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ピンクカプセルが紡ぐ未来  作者: つきや
Pink Capsule Universe 01:君と僕の子供たち
6/30

PCU-01-05 4番目の男

 数日後。

 バイト帰りのコンビニ、達希はおにぎりを選んでいた。

 親元で暮らしているとはいえ、無駄遣いはできない。仕方なく“安売りシール”を探していると──。


「……あれ、達希?」


 ふいに背後から、聞き覚えのある声がした。

 振り向けば──そこに立っていたのは、あの童顔キラキラ男子。


「結城……晴翔?」


 高校時代の同級生。

 そして、二度もお見合いで遭遇した相手──結城晴翔(ゆうき はると)


「奇遇だね。また会ったね」

 

「マジで地元の呪いかよ……」


 お互い苦笑い。

 けれど、以前よりも少しだけ柔らかい空気が流れる。


「今日も、マッチング中?」

 

「ん……まぁ。似たようなもん」


 晴翔は、缶コーヒーと半額のパンを手にしていた。

 

 少しだけ痩せたように見える頬と、疲れた目の奥に、どこか達希は引っかかった。


「……お前、この前さ。本気で出産組選ばなきゃいけない理由ある、って言ったろ?」


 達希が思い切って聞くと、晴翔は目線を落とし、小さく笑った。


「実はさ、親が病気で、僕、できるだけ早く出産組の人と結婚して、子供を産まないといけないんだ。そしたら、社会保障が受けられるから……」


 この世界の社会保障──高額医療、税金、生活保護、その他諸々──まるで国が一生面倒を見てくれるような、甘くて冷たい救済システム。


 晴翔の言い方は軽いけど、どこか無理に明るくしているような声音だった。


「……そっか。」


 それ以上、言葉が出なかった。


 ただの“お見合い候補”のはずなのに、なぜか胸の奥がざわつい

 た。


 ……二回も見合いして、何話したんだっけ、俺。


 同級生だったくせに、晴翔のこと、全然見てなかった気がする。

 今さらになって、急に顔も声も、やけにちゃんと届く。


「マッチング……困ったら僕に頼って。でも無理しなくていいから」


 逆に優しい言葉をかけられて、達希は戸惑う。

 晴翔はパンと缶コーヒーをレジに預け、ふと振り返った。


「じゃ、また。次は……偶然じゃなく、呼んでよ」


「……何、今の。軽っ」


 そう言いながらも、背中を見送ったあと、ふわっと胸の奥に残ったものが消えない。


 何気ない一言なのに、ほんの少しだけ“特別”に響いた『頼ってよ』。


 ……誰かを頼るのも大事だけど。俺だって、誰かに必要とされる側でいたい。


 そんな余韻を引きずりながら、達希は帰宅した。






 その夜。

 スマホを伏せたまま、達希はしばらくソファの上でぼんやりしていた。

 時計の針が日付をまたぐ少し前。

 玲から、メッセージではなく電話が鳴った。


『……よ、お疲れ。撃沈野郎』


 開口一番、軽い声。

 けれど、いつも通りの玲の声が今日は少しだけ遠く感じた。


「うるせぇ。別に撃沈ってわけじゃないし」


『ふーん?』


 玲はわざと鼻で笑う。


『どーせまた「見合い候補です、よろしくお願いします」って敬語でしゃべって終わったんだろ?』


「……バレてんの笑うんだけど」


 達希は小さく苦笑した。

 玲には何も隠せない。けれど今日は、何かを言葉にするのが妙にしんどかった。


「……なぁ、玲」


『ん?』


「お前、前に言ったよな。困ったら頼ってて……」


『言ったな。で?』


「……あれ、今日、別の奴にも言われたんだ。晴翔に」


 一瞬、電話の向こうが静かになった。

 玲が煙草を吸う音だけが聞こえる。


『へぇ。あいつが?』


「うん。……二回もお見合いしたのに、俺、何も覚えてなくて……今日、やっとまともに顔見た気がした」


 ぽつりと漏れた達希の言葉に、玲は少しだけ声のトーンを落とした。


『ま、そういうもんだろ。目の前にいたって、本気で見ようとしなきゃ見えねぇもんだよ』


「……そっか」


『でも達希、お前さ』


 玲の声が、ふいに真面目になる。


『頼られる方が、向いてると思うけどな。お前ってさ、そういうタイプだろ』


「……そう思う?」


「思うよ」


 玲は即答した。

 その声があまりにあっさりしていて、逆に心に残る。


『頼りたい奴、できた?』


「まだわかんねぇ。……でもさ、俺も、誰かに頼られる存在になりたいんだよ」


『……あー、達希っぽい』


 玲は苦笑して、煙草をふかす音がまた聞こえた。


『じゃ、今度会ったら俺が頼ってやるよ。しょーがねぇから』


「何その雑な頼り方」


『雑でいいだろ。そういうのが、一番続く』


 玲の言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。

 電話の向こうで小さく笑う声が響く。


『ま、焦んな。カウントダウンは、全員平等に減ってくからさ』


「……そうだな」


 言葉を閉じたあと、達希は目を閉じた。

 玲の声と、今日の晴翔の言葉が、頭の中で交互に反響する。


 ──頼っていいよ。

 ──頼られる方が、似合ってる。


 どちらも優しくて、どちらも答えをくれない。

 だけど、そんな時間さえも少しだけ心地よかった。


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