PCU-01-02 家族と五人の男たち
出産組と確定した達希!
家族の反応は??
翌朝、目覚ましが鳴るより先に目が覚めた。
昨日の役所での出来事も、あの「ピンクカプセル初回パック」も、全部夢だったらよかったのに――
枕元に置きっぱなしの箱が、現実を突きつけてくる。
「……おはよう、俺の出産人生」
ガッツリため息をついて、重たい体を引きずるようにリビングへ向かうと、すでに父さんが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
達希の姿を見るなり、新聞から顔を上げて一言。
「おう、出産組だってな。おめでとう」
「……なんで、もう知ってんだよ」
「通知来たぞ、役所から。【出産義務組】登録は家族共有だろ? パートナー候補一覧もそのうち家族に届く」
「……マジかよ」
達希はテーブルに突っ伏した。
父さんが苦笑いしながらコーヒーを啜る。
そのうち、弟たちもリビングへとやってきた。
次男の蓮は、中学生で今春から高校生になる年頃だ。
最近は反抗期真っ盛りで、朝の挨拶さえロクに返してこないくせに、兄の新しい現実には敏感だった。
「兄貴、出産組なんだって? だっせ……」
蓮はソファにもたれかかり、スマホをいじりながら鼻で笑った。
達希は苦々しく蓮を睨む。
「……お前、言っていいことと悪いことあんだろ」
「だってさ、ピンク組って、完全に女役じゃん。笑える。俺、絶対やだね」
兄弟だからこそ遠慮なし。
思春期のプライドで塗り固めた悪意のない無神経さが、達希の胸にぐさりと刺さる。
すると、後ろからちょこちょこと三男の蒼太が顔をのぞかせた。
まだ小学二年生の幼い弟は、兄の会話には構わず目をきらきらさせながら言った。
「お兄ちゃん、僕が大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!」
「……は?」
思わず達希は固まった。横で蓮が吹き出す。
「お前、バカか。兄貴はピンク組だから、嫁になる方だぞ」
「じゃあ、僕が種付け派になるもん!」
胸を張って言い切る蒼太。その無邪気さに、達希は言葉を失った。
「……お前ら、ほんと自由だよな……」
自分の人生がシステムによって決められてしまったことへの怒りや戸惑いとは裏腹に、家族はどこか変わらず、そして残酷なほど平凡だ。
それを横で聞いていた父さんが、苦笑しながら新聞をたたんだ。
「はは……蒼太、お前はまだまだ早いぞ。まずは小学校卒業してからだ」
「えー……でも僕、絶対お兄ちゃんと結婚するんだもん!」
蒼太はそう言いながら、達希の膝にしがみついた。
その小さな腕の重みを感じながら、達希は溜め息をつく。
すると、台所からコーヒーを注いで戻ってきた母さん――出産組の男、がカップ片手にふわりと笑った。
「蒼太は純粋だね。でも達希、出産組になったからって、恥じることなんてないよ」
そう言いながら、母さんは達希の隣に腰掛けた。
ふっと視線を落とし、自分の手を撫でるようにして続ける。
「僕も出産組に選ばれたときは、正直戸惑ったよ。……でも、こうして家族がいるって、悪いもんじゃない」
その言葉に、達希は小さく目を伏せた。
出産組である母さんの穏やかな表情は、あの日役所で感じた絶望とは違う何かを感じさせるものだった。
「……父さんと母さんも、そうだったんだよな」
「うん。俺たちも戸惑った。でも、出産組でも種付け派でも、家族は家族だ。道は違っても、お前はお前の幸せをちゃんと探せばいい」
父さんが、静かにそう言ってテーブル越しにコーヒーを啜る。
達希はようやく少しだけ肩の力を抜き、膝にしがみつく蒼太の頭を優しく撫でた。
「……簡単に納得できるかは分かんねーけど。ま、腹くくるしかねぇか」
家族の言葉は、世界の理不尽さを変えてはくれないけれど――。
それでも、心の中に少しずつ、出産組としての“居場所”ができはじめたような気がした。
自室へ戻ると、ピロン〜とスマホの通知音が鳴った。
アプリを開くと、目に飛び込んできたのはシステムからの冷たい一文。
『出産組優待パック・オススメ男性候補:5名』
「はやっ……!」
恐る恐る画面を開くと、見事にバラエティ豊かな男たちの顔写真とプロフィールが並んでいた。
一人目、爽やかイケメン。
二人目、年上ダンディ。
三人目、筋肉ばか。
四人目、童顔キラキラ系。
五人目――どう見ても詐欺師。
「絶対無理だろ、五番……」
思わず画面にツッコミを入れた達希の指が、スクロールの途中で止まる。
四番目の男――その顔に、見覚えがあった。
「……え?」
同じ高校の、あいつ――。
胸の奥がざわり、と落ち着かない。
ピンクカプセルの服用期限は3ヶ月。
まだ時間はあるはずなのに、背中を冷や汗がつたった。
さらに追い討ちをかけるように、アプリの通知が続く。
『お見合い初回マッチング:日程自動確定済』
「マジかよ……」
スマホを置いた達希は、頭を抱えた。
すっかりシステムに生活を握られている実感が、どっと押し寄せる。
──そして、数時間後。
その日の午後、達希は親友の三沢玲といつものカフェにいた。
システムから【種付指定組《種付け派》】として選ばれた玲は、なんだか余裕そうに見えて、イラつく。
「で? アプリ、どうだった?」
氷をストローでカランと鳴らしながら玲が聞く。
達希は苦々しい顔でスマホを見せた。
「ほら、これ。速攻で候補が5人、送りつけられてきた。しかもお見合い日程まで勝手に決められてたし」
「うわ、仕事早すぎだろアプリ。ブラック企業かよ」
「ほんとにな。俺の人生、こんなに管理されるとか思わなかったわ」
「で? その五人の中に、いい感じの奴いたの?」
「いねぇよ! ……あ、でも四番だけ、見覚えあった」
「へぇ。同級生とか?」
「たぶん。……けどな、そもそも好きでもない相手の子供とか無理だろ」
玲は、氷を噛み砕く音を止めて、ぽつりと呟いた。
「じゃあさ、俺と……」
「は?」
「冗談だよ。……でも、困ったらマジで頼って」
玲の声はふざけ半分で、でもどこか本気だった。
そんな玲の横顔を、達希は目を伏せながら見つめた。
「お前……ほんと変わんねぇな」
スマホ画面には、3ヶ月のカウントダウン。
静かに、確実に、達希の婚活バトルはスタートしていた。
――次回はお見合い!