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ピンクカプセルが紡ぐ未来  作者: つきや
Pink Capsule Universe 01:君と僕の子供たち
11/30

PCU-01-10 期限当日

 朝からずっと、時計の針の音だけがやけに耳に残っていた。

 スマホの通知は、相変わらず鳴らない。玲からの返事も、電話も。


 もう、わかっていた。

 玲は──こない。


 部屋の中は、春の光が差し込んでいるのに、肌寒かった。

 決断の時間は、夕方五時。

 それまでに、システムに通知しなければならない。

 誰の名前を記入するか、あるいは、白紙のまま提出するか。


 何度も画面を開いては閉じ、名前の入力欄に、玲の名前を打ちかけては指を止める。

 何度も、何度も繰り返した。

 名前が打てないのは、諦めきれない証拠だった。


「……玲、最後まで待つから」


 ぽつりと、つぶやく声が部屋に響く。

 今までの時間が、頭の中を駆け巡る。

 笑い合った日、喧嘩した日、素直になれなかった日。

 そして、あのカフェでの玲の「やだ」という言葉。


 スマホの画面は、黙ったままだ。


 午後四時五十五分。

 部屋の中は、息を潜めたみたいに静かだった。

 通知音は鳴らない。

 どこかで風の音が窓を揺らすだけ。


 締め切りまで、あと五分。

 手は、そっとスマホの画面をタップする。

 名前の入力欄は、まだ空白。


 画面の向こうに、玲の声が届くんじゃないかと、最後まで期待してしまう自分が悔しい。

 でも──それでも待ち続けた。


 時計の針が、ちょうど五時を指す。


 分かっていたけど、玲からの通知は、こなかった。




 締め切り時間は、もうとっくに過ぎた。


 入力欄には何も書かないまま、システムの画面は自動でログアウトされていた。

 選ばなかった、という結論。

 それが今日、自分の出した答え。


 机の上に突っ伏したまま、何も考えたくなかった。

 頭の奥がじんじん痛んで、目の奥が熱い。

 だけど、泣く気力もなかった。


 ドアがノックされたのは、そんなときだった。

 玄関を開けると、そこに立っていたのは晴翔だった。


「……来たよ」


 いつも通りの軽い声。

 でも、その目は達希の沈んだ顔を一瞬で読み取っていた。


「玲くん……やっぱ、来なかったんだね」


 達希は、言葉を返せなかった。

 晴翔は何も言わずに、そっと達希の手からスマホを取り上げて画面を伏せる。


「僕さ。ずっと思ってたんだよ。きっと、玲くんは逃げるって」


 それは責める言葉じゃなかった。

 ただ、静かに寄り添うように、ぽつりとこぼしただけだった。


「僕は……どっちにしろ、ここにいるって決めてたから」


 晴翔はそう言って、そっと達希の頭に手を置く。

 それは慰めとも違う、ただそこにいるという証だった。




 ◆玲 side


 駅のホーム。

 ベンチに座ったまま、玲はスマホを握りしめていた。

 達希の連絡履歴が並ぶ画面。

 期限の時間を、とうに過ぎたそのとき、通知はもう止まっていた。


「……やっぱ、もう……遅いか」


 玲は小さく笑った。

 自分でも、どうしようもないくらい悔しくて、情けなくて。

 けれど、どうしても言えなかった「うん」のひと言。


 あの日の達希の言葉が、何度も耳に蘇る。

 二人とも選びたい。

 それが達希の本音だって、ちゃんとわかっていた。

 でも、誰かと分け合うなんて、器用にできなかった。


 ポケットの中には、小さく折りたたんだメモ用紙。

 手紙なんて普段書かないくせに、不器用な字で達希への言葉を綴っていた。


 だけど、届ける勇気が出なかった。

 もう、間に合わないのかもしれない。

 それでも、心のどこかで達希の顔が焼き付いて、離れなかった。


 春の風が吹き抜ける駅のホーム。

 次の電車が来るアナウンスが遠く響く。

 玲はゆっくりと、手紙を握りしめたまま、ベンチから立ち上がった。


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