PCU-04-01 エリオ ①:夢を継ぐ者
それは、偶然だった。
律と透真が、
小さな家で命を閉じてから、
百年以上が経っていた。
システムは、進化を重ね、
完璧な繁殖管理社会を築き上げた。
感情は無意味なノイズとされ、
愛は時代遅れの概念として、
歴史の彼方に葬り去られていた。
だが――
人の心は、
本当はそんなに単純じゃなかった。
エリオは、十八歳。
産む派として、
人生をシステムに委ねられた少年だった。
けれど、彼は、
心の奥底で、
なにかが、ずっと疼いていた。
寂しさとも違う。
怒りとも違う。
――なぜ、俺たちは、こんなに孤独なんだろう?
誰にも言えなかった。
考えることすら、禁じられていた。
だから、ある日。
エリオは逃げた。
ほんの数時間の脱走。
そして、朽ち果てた森の奥で――
"それ"を見つけた。
苔むした小屋。
倒れかけた扉。
埃だらけの室内。
古びた棚に、
ぽつんと置かれていた、
一冊のノート。
エリオは、震える指でそれを開いた。
「……っ」
それは、律と透真の記録だった。
誰に見せるためでもない。
誰に認められるわけでもない。
ただ――
二人が、互いを想い、
互いを守り、
互いを愛した証だった。
「……こんな……こんな、愛が……」
エリオの胸に、
熱いものが込み上げた。
押さえきれなかった。
エリオの祖先を、国家データベースで調べると。
――そこに、律と透真の名前があった。
血が、繋がっていたのだ。
百年以上の時を越えて。
「……俺は……」
エリオは、ノートを胸に抱きしめた。
(俺は……俺たちは、
本当は、
こんなふうに、
誰かを愛していい存在だったんだ。)
その日、エリオは帰還し、
誰にも言わなかった。
だが、彼の瞳は変わった。
学校で、
職場で、
繁殖センターで。
同じように心に疑問を持っていた仲間たちが、
その変化に気づき、
少しずつ、少しずつ、
集まっていった。
最初は、秘密の読書会だった。
古い愛の小説。
禁じられた詩。
律と透真のノートを回し読みしながら。
涙ぐみながら、
笑いながら。
心を、確かめ合った。
そして。
「……システムに、挑もう。」
エリオが、
静かに、
けれど確かに、
宣言した。
この世界に、
再び"愛"を取り戻すために。
システムは気づかなかった。
百年前、
律と透真という二つの灯火が、
この巨大な支配装置に、
最初の、最も小さな"ひび"を入れたことを。
その"ひび"が、
やがて世界を砕く波紋になることを。
夜。
エリオは小さな窓から、
星空を見上げた。
遠い、遠い星の下。
(じいちゃん。ばあちゃん。……俺、やるよ。)
胸に、律と透真のノートを抱いて。
(絶対に、愛を取り戻してみせる。)
彼は、そっと、笑った。
【始動――反乱計画:リベリオン】
【目的:愛の奪還】
【リベリオン第一段階――同志集結】
エリオは、
たったひとりで始めた反乱計画に、
賭けていた。
「一人じゃ、無理だ。
でも、仲間なら、きっと……!」
最初に声をかけたのは、
幼馴染みだった、ナユタだった。
ナユタは、エリオとは違って、
従順な産む派として振る舞っていた。
――だが、その笑顔の奥に、
どこか諦めきれない影があった。
エリオは、ノートを見せた。
律と透真の、命を懸けた記録を。
ナユタは、震えながらページをめくり――
そして、涙を零した。
「こんな、愛が……あったんだ……」
その夜、ナユタはエリオの手を取った。
「俺も、戦う。エリオと一緒に。」
【同志ナユタ、加入】
次に探したのは、
噂になっていた異端児、ハルカだった。
ハルカは、「産む派」なのに、
交尾を何度も拒否しては処分ギリギリになっている問題児。
エリオとナユタは、繁殖センター裏の廃墟で、
ハルカと接触した。
「システムに愛されるために生きろって? ふざけんなよ。」
ハルカの目は、最初から燃えていた。
ノートを見せると、
ハルカは鼻で笑ったが、
すぐに表情を引き締めた。
「……いいじゃん。
こういうバカみたいな生き方、嫌いじゃない。」
【同志ハルカ、加入】
次は難航した。
「……怖いんだ。
だって、バレたら……殺される……」
そう言って、
泣きながら断る者もいた。
裏切られるリスクも、
常にあった。
エリオたちは慎重に、慎重に、
信じられる人間だけに接触した。
そして。
五人目。
ミナト。
彼は、産む派ではなく――種付け派だった。
「俺は、子種を撒く側だから……関係ない、って思ってたよ。」
苦しそうに笑ったミナトに、
エリオは言った。
「関係ない人間なんて、いない。
あんたも、心を殺されてる。」
ミナトは、長い沈黙の後。
拳を握りしめた。
「……俺も、戦う。」
【同志ミナト、加入】
こうして。
エリオたち反乱軍は、
最初の小さな部隊を作り上げた。
仲間は、まだ五人。
だが――
心には、確かな火が灯っていた。
夜の廃墟。
瓦礫の上で、
小さなランタンを囲みながら。
ナユタが、そっと言った。
「……なあ、エリオ。
これ、成功すると思う?」
エリオは、笑った。
「わからない。
でも、挑まなきゃ何も変わらない。」
ミナトが、口元を歪めて笑った。
「こんな世界、ぶっ壊してやろうぜ。」
ハルカが、拳を掲げた。
「オレたちで、取り戻すんだ。
律と透真が遺した、愛を――!」
五人の拳が、重なった。
夜空の下で。
誰にも知られず、
最初の反乱の火種が、
静かに、しかし確かに燃え上がった。
【反乱計画:リベリオン】
【フェーズ1完了】
【次フェーズ:感染拡大】
【目標:システム中枢への潜入】




