと──。
テーブルの端には、達希との「お見合い記録」がシステムから送られてきた通知が置かれている。
軽くスマホを取り上げて、画面をスクロール。
達希の写真が映るたび、晴翔はふっと小さく笑った。
「……優しい顔してるくせに、こういう時だけ、やけに頑固なんだから」
けれど、その優しさに惹かれてしまった自分も、きっと同じくらい馬鹿だと思う。
本当なら「利用するだけ」の相手だったはずなのに。
気づけば──それ以上のことを、考えてしまっていた。
「好きだよ。でも、俺……待ってられるほど、余裕ないんだ」
小さく呟く声が、部屋の壁に吸い込まれていく。
選ばれなきゃ、親も、自分も──終わり。
それなのに「無理しなくていいよ」なんて言ってしまう自分が、どうしようもなく情けなかった。
缶コーヒーをひとくち。
苦い液体を喉に流し込みながら、晴翔は静かに目を閉じた。
「達希……お前の幸せ、邪魔したくないけど──それでも、俺のことも、ちょっとは考えてほしいな」
──残り、1ヶ月。
待つことも、願うことも、焦ることも。
全部ひっくるめて、晴翔は静かに夜をやり過ごしていた。