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宇宙人は何を思うのかーーー?
な、何が…起こってるの…?
立ち入り禁止の講堂で後ろから見知らぬ男に抱きしめられているこの状況を、生徒会の方々が黙っているはずがないのに、誰一人として私達に気付かない。
まるで、私達など初めから居ないようにーーー。
いない?いないって…どういうこと…?
思考がまとまらない。
後ろの男に触れられて、
全く嫌悪感がないというのも、意味がわからない。
ねえ、ちょっと、本当にまってッ
つまり、こういうこと…になってる…?
ドクンドクンと脈打つ心臓の感覚を味わいながら、必死に頭を整理する。
生徒会長達には、私達が見えていないーーー。
そんな芸当が出来るのは、そりゃ、宇宙人しかいないでしょ…でも…。
恐る恐る顔を上へと向ける。
サラッとした黒髪。
まるでハイライトのない無表情の男が、私を抱きしめている現状が、そこにあった…。
ドクン、と世界が闇に染まるような絶望を感じる。
目が合っている…でもその瞳は、口は、なんの感情も感じられない…。
えも言われぬ恐怖と、比例するように脈打つ鼓動。
全身が冷気に包まれるような感覚なのに、その者から与えられる体温が勝ってしまっているーーー。
頭の中がグラついた。
圧倒的恐怖、精神的負荷、持続する異常な心拍数ーーー。
血の気の引くような凍てつく状況に似合わない体の反応ーーー。
そう、理解より先に体が反応してしまっていた。
脊髄反射のような勢いで顔を伏せる。衝撃で前のめりになり離れられるかと思ったが、彼の腕は地面に固定されたコンクリートのようにビクともしない。
それが、彼が人外であるとハッキリと証明するに値してしまった。
同時に、この人が本物のエイリアンであると、その時しっかりと理解してしまったのである。
怖い。
怖い、はず。
「う…ぁ…」
とにかく余計な思考を振り払い、極力冷静になるように必死になる。
見つかっても不味いが、このままでは殺されるかもしれないという恐怖心で、何とか声を発する。
彼が笑っているのか、それとも無表情をなのか、私はもう何も考えたくなかった。
それよりも、見つかってもいいから早くこの状況から抜け出したい!!
微かに腕の締め付けが強くなっている気がした。
額から、たらりと一筋の汗が流れる。
このまま絞め殺されるんじゃないかと、頭では考えているにも関わらず、
まるで彼が私の中に熱を流しているような、そんな錯覚に陥ってしまった。
そして、その腕は認知出来ないようなスローペースでお腹から上へとあがってゆくーーー。
「や、やめて!!」
大声を上げた。やっと気づいてもらえる…!
しかし、私の決死のチャンスも虚しく、生徒会長とその他の方達は、私に気づくことはなかった…。
というか、私の『存在』にすら、気づいていかなった。
「なん…んぃッ!?!?」
彼の腕が私のお腹の上の方に移動して、女友達にすら許したことの無い領域に触れられてしまい変な声が出てしまった。
いや、ちょっと
まって、まってまってまって!
今度はするりと手のひらが脇をなぞる。
「ひゃっ!?」
くすぐったさに思わず身を捻らす。
出来るだけその腕から、手から逃れようと馬鹿みたいにクネクネと体を捻る。
しかし、ガッチリと掴まれているせいで体は石のように固定されたままだ。
するる…と脇をなぞるように指を這わされる。
「ひぅ、ぅぅぅ…」
これ、まって、もしかして、私遊ばれてる?
逃げようと前のめりになる体制がだんだん辛くなってきて、男にもたれかかってしまった。
「うぅ…」
顔が熱い…。
するすると、指が脇腹を行き来する。
頭に電流が走るような感覚に、体がビクンと跳ねる。
「ねえっ…!やめてッ!」
気づいたら涙まで零れていた。
さっきから体がビクついて、こんなの私じゃないみたい。
懇願するように無理やり彼を見た。
無表情でしっかりこちらを見ている。
真っ直ぐ目が合っているにも関わらず、その瞳は私を映していなかった。
クソっ…何か凄く悔しい。
大粒の涙がぽろぽろと流れる。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を見ても、跳ねる体を押さえつけながら、彼は手を止めなかった。
なんなの…本当に…。
多分彼にはなんの感情もない。
彼の心臓の音は平常のスピードで、
表情は無くて、
きっと遊んでるつもりもない、
何も無いーーー。
生物が本能で水を飲むように、そんな風に動いているように思えた。
気づいたら、生徒会長達は居なくなっていた。
彼の腕は固定されたままだったが、動くことはなくなり、私はしばらく彼の胸にうずくまっていた。
1時間ほどまさぐられていたのだ。体はぐったりと疲れており、ピクピクと軽く痙攣を起こしている。
「はぁ…はぁ…」
異様だ。
なんの感情もないヤツに、何かよく分からないことをされたという意味のわからないこれは、現実なのだろうか?
そして、さっさと離れればいいのに、彼は微動だにしない。それが何だか無性に腹立たしく思えた。
こんな恥ずかしい姿を、こんなヤツに見せてしまったこと、奥歯を噛み締めるようにして何とか堪える。
ふいに、彼は私から離れた。
するりと机に横たわる私を、音も立てずに静かに凝視し、上から覗き込まれる形となった。
何なの、もう、宇宙人って意味がわからない。
あと、圧が凄い。何か観察されてるようで気味が悪いんだけど…!?
泣きべそで困惑の表情を浮かべる私に、何を思ったのかそのまま踵を返し、講堂を後にした。
…え。
置いてかれたんですけど…。
ガチャ
「はぁ〜、講堂に荷物運べとか先生も人使い荒ぇな…」
「…」
三神光一、同じクラスメイトでクラスの誰からも好かれている人気者。
死ぬほど元気いっぱいでノリがいい。
金髪にピアス。笑顔が犬っぽい。
クラスの女子がよく喋っていたっけ…。
「うぉおおい!?巴華!?おい!?大丈夫か!?」
血相を変えてこちらに向かってくる大型犬。
その光景に現実世界へ戻ってきたような安心感を覚えた。
「華!おい、しっかりしろ!」
「三神…ここに居たことは誰にも言わないで」
「そんな事言ってる場合かよ…!?」
うっすらとした視界の中、私は見神に抱えられて保健室へと運ばれた。
途中、あの宇宙人がいた気がするけど、気のせいだよね…?
そんなこんなで私は早退をし、次の日学校に行くと…
あの宇宙人が普通にクラスメイトになっていた………。
いや、本気で意味が分からないんですけど!?!?!