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ピンクカプセルが紡ぐ未来  作者: つきや
Pink Capsule Universe 01:君と僕の子供たち
10/30

PCU-01-09 二人の反応

 春の午後、窓際の席には柔らかな日差しが差し込んでいた。

 静かなカフェの奥、丸テーブルを囲む三人。

 達希は手の中のカップに視線を落としたまま、深く息を吸い、吐く。


「……システムから、連絡がきた。特例として、二人とも選べるって」


 その言葉は、静かな空気を切り裂いた。

 一瞬、沈黙。

 晴翔が先に口を開いた。


「へぇ、特例なんてあるんだ。すごいじゃん。僕は……別にいいよ?」


 あっけらかんとした声。

 まるで天気の話でもしているかのように、軽やかだった。


 対照的に、玲は動かない。

 俯いたまま、拳をテーブルの下でぎゅっと握りしめている。

 沈黙のまま、やっと絞り出した声は低く、震えていた。


「……二人、って……お前、マジかよ」


 達希は玲の方を見た。


「俺さ。好きな人の子供を産みたいって、ずっと思ってた。

でも、その“好き”が、どっちか決められなかった。

悩んで、迷って……でも、今ははっきりしてる。

玲、お前の子供を産みたい。でも晴翔のことも、手放したくない」


 玲は顔を上げた。

 その目は、驚きと戸惑い、そして少しの痛みで曇っていた。


「……ふざけんなよ」


 ぽつりと呟いたその言葉は、重く落ちた。

 玲は立ち上がる。椅子がわずかに軋んだ。

 晴翔も達希も、言葉を失ったまま、彼を見上げた。


「俺は……やだ」


 それだけを言い残し、玲はテーブルを離れた。

 足早に、けれどどこか未練がましく、振り返ることなくカフェのドアを押し開ける。


 春の日差しが、一瞬、玲の背中を照らした。

 ドアが閉まる音だけが静かに響く。

 達希はカップを両手で包んだまま、そこから動けなかった。


 晴翔は軽く息をついた。


「……そりゃ、そうだよね。玲くんはそういうやつだもん」


 苦い笑みを浮かべながら、そっと達希の肩を叩いた。





 玲がカフェを出てから、数日が経った。


 スマホの画面には「発信履歴・玲」の文字が並ぶ。けれど、通話は一度も繋がらない。

 メッセージも既読はつくものの、返事はない。


 待っても、待っても、玲は沈黙を貫いていた。


「……玲、お願いだから、話を聞いてよ」


 小さくつぶやきながら、またメッセージを送る。

 けれど、画面に変化はない。既読がつくだけで、それきりだった。


 あの日、玲が最後に残した「俺は……やだ」という言葉が、頭の中で何度もリピートする。

 あのときの表情も、声の震えも、鮮明すぎて、胸が苦しくなる。


 カレンダーには、太い赤丸で囲まれた日付。

 期日はもうすぐそこまで迫っていた。

 決断をシステムに通知しなければならない期限。

 それまでに玲の答えが聞けなければ──。


 夕方の街を、歩く。

 春だというのに、風がやけに冷たく感じた。


 スマホを握りしめたまま、ため息がこぼれる。

 名前を呼べば、すぐに振り向いてくれると思っていた。

 でも、今の玲は、遠い。


 通り過ぎていく人たちの中に、玲の姿を探す癖がついてしまっていた。

 似た横顔を見つけては、違うと知って落胆する。

 そんな日々が、もう何度目だろう。


 期日まで、あと──三日。

 時間は残酷に、待ってくれない。




◆玲side

 

 スマホの通知は、見るたびに達希の名前だった。

 着信履歴、メッセージ、短い文章。

 どれもシンプルで、まっすぐで──どうしようもなく、刺さる。


 けれど、玲は返信を打つことも、電話に出ることもできなかった。


 あのカフェを飛び出したあの日。

 自分でも、何が「やだ」だったのか、言葉にできないままだった。

 二人とも選ぶ、なんて。

 そんなのズルいって思った。

 でも本当は、達希が「俺だけを選ぶ」と言ってほしかった。


 情けないくらいに、独りよがりだった。


 夜、アパートの薄暗い部屋で、スマホの画面だけが明るく光る。

 未読のまま、溜まっていく達希からのメッセージ。

 読み返しては、画面を伏せる。その繰り返し。


「……そんな顔、すんなよ。見えないけど」


 つぶやいた声は、自分でも情けなくなるほど小さかった。

 あいつの声を思い出す。

 まっすぐで、不器用で、でも優しくて──

 それが、余計に胸を締めつけた。


 選べないなんて言葉、信じたくなかった。

 だけど、信じてしまった自分が悔しかった。


 期日が迫っているのは、玲も知っていた。

 達希が期限ぎりぎりまで、自分の返事を待つ性格だってことも。


 わかってる。

 でも、簡単には「うん」なんて返せない。

 いっそ、嫌いだったらどんなに楽だったろう。


 好きだから、逃げた。

 好きだから、答えられなかった。


 そんな自分が、情けなくて、少しだけ涙がこぼれた。


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