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体育館に閉じ込められるなんて、なんてベタな…。
「おーい、誰かいませんかー?」
両手を口の前にして叫ぶが、全く誰も来る気配がない。
日直で片付けを強要されてしまい、体育館の倉庫に閉じ込められるなんて…。ツいてない…。
ひとしきり叫んだあと、諦めてマットの上に座った。
そういえば前回も体育で怪我をして保健室に行ったっけ?
もしかして私は体育と相性が悪いのではないか…?
と、そんな事より私は他の出口を探してみることにした。
窓は…鉄格子が嵌められている。
ドアは何か板のようなものが引っかかっているようで、ビクともしない。
スマホは教室にあって助けは呼べない。
「はぁ…」
打つ手をなくして項垂れる。
私はきっと体育と相性が悪いのだろう。
まあでも、明日にも体育はあるし、最悪一泊しても明日には誰かが気づくだろう。
季節が気候の安定した春でよかった。
ふと、耳を澄ますと足音が近づいてくる。
これはもしや、すぐにでも脱出出来るかもしれない。
「すみませーん!ここから出してくれませんかー?」
足音がピタリと止み、ガタンと板のような何かが外される音がした。
何だ、心配して損した。
ガラガラと扉が開けられる。
しかし、扉の前に立つ相手を見て愕然とした。
「…何してるんだ?」
宇宙人だ…!!!
ガラガラ、ピシャン。
彼は何故か中に入ってきて、ちゃっかり扉も閉じている。
これで、二人きりだね。といったシュチュエーション。早いことこの場から逃げなければいけない。
だめだ…腰抜かした…。
宇宙人、宙って言ったっけ?
宙は真っ直ぐにこちらに向かい、力強く抱きしめられた。
「ひゃあッ!?!?!」
情けない声がでる。彼の瞳は相変わらず漆黒の闇のようだ。
だから、行動と表情が伴ってないんだって!
「ちょっと、離して!」
「俺は、お前がどこに居ようと見つけられる」
ただのストーカーじゃん!?もしかしてGPS付けられてる!?
宙はゆっくりを私から離れ、両肩を掴みながらこちらを見すえた。
「どこか怪我はしていないか?」
アンタに掴まれる力で怪我しそうだよ…!
「怪我してませんし、気にしなくていいです!」
「怪我がないならいい」
何なの?何かよく喋るなぁ…。
もしかして心配してくれて…いや、このハイライトのない瞳は、心配している顔じゃない。
「木の板は自分でかけたのか?」
「外側からどうやってかけるんですか!?」
半ギレで答える。不思議と彼には嫌悪感こそ無いものの、関わりたくない人NO.1なのでね。
無理にでも立ち上がろうとするが、まだ足に力が入らない。
「立てないのか?」
「ち、違う。これはその…」
「地球人はひ弱なんだな」
「馬鹿にしてます…?」
「いや、そういうものだと認識しただけだ」
ひょい
「へ…?」
お姫様抱っこされてる。
あまりの展開の早さについていけない。
彼の表情は仮面のように固まったままだ。
しかし、触れられていることを強く認識してしまうと、頭から足の先までビリッと電流が走った。
何?この人は私の事が好きなの?
いや、だとしたらあんな表情はしないでしょう…。
自問自答を繰り返す。
顔が熱くなるのを感じた。
彼は一歩も動かない。
いや、何で…?
「な、何してるの?」
ここは、お姫様抱っこで保健室に運ばれるものかと思ったけど…そうでは無いのだろうか?
「ドアが開けられない」
「ドアが…」
とりあえず降ろしてもらい、ドアに手をかける。
「もう歩けるから大丈夫。助けてくれてありがとう」
グッと力を入れるが、扉は開かない。
「え?どうして?」
ぎゅ
「!?」
今度は背後から抱きしめられる。
「や、ちょっと!?何するんですか!?ひゃぁあっ!」
うなじに吐息を感じて変な声が出てしまう。
絶対に、この行為に意味は無い!!
何となくそう思って無性に腹が立ってきた。
ここからどうすれば良いのか?頭をフル回転させても何のいいアイデアも浮かばない。
誰か助けてッーーー!
ガラガラ!
「っ!?お前、華に何してんだ!?」
そこには、息を切らした姿の三神光一くんが立っていた。
「何もしてないが」
「っ!離せよクソ野郎!」
光一が宙の腕を掴むがビクともしない。
ぎり、と歯を軋ませながら、鋭い眼光で睨みつける光一くん。
「俺も本気を出すしかねぇみてぇだな!」
途端に、光一の体から無数の触手が飛び出す。
「えええー!?」
思わず大声を上げてしまう。光一くんも宇宙人だったの!?
恐らく背中から生えたソレらは、宙に向かって攻撃する。
「きゃっ…!?」
「くっ…」
しかし、私が怪我をすることを考慮し、すぐさま攻撃は止められた。
ふぅ…ふぅ…と息を切らしながら宙を睨みつける三神くんはいつもの明るい雰囲気でなく、私の知らない三神くんだった。
「なるほど、ぬるぽぽ星人か」
ぬるぽぽ星人?なんちゅう名前だ…。
「くっ…俺は宇宙人の中でも、比較的地球人に友好的だ!!」
「だったら何だ?華を襲っている時点でお前は凶暴な宇宙人に変わりは無い」
「いや、華を襲っているのはお前だろう!?」
全くもってその通りである。
宙は、これみよがしに華の顎をくい、と持ち上げてみせた。
宇宙人達の一悶着に巻き込まれている…。厄日だ…。
「お前!華に触るな!!」
「少なくともお前よりは触れても安全だろう」
「なっ…!?」
「ぬるぽぽ星人の恋心は地球人の5000倍だからな」
…今なんと?
恋心〜なんて可愛く言っているが、つまりは繁殖力が通常の5000倍あると言っている。
わなわなと震えながら、三神くんはだんだんと顔を真っ赤にさせていき、歪んだ笑みを浮かべ始めた。
「み、三神くん…?」
「そぉだよ、でも抑制剤で抑えてんだよぉ…」
「それも本当に好きな相手には効かないらしいが?」
ズルズルと触手が地面を這い、気づけば私と宙は無数の触手に囲まれてしまっていた。
「三神くん、今の話は本当なの!?」
「そぉだよぉ…ずっと隠してたけど、俺も宇宙人なんだよぉ…でも聞いただろ…?好きな相手にだけ薬が効かないって」
はぁはぁと恍惚な表情を浮かべる三神くんは、どう見ても薬が効いてなかった。
まさか…そんなことって!?
三神くんが宙を好きだったなんて…!!!
巴華は、大きな勘違いをしていた。。。
「離せよぉ…その子は俺達には関係ない普通の地球人なんだから、巻き込むんじゃねぇよ…」
そりゃそうだよね、この状況だと私って物凄い部外者だよね。
「感度5000倍の者と心のない者、どちらの方が安全か、お前にも分かるだろう?」
うっほーい、それはエグすぎるでしょ。
何をするにも命懸けになりそう…。
「いいだろ…別に」
良くは無いと思う…
「良くないな、お前は相手の感度も5000倍にする事が出来る」
死んじゃう…!!!
「はは…見たいなぁ5000倍の姿」
ギュッと目をつぶる。
とんでもないこと言ってる…!私邪魔すぎないですか…?!
「見せてやろうか?」
「は?」
「んぎぃいい…」
そんな煽り文句言ったらここで行為が始まるぅ…。
「ハッ…お前にそんな能力は無いくせに」
その時、するりと私の左足に触手が巻き付く。
その瞬間ビリッとした鈍い感覚と頭に『甘い』エネルギーが流れ込んだ。
「ふわぁあっ…!!」
出しに使われた…!これから始まる二人のラブストーリーの余興にされた…!
ガクガクと足が震え、口を閉じることさえ叶わない。
これが三神くんの能力…!これ、本当にムリッ…!
「やめろ」
「問題ねぇぞ、これでも結構抑えた方だからなぁ?それより華、お前もやすやすと抱かれるもんじゃねぇよ」
「あ…う…ご、ごめ…らさぃ」
「はぁーーー…ゾクゾクするわ、たまんねぇな」
「これ以上は華が壊れるぞ」
する、と触手が離れる。
流れ込んできた快感はマシになったものの、余韻で体がビクついてしまう。
「それは…良くねぇなぁ…でも仕方ないだろぉ…お前が悪いんだからな…」
ストン、と私をマットに降ろし、つかつかと三神くんに向かう宙。
ぼやける視界の中で「ここではやめて」と言いかけたが、体力の限界により私は意識を放った。
体あちぃ…あーくそぉ(ピーーー)してぇ。
「ぬるぽぽ星人なら殺す必要は無いな」
「ハッ…お偉いこった。テメェもいい加減正体を明かしたらどうだ?」
ビシビシと触手をムチのようにしならせる。
一本一本が先まで神経の巡らされたこの触手は、人間の指の先のように器用だ。
この無表情野郎、おそらくムヒョジン星の奴に違いない。彼らは敵意も好感も抱かない。なんの感情もないのだ。
そして、それらを得るために宇宙を巡る宇宙ゴミみてぇな連中だ。
華に執着するのも、コイツが彼女にだけ感情を動かされるからでは無いだろうか?
だが、それも錯覚である可能性が高い。
ムヒョジン星人が心を持つところを見たためしがねえからだ。
俺もかなり厄介だと思う。だが、コイツの方がよほど残酷だ。コイツを華に近づけてはいけない。
「ルパンパ星人じゃないなら、華に近づいても構わない。ただし、手は出すな」
「手を出してるのはお前だろ!?心では何とも思ってないくせに、自らの本能が感情を知るために華を利用するこの外道が…!」
「それが俺の性質だ」
くっ…華、コイツには絶対惚れんなよ…
「お前も知ってるだろう、2年前地球を滅ぼしかけた宇宙人を」
「ルパンパ星人だろ?アイツらは独占欲が強いからな…何でも欲しがるとは、俺らから見れば病気だな」
「俺は地球人を滅亡させない為に来た」
「俺だってそうだ。ルパンパ星人を見つけたら殺すつもりだ」
どうやら本当に敵意は無いらしい。恋のライバルではあるがな。
しかし、お互いの目的が同じなら手を組むのも悪くないかもしれない。
…コイツが変なことをしないか監視もしやすい。
「手を組まないか?」
どうやら、考えていることは同じらしい。
感度5000倍の触手宇宙人と、感情0の宇宙人が手を組むとは夢にも思わなかったがな。
「ああ、だがお互い華には手を出さないようにしよう。この子は無関係だ」
「分かっている」
分かっているのにまた触るんだろうなぁ…。
俺は触手を伸ばして握手を求める。
宙は嫌悪感を示すこともなく、それをすんなり受け入れた。
「んぅ…」
華が声を漏らした。
か わ い い ! ! ! ! !
思わず、ビリッと感度1000倍程の電流を流してしまった。
やべぇ!?コイツのそんな顔見たくねぇ!!
「なんか今ビリッとしたな」
よ、良かった…コイツには効かないんだった。
感度0に何をかけても0に変わりないのだ。
しかし、コイツが華に執着するのは、本能的にコイツが好意を持とうとしている事に違いない。
俺にもわかるが、本能に抗うことは出来ない。
十分気をつけて見張っておかねぇと…。
その後、コイツは危なすぎるので俺が華を保健室まで運び、その日は何とか収拾がついた。
俺は、この学園に必ず潜んでいるルパンパ星人を一人残らず駆除してやる…!
そして、華も俺がもらう。
俺はそう静かに決意したーーー。
「佐藤、すまないがこれを生徒会室まで運んでおいてくれないか?」
「もおー!かいちょーったらいつも僕をこき使うんだから〜!」
くりくりと跳ねる愛らしい甘栗色の髪と、パッチリしたおめめが僕のトレードマークだよ?
朝起きると、耳の垂れたワンチャンみたいな寝癖がつくんだぁ〜。僕はそれをと〜っても気に入ってるの!
だってかわいいじゃない。
賢くて、可愛い僕にみんなメロメロになるんだよね。
かいちょーも僕を信頼している。
それって、素晴らしいことだよね!
それが僕の本能だもん!
そぉだよねぇ?ふふふ!
踵を返し、ルンルンと楽しそうに歩く彼の背後には、数え切れないほどの屍が乱雑に積み重ねられている気がしたーーー。