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何故か馴染んでいる宇宙人…。
「俺を匿ってくれ」
「え…?」
黒髪に闇を溶かしたような瞳。
このような突拍子もないことを言ってもイケメンだから許されるのだろうなあ。
ところで、彼は誰だったっけ?
「匿ってくれないと…」
「匿ってくれないと?」
「残りの地球人を全て食べてやる!!!」
「わぁあああああ!?!?!」
ゆ、夢だったぁ〜…。
「巴華、私は出来る。いつも通り学校に行くだけ」
まだ外気も暖まらない早朝、洗面所の鏡に映る自分をじっと見つめながら呟いた。
昨日あんなことがあったのだ、また彼に会うのではないかと思うと気が気でない。
バシャバシャとわざと大きく音を立てて顔を洗う。
彼はまだ学校に潜んでいるだろう。
本当は仮病を使いたいが、それだと何の解決にもならない気がする。
それに、私には考えがある。
生徒会長に彼のことを報告するのだ。
というか、もうそれしかないだろう。本当は誰にも話したくないけれど、彼のことを秘密にしておく方がよっぽど面倒くさいのでさっさと引き渡した方がいい。
私の決意は固かったが、可哀想かなという考えがふとよぎった。
いやいや、昨日あれだけセクハラされたんだ。私が彼を庇う理由なんて何処にもないはず。
そう、きっと彼の星ではアレくらいなんて事ないスキンシップだったに違いない。
正直、セクハラされた事よりもそこに一ミリの好意を感じなかったことの方がよっぽど心に刺さった。
「…よし!」
スクールバッグを手に取り、このままの気合いで学校へ向かう。
あの生徒会長ならきっと何とかしてくれるはずという、淡い期待を抱きながら…。
っていうか、アイツ講堂出ていったけど今も学校に居るのかな?
待てよ、もし居なければなんの問題もないじゃん。
もしかして私、悪い方向にばかり物事を見ていたのかもしれない。
そう、そうだよ。彼が星に帰って二度と来ない可能性だって無いわけではないのだ。
無理やりポジティブに思考をすり替えた。決して現実逃避している訳ではない。
「巴華ー!」
「三神くん」
通学路一緒だったんだ。
「昨日は大丈夫だったか?巴華?」
心配そうにこちらを覗き込むそのあざとさで今まで何人の女子の心を射止めただろう。
でも、ほぼ面識のないクラスメイトをわざわざ保健室まで運んでくれて、更には心配して声までかけてくれたのだ。
この面倒見の良さに安心感や恋心を抱いてしまうのはわかる気がする。
「迷惑かけてごめんね、私も先生に講堂まで荷物を運ぶように頼まれて、そこで貧血起こしちゃったの」
ということにしておく。
「そうか、体は無事なのか?巴華?」
「もう平気」
「良かった、巴華が無事で」
「ちょ、ちょっといい?」
さっきから微妙に引っかかる。
「ん?何だ?」
「あのさ、助けてくれた恩人にあまりこんなこと言いたくないけど…巴華ってフルネームで呼ばれるのちょっとむずむずする…」
「むずむず?」
彼はその場に足を止め、きょとんとした表情を見せる。
先程ほぼ面識がないと言ったけど、それによって呼び方が定まってないのは、むずむずする。
しかも、あろう事かフルネームを選んじゃったのが、むずむずする…。
「私が三神くんの事をさ、三神光一って毎回呼んでたらむずむずするでしょ?」
「大丈夫だ!俺は花粉症じゃないからな!」
「うん、私も花粉症じゃないけどね」
彼は確かにいい人だ。輝くばかりの笑顔のイケメンだ。女の子がキャーキャー言うのも頷ける。
でもちょっと、唯一欠点があるとしたら、知能が極めて弱いところかな?
つまり、単刀直入に馬鹿なのである。
神は二物を与えんと言うけれど、これは確実に神様の配分ミスだろう。
外側が上手く創造できて満足したから、中身は適当に作ったに違いない。
生徒会長にせよ、三神君にせよ、こういう絶妙なバランスで作るのやめて欲しいなあ…。
同じ神(作者)が作ったのかな?
「私の事は華でいいから」
「そうかぁ?じゃあ今日から華って呼ぶな!俺は一でいいぞ!」
「いや、私別に湯婆婆じゃないからさ、名前を取り上げる趣味とかないからね?普通に光一君でいい?」
「何でもいいぞ」
稀に見ることすらなさそうな会話しながら、気づいたら教室のドアの前まで来てしまった。
ガラッ
「よお!みんなおはよう!」
「お〜、光一は相変わらず朝から元気だな〜」
「おはよう」
体が強ばった。
片手で数える程しか交わしたことのないその声が、誰のものなのか私には分かってしまった。
そして、この状況は考えうる中で最も最悪な事態だ。
な、な、なんでアンタがそこにいるの…?
「華、おはよう」
ブラックホールでも嵌め込んだかのような暗い瞳、昨日の出来事が頭にフラッシュバックする。
なるほど、なるほどね、生徒達の記憶の改ざんなんてお手の物ってわけね。
次の日、宇宙人はクラスメイトになっていたーーー。
「あれ?転校生?」
「へ?」
三神光一は宇宙人の方に体を向けたまま、キョトンとする。
「何言ってんだよ!?クラスメイト忘れたのか!?」
「くすくす、三神くんたらおっちょこちょい」
「そこが良いんだけどね」
他のクラスメイト達は彼のことを疑いもしなかったのに…。
もし私が彼が宇宙人だと誰かに話しても、誰も信じないだろう。
だって、彼はクラスメイトとして、みんなの記憶に書き加えられたのだから。
あの講堂は、対宇宙人交戦の為に開発された特殊な素材で出来ており、私と光一君はあの一瞬二人だけそこに居た。
被害が無かったのは何故かと言われると、そうとしか考えられない。
光一君にも、彼がクラスメイトだと思うにあたる記憶が存在していない。
これは思いもよらないこと。
「華、おはよう」
宇宙人は目の前の光一君を素通りして、真っ直ぐ私の前まで歩いてきた。
なんの感情もこもっていない、まるでロボットのような彼とは、これ以上関わりたくない。
カタカタと体が震えるのは、正常な事だろう。
目の前の彼はするりと私に手を伸ばした。
「あ…」
ガシ
彼の手は私の頬に触れることは無かった。
今にもギチ、と音がしそうなほどに強く彼の手首を掴む光一君は、今まで見たことの無いような冷たい表情をしていた。
相手を軽蔑する目だ。
「華が怖がってんだろ。やめろよ」
光一君は私を守るように背中を見せてくれている。
その姿に、安心感といたたまれなさを感じた。
「華」
「おい!聞いてんのか!?」
「華」
背筋がゾッとする。まるで目の前に私しか居ないと感じてしまうほどに、彼は私しか捉えていない。
途端に、三神君の優しい背中がそこにないような空気が流れる。
宇宙人は、私に用があるのだろうか。
このような不可解な状況の中で、クラスメイト達は何事も無かったかのように過ごしている。
この不気味な光景に、三神君も冷や汗が勝手に噴き出すようだった。
「三神君、大丈夫」
「華…」
あの三神くんですら、この状況を気味悪がっているのが伝わった。
ガチガチに緊張している彼の背中をポン、と軽く叩くと、開いていた瞳孔がフッと元に戻り少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
「もう席に行こう」
「あぁ…」
私と三神くんは、宇宙人を無視して席についた。
「宙〜、消しゴム落としたぞ?」
あの宇宙人は宙と呼ばれ、クラスに馴染んでいる。
「華、絶対に俺から離れるなよ」
三神くんが小声でそう呟いてくれたおかげで、私は何とか正気を保てたと思う。
こうして、私はとんでもない秘密を抱えながら学校生活をおくることを余儀なくされてしまった…。
「チッ」
え?舌打ち?
声のする方を見るが、光一くんしかいない。
気のせいだよね…?素直で明るい光一くんが舌打ちなんてしている所なんて、一度も見たことがない。
この少しの違和感が、後々に大きな事件へと発展することに、この時の私は勘づくことさえ出来なかったーーー。