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ピンクカプセルが紡ぐ未来  作者: つきや
Pink Capsule Universe 01:君と僕の子供たち
12/30

PCU-01-11 普通の家族

 期限を過ぎた翌日、システムから通知が届いた。


 


 『未選択のため、自動処理されました』


 


 簡素な文字が、スマホの画面に淡々と並ぶ。




 選ばなかったのではなく、選べなかった。


 たったそれだけのことなのに、世界から置いていかれたみたいに、胸が苦しかった。




 晴翔は何も責めなかった。


 ずっと変わらず、そばにいた。


 その優しさが、余計に達希の心を締め付けた。




「もう、いいよ。僕がいるよ」




 晴翔は静かにそう言った。


 あの日、玲が去ったあのカフェ。あのときの、答えが出ないままの想い。


 もう、ここで終わらせよう。


 そう思った瞬間だった。




 インターホンが鳴った。


 こんな時間に誰だろう、と玄関の扉を開ける。


 そこに、息を切らした玲が立っていた。




「……遅ぇよな。わかってる……でも、どうしても言いたかった」




 玲はポケットから、ぐしゃぐしゃになったメモ用紙を差し出す。


 震える手で、必死に握りしめていたそれ。




「俺のを……産んでほしいって、言いたかった」




 短い、でも絞り出すような声。


 泣きそうなのに、必死で堪えている顔。


 遅すぎた一言。




 達希は、何も言えずその場に立ち尽くした。


 そんなとき、スマホが震える。


 画面には、新しい通知。




『あなたのペア登録は自動確定されました。


 お相手:結城 晴翔


 契約は本日より正式に有効となります』




 無情すぎるタイミング。


 まるで世界が、皮肉みたいに選択を代行してしまった。




 玲は達希の表情と、スマホの画面を一瞥した。


 一瞬、何かを飲み込むように笑った。




「……そうだよな。知ってた。お前、優しいから、きっと……」




 玲の声は、そこでかすれて途切れた。


 達希は何も言えなかった。ただ、玲の手からメモ用紙を受け取ることしかできなかった。










 1ヶ月後






 システムが用意した部屋は、必要最低限の機能しか備わっていなかった。交配のためだけに設計された空間。



白く無機質な壁。消毒液の香り。

そしてベッド一つ。




そこに達希と晴翔は入っていった。手をつないでいるわけでも、笑い合っているわけでもない。

ただ、義務のように淡々と。




「……これが、家族になるってことなんだね」




晴翔は、少し冗談めかしてそう言った。

いつものキラキラした笑顔は、そこにはなかった。


達希は返事をしなかった。

答えがわからなかったからだ。




晴翔は何も言わず、ただ手を差し伸べてきた。達希はその手を取るしかなかった。

心はまだ玲の声を探しているのに、身体はもう後戻りできない場所へ向かっていた。




ベッドの脇には、銀のプレートに載った小さなピンク色のカプセルがあった。

それを手に取ると、カプセルは思ったより軽く、まるで何もないかのように感じた。




少しの間、それを見つめた後、達希は深く息を吸い込み、

何も言わずにカプセルを飲み込んだ。




すぐに、口の中にほんのり甘い味が広がり、薬が溶ける感覚が身体に伝わった。

その感覚は静かに広がり、内側からじわじわと変化を感じさせる。




ピンクカプセルが体内で溶け、薬剤が急速に作用し始めた。達希の体内で、何かが動き出すのを感じた。



その流れは不思議と自然で、まるで何もかもが整っていくような気がした。

体はすでに受精の準備が整い、次に起こるべきことを待っている。




二人の体がベッドに沈み込んだ。


晴翔の熱が達希の中に広がり、身体が一つになったその瞬間、

ピンクカプセルの効果が完全に作用を始める。

精子を受け入れ、受精の瞬間が一瞬で訪れる。

その一瞬がすべてを変え、達希の体内で新たな命の準備が整っていく。




すぐに、システムの通知が届く。

「受胎確認済」


機械的な文字列が、彼らの新しい関係を決定した。












 ◆玲 side




 スマホに通知が届く。




『新規マッチング候補のお知らせ』




 名前も知らない誰かのプロフィールが、画面に浮かび上がる。




 選べなかった、選ばれなかった、自分に。


 何も抗えない現実に。


 玲はスマホの画面を伏せた。




 そしてまた別の日。


 同じように新しいマッチングの知らせが来る。


 その度に玲は『拒否』を押し続けた。




 あの日、選択を間違ったのは自分。


 もう二度と後悔しないために、ひたすら『拒否』を続ける。


 赦してもらおうとは思っていない。


 ただそれは、システムへのわずかな抵抗だった。




 毎日送られてくるマッチング。


『拒否』をするのも慣れてきた頃だった。




 ピロン、といつものチャイム音。




「またか……しつけーよ」




 いつものように『拒否』ボタンに指を伸ばした——その瞬間、目を疑った。




『次回マッチング候補 No.56893 出産義務組:髙月達希』




「は?」




 画面を見つめたまま、玲は一度だけ笑った。


 短く、吐き捨てるように。




「ふざけんな……」




 けれどそれでも——拒否ボタンには、指を伸ばさなかった。


 それが最後の抵抗であり、最後の希望だった。


















 ——数ヶ月後。


































 玲は達希と「結婚」した。




 法的には、晴翔と達希の家庭に「新たな父親」が加わった形になる。


 珍しくもない。この世界では、そんな家族は無数にあった。




 三人で暮らす家は、こぢんまりとしたマンションの一室。


 子供の泣き声が響き、ミルクの匂いが染みつく。


 夜は寝不足、昼は手分けして仕事。


 愛とか夢とか考える暇なんて、とうにない。




「こんなのが、家族かよ……」




 玲はボヤくたびに、達希の肩に額を押しつけた。


 達希はその度に、肩越しの向こうで遊ぶ晴翔と子供を見て、曖昧に笑った。




「でも、ほら。俺たち、意外と幸せそうじゃない?」




 玲は鼻で笑った。




「それより達希……」




「ん? 何?」




「お前さ、まだマッチングアプリ使ってんの?」




 達希は少しだけ肩をすくめ、俯いた。




「もう使ってないよ」




「でも、俺のマッチング相手……お前だったろ」




「ああ。……実は、ダメもとで指名してたんだ」




「は?」




「システムに直接、玲のIDを入れて。晴翔と一緒でも関係ないんだってさ。妊娠さえすれば、マッチング成立って扱いになる。結局、増えりゃいいってだけなんだよ、この世界」




 玲はしばらく黙って、そして小さく鼻で笑った。




「……マジでふざけてんな」




 二人は並んでため息をつき、笑った。




 ふと、玲が達希の方へ手を伸ばし、そっとそのお腹に触れた。指先は、そこに宿る小さな命を確かめるように優しく撫でる。




「システムの思うつぼだな」




「だな」




 そのとき、隣の部屋からまた子供の泣き声がした。


 達希が、ミルクの温度を確かめるように哺乳瓶を軽く振った。


 玲はその姿を横目で見ながら、ぽつりとこぼした。




「……まあ、悪くねぇよ。今のところは」




 窓の外には、どこまでも同じ空が広がっていた。


 その下で、世界は今日も淡々と回り続けている。








 Pink Capsule Universe 01:君と僕の子供たち<完?>

プロローグ、番外編あり!!

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