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ピンクカプセルが紡ぐ未来  作者: つきや
Pink Capsule Universe 03:恋人同士
18/30

PCU-03-01 透真×律 ①:出産組

 小さな駅前の広場。


 夕暮れの空の下、

 ふたりの男が立ち尽くしていた。


 榊透真(さかき とうま)、19歳。

 澄んだ水のような目をした、華奢な体格。

 笑うと、子供みたいに無邪気な顔になる。


 そして、

 西園寺律(さいおんじ りつ)、20歳。

 長身で、きりりとした顔立ち。

 学生時代からスポーツ万能で、周囲の憧れだった。


 ふたりは、

 かつて、「《《恋人同士》》」だった。


 未来を夢見た。

 同じ家に住んで、

 ふたりで、子供を育てようと話した。


 ……なのに。


 


 ふたりとも、

 「出産組(産む派)」に分類されてしまった。


 


 システムによって、

 透真も、律も、

 他の男に抱かれる側になった。


 「どちらかが種付け派だったら、一緒にいられたのにね」


 透真が、消え入りそうな声で呟く。


 律は、何も言えなかった。


 国から配布されたピンクカプセル。

 指定されたマッチング施設への通達書。


 「産む派」として、

 それぞれ、別の男に抱かれ、

 命を育む義務を果たさなければならない。


 


 広場の端。


 専用タクシーが二台、静かに待っていた。


 一台は、透真を乗せるために。

 一台は、律を乗せるために。


 行き先は、別々。

 目的も、別々。


 これから、

 互いに知らない誰かと交尾しなければならない。


 そして、

 自分たちの子供ではない命を育てなければならない。


 


 「俺、律の子が欲しかったな」


 透真の声が、震えていた。


 


 律は、

 唇を強く噛みしめた。


 涙を見せるわけにはいかなかった。


 だから、ただ、

 強引に透真の手を握りしめた。


 「……お前が幸せになるなら、俺、

  なんだって我慢できる」


 


 ほんとは、できないくせに。


 ほんとは、透真だけを守りたかったくせに。


 


 タクシーのドアが開いた。


 ドライバーは、無表情だった。

 人間か、アンドロイドかも、わからないほど。


 


 透真は、

 律の手を、

 ぎゅっと、ぎゅっと握りしめて。


 それから、

 小さく笑った。


 涙を隠すみたいに。


 


 「律、バイバイ。

  ……愛してたよ」


 


 それを最後に、

 透真は、

 タクシーの中へ消えた。


 


 律は、

 動けなかった。


 空の匂いが、やけに冷たかった。


 


 システムが定めた、最適な未来。


 そこに、

 ふたりの未来は、なかった。



 




 ホテルの一室。


 カーテンは閉め切られ、

 重たい空気が、

 ぬるく淀んでいた。


 


 透真は、

 指定されたベッドの上に座っていた。


 腕には、ピンクのリストバンド。

 そこに刻まれた「産む派」の証。


 


 部屋のドアが開く。


 


 今日の「交尾対象」が、

 悠々と入ってきた。


 中年の、

 脂ぎった男だった。


 安っぽい香水の匂いが、

 空気を一気に支配する。


 


 (無理だ……)


 透真は、

 心の中で叫んだ。


 


 俺は、律がいい。

 律じゃなきゃ、いやだ。


 律に、

 触れられたかった。


 律の子供が、

 欲しかった。


 


 なのに。


 


 男は、

 何の躊躇もなく透真に手を伸ばす。


 柔らかいシャツをはぎ取る。

 細い肩を乱暴に押し倒す。


 


 透真は、

 ぎゅっと目をつむった。


 (早く終われ、早く終われ、早く終われ)


 


 それだけを祈りながら、

 必死に声を殺して、

 必死に涙を堪えた。


 


 男の熱い吐息が、

 首筋を這った。


 荒い手つきで、

 無理やり脚を開かされる。


 


 透真の体は、

 震えていた。


 寒さなんかじゃない。

 恐怖でもない。


 ただ、

 心が、

 どうしようもなく、

 泣いていた。


 


 (俺は……

  律のものだったのに)


 


 乾いたベッドが、

 ぎし、と軋む。


 生温かい手が、

 透真の腰を乱暴に掴む。


 挿入の瞬間、

 喉の奥から、

 小さな悲鳴が漏れた。


 


 痛い。

 痛い。

 痛い。


 


 けど、

 叫ぶことも、

 逃げることも許されない。


 産む派に選ばれた体は、

 国家のものだから。


 


 (こんなの、知らない)

 (こんなの、欲しくなかった)

 (こんな未来、俺は……)


 


 律が、

 手を握ってくれた夜を思い出す。


 「お前が幸せになるなら、俺、なんだって我慢できる」


 


 その優しい声だけが、

 透真の心の最後の砦だった。




 


 ベッドの上。

 男は、何度も透真を貫いた。

 無遠慮に、粗雑に、

 ただ快楽を貪るためだけに。


 


 透真の頬を、

 大粒の涙が伝った。


 誰にも気づかれないように、

 声を出さずに泣いた。


 


 律。


 会いたいよ。


 助けて。


 


 でも、もう遅い。

 システムは決めた。


 透真と律は、

 もう、二度と交わることはない。


 


 律の子を産むことは、

 もう、永遠にできない。


 


 終わった後、

 男は雑にタバコに火をつけた。


 透真の体を、

 ただの「使い捨て」のように見下ろして。


 


 「じゃ、よろしくな。頼んだぞ、国家繁殖」


 冗談みたいに笑って、

 部屋を出て行った。


 


 透真は、

 冷たいシーツにくるまって、

 小さく小さく丸まった。


 


 律の手が、恋しかった。


 律のぬくもりが、欲しかった。


 律の声を、聞きたかった。


 


 でも、

 この世界は、

 夢を許さない。


 


 透真は、

 ただ黙って泣き続けた。


 誰にも、見つからないように。




 **



 数日後。


 国家繁殖センター、妊娠判定日。


 


 律は、

 ぎりぎりの精神状態で、

 診察室のドアを開けた。


 


 (俺なんかが、

  子供を……?)


 


 そんな資格ない。

 わかってる。


 でも、

 透真だけは、

 透真だけは……どうか。


 


 ――診察室の向こうに、

 透真がいた。


 


 顔を上げた透真も、

 律を見て固まった。


 


 お互い、

 目の下にくっきりクマを作り、

 頬はやつれ、

 魂だけでここに立っているみたいだった。


 


 透真が、

 震える声で言った。


 「律……、俺……」


 ぽつりと。


 「妊娠してるって」


 


 律は、

 信じられないものを見るように、

 透真の腹に視線を落とした。


 


 透真の手は、

 かすかに膨らみ始めた下腹を、

 そっと押さえていた。


 


 涙が、

 零れた。


 堪えられなかった。


 


 律も、

 かすれた声で応えた。


 


 「俺も……だってさ」


 


 どうしようもなく、

 二人で泣きあった。


 


 壊れて、

 汚されて、

 踏みにじられて、


 それでも、

 確かにこの体に宿った命だけが、

 まだ、希望だった。


 


 互いに、

 抱きしめることもできずに。


 


 ただ、

 ひたすら泣き続けた。


 


 この世界が、

 二人に、

 何ひとつ救いをくれないまま。




 **



 <逃走>



 律と透真は、

 夜の繁殖センターの裏口に立っていた。


 


 制服の隙間から、

 まだ冷え切った風が吹き込む。


 


 透真が小さな声で言った。


 「……行こう」


 


 律は、黙ってうなずいた。


 


 互いに、

 かすかに膨らみ始めた腹を庇いながら、

 静かに門を越える。


 


 夜の街は、

 深い闇に沈んでいた。


 


 どこへ行けばいいかなんて、

 わかるはずもない。


 でも、


 (ここじゃなければ、

  どこだっていい……!)


 


 国から逃げて、

 ただ二人で、生きたかった。


 


 心が擦り切れても、

 互いに見つめる目だけは、

 まだ、希望を宿していた。


 


 ――だが。


 


 その希望は、

 ほんの数分で踏み潰される。


 


 「逃走者発見!!!」

 「確保しろ!!!!!」


 


 怒号とサイレン。

 まばゆいライトが、

 二人を白昼のように照らし出す。


 


 「律、逃げろ!!!」

 透真が叫んだ。


 


 律も叫んだ。


 「透真こそ!!!」


 


 それでも、

 国家の管理官たちは容赦なく、

 二人を押さえつけた。


 


 妊娠している体を、

 何の配慮もなく地面に叩きつける。


 


 律は、

 透真が地面に打ち付けられる音を聞いた。


 「……っ!!」


 


 痛みと恐怖で、

 律の喉が潰れたみたいに声が出なかった。


 


 ――そして。


 


 国家繁殖庁のおぞましい通達が、

 二人に冷酷に叩きつけられる。


 


 「榊透真、パートナー決定」


 「西園寺律、再交尾命令」


 


 その瞬間、

 律の視界が真っ白になった。


 


 パートナー決定――

 それは、国家が「この男と生涯を共にしろ」と命じること。

 愛していようがいまいが関係ない。


 


 再交尾――

 それは、また別の男に、

 孕めるまで何度も何度も犯されること。


 


 律は、

 透真の顔を見た。


 


 透真は、

 泣いていた。


 唇を震わせながら、

 必死に律に手を伸ばそうとしていた。


 


 でも、

 管理官たちは律の体を引き剥がす。


 


 「やめろ!!!

  やめろ!!!

  離せ!!!律を返せ!!!!」


 


 透真の叫びが、

 律の耳に突き刺さる。


 


 律も叫んだ。

 泣きながら叫んだ。


 「透真ああああああ!!!!!」


 


 愛している。


 助けたかった。


 守りたかった。


 


 なのに、

 二人は、

 国家に、

 冷たく引き裂かれた。


 


 律は、

 また別の、

 見知らぬ部屋に連れ込まれる。


 


 新しい男が待っていた。


 どうせ、

 国家が用意した、

 「適性あり」の繁殖パートナー。


 


 律は、

 もう抵抗する気力もなかった。


 


 ただ、

 透真を思った。


 


 (生きろ、透真……

  どうか、お前だけは……)


 


 涙を噛み殺しながら、

 律は、また、

 体を開かされた。


 


 透真の温もりを、

 何度も何度も、心で抱きしめながら。


 


 ――世界のどこにも、救いなんてない。


 


 でも、

 それでも、

 律は、透真を愛していた。


 


 永遠に。

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