青春桜
一
わしが生まれたのは……そうじゃな、日当たりの良い、なだらかな山の中じゃった。わしの兄弟も周りにおって、それはそれは楽しい日々じゃった。日の光を浴びながら、わしらはぐんぐんと成長し、いつしか、その山でも大きな樹々になっておった。
そんな時じゃ。戦争が起こったのは。
空から飛んでくる黒い影から落とされる焼夷弾、爆弾、そして機体。わしらは死を覚悟した。なにせ植物。どうにも動けないからの。
……しかし。気が付くと、周りは黒い焼け野原。
わしは叫んだ。
「おーい、みんな、どこいったんじゃあ……」
もっとも、そんなことは言わなくても分かっておった。みんな、焼けてしまったのじゃ。ただわしだけが、火が燃え移らずにこうして生き残ってしまった……。
そして戦後。しばらくは平穏な日々が続いておったが、あの日、それが大きく変わったのじゃ。
晴れの日じゃった。いつものように日の光を浴びておると、下の方から地響きと騒音が聞こえてくる。地震かと思ったが、すぐにわしは否定した。地震なら、その前に他の動物が気配を察して何かしらの知らせをよこしてくるものじゃからな。
しばらく待っておると、中から人が出てきおった。わしは思った。この人達も、狩人なのじゃろう、と。
ところがじゃ。
「こいつは大きい桜だな」
「な?もったいないだろ?これを高校に植えようとは、さすが村長頭が良い」
何、植える?どういうことじゃ?狩人じゃ、無いのか?
そんなわしのつぶやきも、彼らには届かんかった。ま、植物じゃし、わしは。
わしの横を、長い腕を持った大きな機械が掠める。何かと見ればなんと、わしがいるこの地面を掘っておる。そんなことされたら……わし……わし……。
死の恐怖に怯えながら、どれほど時間がたったじゃろう。わしの体が、ふわりと宙に浮いた。
「……浮いとる……浮いとる!」
わしが驚いておると、だんだん高度が下がって、そしてなにやら固いところへと下ろされた。
「……地面?」
じゃないじゃろなあ。とは言っても、わしはどうすることも出来なかった。
そして、その地面が、地響きと騒音を立てて動き出したのじゃった。
そして、いくらか時間が経った後、その地面の動きは止まった。かろうじて生きてはおるが、わしはもうだいぶへろへろじゃった。
自分の根を見ると、根とその周辺の土が、網らしきもので覆われている。どうやら、人が一緒に残してくれたらしい。
そんなことを思っていると、また体が宙に浮いた。為されるがままにしておると、今度は少し柔らかい所へと下ろされた。
わしはすぐに気付いた。
「……土じゃ!」
そう。わしの根は今、土の中にいる。体も直立しとる。……でも、なぜじゃ?
周りを見渡すと、そこにはなにやら建物と、広い乾いた地面と、そして壁のような網があった。わしは悟った。そうか、これが、「高校」と言う所なのか……。
帰っていく人達を見ながら、わしはただ、ぼんやりと立ち尽くしておった。
二
春。柔らかい日光を浴びながら、わしはがんばって花を咲かせておった。……じゃが、今、周りに仲間はおらん。咲かせても、飛んでくる鳥もいない……。
……と思っておったら、網の前を、たくさんの人が通り過ぎてゆく。みんな似たような格好で、近くの者と話しながら歩いておったり、自転車で走り去ったりしておる。
しばらくすると、その人波は途切れおった。なんじゃったのか……と考えておると、近くでわしを眺めておる者がおる。
「何じゃ?」
とりあえず、わしは問いかけてみる。もっとも、人には聞こえんが、そうでもせんとほとんど話すことが無いからな。
するとそいつは、こんなことを呟いた。
「綺麗な桜……」
何じゃと!?わしが、綺麗?……いや、物がよく分かる娘じゃ。わしを綺麗などと言ってくれる者なんて久しぶりじゃからな。
少し喜んでおると、わしの幹に、何かがぱちんと当たった。
「当ったりー!」
あ、当たり?下を見ると、なにやら丸い、銀色の玉が落ちておる。
その娘は驚いて振り向き、そしてこう叫んだ。
「パチンコ玉なんか飛ばして、危ないじゃない!」
「お前がそんなとこに突っ立ってるから悪いんだろー。そもそももうすぐ授業が始まるぞ、早く入ってこいよ」
「わ、分かってるわよ……」
そう言うとその娘は、すたすたと走り去ってしまった。全く惜しいものじゃ。あの男子生徒にお灸を……まあ無理じゃろうな……。
その後は、色々なことがあった。
それなりに体が大きいせいか、よく物が飛んでくる。と言うよりも、意図的に飛ばしてきておる。「パチンコ玉」などと言う物が幹に当たった日には、こいつはもしかして兵器じゃなかろうかと、本気で考えたほどじゃ。
また、飛んできた物が、幹ではなく枝にひっかかっても脅威じゃ。なにせ、男子生徒どもが竹槍のような、先端の幅が広い棒でわしの枝を突っついてくるのじゃ。おそらく引っかかっているものを取りたいのじゃろうが、物と同時にわしの大事な葉まで落とすから厄介じゃ。全く恐ろしい。
その他にも、セミとかの止まり木になったり、下に人が寝転がったり、幹に傷を付けられたり。……この高校では、「桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿」と言うありがたい諺を教えていないと見える。全くけしからん。
そうして夏も秋も過ぎ、冬も過ぎ、再び春が巡ってきた頃のことじゃ。いつものように日の光を浴びておると、下の方に、二人の生徒が立っておる。
花見か、と最初、わしは思った。じゃが、その顔を見てわしはたまげた。
「……あの時の男子生徒かっ!」
そう。堂々とわしの幹にあの兵器を飛ばしてきた張本人じゃ。おのれ「非桜民」め、風さえ吹けば、毛虫でも落としてくれる……うや?
わしは、もう一人の顔も見た。今度はなんと、わしを「綺麗」と褒めてくれたあの娘じゃ。……どう言う風の吹き回しじゃ?
わしが考えておると、その娘の口が開いた。じゃが、わしには到底信じられない言葉じゃった……。
それを聞いた男子生徒も、同じようなことを言った。そして、二人は何と抱き合ったのじゃ……。
「人とは、なんと不思議な生き物よ……」
二人を眺めながら、わしはそう呟くしか無かった。
三
その次の年も、その次の年も、わしはそこに立ち続けた。なぜか幹に八つ当たりされたり、雪が枝に積もったりされながらも、わしはじっと、立ち続けた。
友達は出来た。山から離れても、鳥や昆虫や周りにある植物が、わしの相手をしてくれた。彼ら曰く、桜はわし以外周りにはいないそうじゃ。少し寂しい。
そんなこんなで、気付けば校舎も少し古くなっておった。お前も、年をとるんかいの……。
ともかくわしは、新たな平和を取り戻しつつあった。
そんな時じゃ。飛んできたカラスから、不吉な言葉を聞いたのは。
「ここ、来年度でハイコウになるらしいよ」
「……ハイコウ、はて、なんじゃ?」
「じいさんも知らないの?……まあ俺もよくわかんないんだけど、とにかく危ないらしいよ、ここ」
ここが危ない?……どう言うことじゃ?
「危ないって……まさか地震や火事か!?」
「違う違う。そんなんじゃないけど、ま、覚悟決めとけよ」
覚悟、と言われても……。
地震や火事のように、以前あったことならよく覚えておるから覚悟も出来よう。じゃが、分からんことに、どうやって覚悟をすれば良いのじゃ?
わしは、ただただ不安じゃった。分かるのは、その「ハイコウ」と言うのが来年度までに確実に来ると言うこと、それだけじゃったからな。
わしが不安なせいかもしれんが、普段見る生徒の表情も、曇りがかっておった。彼らにとっても、ハイコウとは危ないことらしい。
どんなことを考えておっても、季節は巡る。夏、秋、冬……。しかしわしは、その変化を楽しめずにおった。無論、ハイコウのせいじゃ。
そして、春。3月の卒業式をもうすぐに控えた頃、気付けば、一人の女子生徒が、わしの前に立っておった。その顔は、わしを「綺麗」と言ったかつての少女にそっくりじゃった。しかし、その顔は寂しそうじゃった……。
「今年で廃校、か……。終わっちゃうのか、この高校」
その時初めて、わしはハイコウの意味を知った。
「本当か、おぬし!」
思わず叫んだ。もちろん聞こえるはずなど無いのじゃが。
「さようなら」
それだけを言い残して、その娘は去っていった。じゃが、それよりもわしは、彼女が残した言葉について、考えておった。
学校が、無くなる。このわしが、長い間立っていたこの場所が。それはつまり、わしを見て、見とれたり物を投げつけたりする者がいなくなると言うこと。
わしは、ただ、黙っていた。確かにわし自身には何も無いが、目に見えない何かが消えかけていく、その恐怖に、ただ、じっと黙って耐えていた。
四
そして、卒業式。
こういうハレの日には、わしの周りは人だかりになる。やはり桜、寄り集まりたくなる何かがあるのじゃろうか、それとも、目立つからか。
じゃが、その顔は、いつにも増して悲しそうじゃった。
しばらくして、人がいなくなると、遠くから、地響きと騒音が聞こえてくる。すわ地震か、と言ったのは昔の話。これぐらい、網の向こうの道路で聞きなれておる。……じゃが、その音が、どんどんとわしに近づいてくる。
そして、音が止まると、車の中から人が出てきて、こう言った。
「昔から変わらんな、この桜は」
……む!この声は。わしが見ると、その人の顔が、なにやら懐かしい。……あ!
「親父の言った通りだ。こいつは掘り出すのに時間が掛かるぞ」
……親父?そう言えば、あの顔とは何か違う……。
「ごめんな、あの時は、パチンコ玉飛ばしまくって」
……は!思い出した、思い出したぞ!
遥か昔、わしがここに植えられた時に、最初に兵…いやパチンコ玉を飛ばしてきた男子生徒!
その男が、こうして、目の前に立っておった。
「いやー、懐かしいなあ。もう20年は経つかな」
「25年じゃ」
「いや、25年だっけ?それにしても昔だなあ」
……こいつ、わしの声が聞こえとる?
「にしてもすげーよ、うちの親父。こんなに綺麗に木を植えるなんて、俺には出来ないな」
……お、親父!?あ……あの人達の、子!?
「まあ、それでもがんばるだけさ」
わしが驚いている間に、その男は重機に乗り込んだ。そして、その長いアームをわしの横に伸ばしてきた。そうか、わし、こうやって山から運ばれてきたんじゃな。今なら怯えずに見られるわ……。
そして、わしの体が宙を舞う。
「おおお……浮いとる……!」
さすがにあの時より感動は薄いが、それでも慣れないことじゃ、驚きはする。
そうして、トラックの荷台の上に、わしは乗せられた。トラックに人が乗り込み、出発する。わしは、ぼんやりとしながらこう思った。
「わしが…生まれた…あの山へ……」
そして今。わしは、再び山の中におる。
地図でも作っておったのか、わしがもともといた場所と全く同じ場所にわしは植えられた。
25年間、わしは高校で、生徒を見守っておった。泣きあり笑いあり、奴らの日常を眺めるのも、中々に良いものじゃった。
しかし今。吹き抜ける風、小鳥のさえずり、陽の光。久しぶりに受けるそれらが、皆、懐かしい。
眩しい限りの空を眺めながら、わしはこう呟いた。
「自然はいいな……」
……ふう。やっと書き上げました。
最近忙しかったので、こうして上げられるのは嬉しいです。
では、感想をお寄せください。