あまりにウザイ大聖女に煽られたので殴ったら『変装している魔王』だった
「メチャクチャ緊張する……」
「大丈夫だって、リョータ。観客の数で言ったらいつもより、断然少ないぜ」
「いやそうだけど、相手が相手だろ」
ロックバンドであるオレたち『クライシスワンダー』……通称・シスワンは今、王城の講堂、そのバックステージにいた。
地道にバンド活動を続けファンを集め五年、今や国の政治家にも劣らない影響力を持つ事になったオレたちは──ついに、王に呼ばれたのである。
国の数多いる民衆に魅せたその演奏とやらを、見せてみよ、ってな。
そんな訳で王様主催の初の王城音楽フェスが開催された。
このフェスにはクライシスワンダー以外にも様々なバンドや、オーケストラチームが招待されている。
そして最後に大トリを務めるのが、オレたち。
「みんな、ありがとおおおお!!!」
ステージから声が聞こえてくる。
どうやら、前の組のライブが終わったらしい。
「っ待機時間、声出しでもして待ってようかと思ってたけどさ」
「おん」
「マジで無理だ、緊張しすぎて。ここで失敗とかしたら──斬首されそうじゃん?」
冗談で言った訳ではない。
ギター担当のエイジが苦笑いした。
金髪でイケイケ系のコイツでも、笑えないジョークだったらしい。
因みにだが、オレ、『リョータ・エルレ』はギターボーカルを担当させてもらっている。
「リョータ、冗談でもそういう事は言っちゃダメだじょ」
「そうだよな、マロー……」
「オレたちがここまで積み上げてきた物を一瞬で壊してしまうなんて、怖いじょ」
マローはベース担当の、不思議系野郎だ。
男だけど髪は黒のロングである。
「まあ、全然問題ねーよ。リョータ。失敗とか考えないで、いつも通り本気で音楽すれば良いだけ、僕たちの音楽は世界一。そうだろ?」
「……ハルト」
ハルトはドラム担当で、バンドのバランスを保ってくれる存在。
だけれど髪はピンク色でウルフカット。
似合っているか、似合ってないかと言われると微妙なラインに位置してる。
深呼吸を一つついてみた。
と、
「よう」
そこで同じくロックバンドである『ファントバンク』のメンバー4人がステージから戻ってきた。
「俺たちのライブは大成功したぜ?」
ボーカルであるヴェイクがニヤリと笑う。
ファントムバンク──通称・ファンバクはこの国で、俺たちと一二を争うぐらい人気なロックバンドだ。
いわゆる───宿敵。
彼らのライブは大成功に終わった。
それは聞こえてきた大歓声からも、言われなくても分かりきっていたこと。
「安心しろよ、オレらはもっと盛り上げてきてやるから。冷めることはない」
「へっ、頼むぜ大トリさん? これで失敗したらフェスが台無しだからな」
言われなくても当然。
「……分かってる」
「じゃあな、健闘を祈る」
そう言って、彼らはバックステージから姿を消した。
『さぁ、ついに! 今回のフェスに登場する最後のアーティストの登場です、どうぞ───っ!』
「行こう、みんな」
バックステージから踏み出し、
観客の目に映るメインステージへとオレたちは移動した。
総動員数。25000人。
王城に急遽建てられたこのドーム型講堂───視界の先には、幾千もの観客と、一番見えやすい真ん中の席に大きく王様が陣取っているのが映った。
最前列には勇者もいる。
◇
『どうぞ! 田舎から来た辛気臭いロックバンド───っ、えーっと? クライシスワンダー(笑)ですぅー!!!』
……は?
このフェスの司会を務めるのは、国随一の大聖女だと聞いていた。
大聖女。
それはこの国の王に次いで偉いとされるNo.2の存在だ。高貴な存在ゆえに言葉遣いが丁寧なのはもちろん、とても美しく、素晴らしい存在だと聞いていたのだが。
聞いていた司会の進行とか、全く違う。
なんだよ、辛気臭いロックバンドって。
「……?」
ステージに出てからエイジを一瞥した。
アイツも若干不服な表情をしている。
当然だよな。
『変な名前ですね〜、めちゃウケる。ちょーダサいですね笑 どうせ、演奏する音楽もゴミみたいなもんなんでしょうけど、みなさん耳を閉じて聞いてあげてください笑』
拳を握りしめる。
彼女の言葉は超えてはいけない一線を、余裕で飛び越えていた。
「……っおい、待て、リョータ! 何する気だよ!?」
気が付けば体が勝手に動いていた。
『どーせ、世界で一番ゴミですよ笑 ……って!』
「このクソ野郎がァあッ───オレたちの音楽を侮辱してんじゃねぇよ!!!」
気が付けば拳が勝手に動いていた。
ステージ横でマイクを持っている白い修道服を着る女に向かって、拳を振り上げる。
衝動的すぎる行動だと、自分でも思う。
でも、これだけ言われて我慢できるほど、軽い気持ちで音楽を作ってわけじゃない。
『ちょちょちょ!? 怒っちゃいました? 私はただファンバクのファンなだけでして!』
「ファンバクに責任転嫁してんじゃねぇ!!」
オレはアイツらとはライバルだし、敵だ。
だけど音楽をやっている身として対等に戦っている。
アイツらはアイツらで自分の音楽で戦ってくる。
相手を罵倒して蹴落としたり、音楽を否定したりなどしない。
ヴァイクもあんな性格だが、根は真面目で熱い男なのだ。
───だから、
テメェはただの自己中心的なファンなんだよ。
「痛い目見とけ……!」
「待て、リョータ!!! 王様が見てる!!!!」
ゴン、と大きな音が鳴り響いた。
オレが殴ったことで発生した音で間違いはなく、瞬間、自分はすぐに悟る。
これでオレたちは終わるのだろうと。
しかし、
「い、痛え……」
ソイツから聞こえてきたのはら聖女の凛々しい声ではなく、低い男の声だった。
「は?」
柔道服の頭の部分にチラリとツノが見えた。
ツノだと?
人間にツノなんて付いてるわけないし……、
つーか姿が変わってる。
コイツの肌、紫色だ。
え?
「───っ!?!?」
ふと気がつく。
人じゃない。
「リョータ、ソイツは魔王だ!」
背後から勇者の声が聞こえる。
同時に、オレはとてつもない力で──魔王に蹴り飛ばされ、後ろへと吹き飛んだ。
ライトが眩しい、天井が見えた。
……鼓膜に衝突の音が響く。
かなり吹き飛んだな。
こりゃあ。
「痛え……ぇ」
勇者がステージへと飛び乗り、
「ちっ、こんな所で死んでたまるか!」
「変装がバレたことが運の尽きだな、ここで殺す───っ!」
そこでオレの意識は闇へと落ちた。
◇
これは後日談だが、あのあと魔王はついに討伐されたらしい。
"実は"友人である勇者いわく、
『変装魔法を使っていたのと、魔王の魔力を隠すために、すぐに出すことのできる魔力は必要最低限しか持ってなくて、すぐに倒せた』
とのことだった。
因みにだが、オレがあそこで魔王の変装を破っていなかったら奇襲を仕掛けられて会場にいた全員……少なくとも勇者以外は殺されているとこだったらしい。
恐ろしい話だぜ。
冷や汗かく。
まあでも、褒められた行動ではない。
ムカついて衝動的に殴ったことには変わりはないし。
王様は国の英雄になるべき貢献だ、なんて褒めてくれたけどさ……。
「おい、リョータ。何ボケっとしてんだよ」
「あぁ、ごめんごめん、ヴァイク」
ここは王城の公演のバックステージ。
あんな事があっても懲りずに、オレはここにいる。
しかし今回はフェスではない───、
クライシスワンダーとファントムバンクの、
シスワンとファンバクの二組による対バンライブなのだ。
あの時は魔王のせいでオレたちは演奏できずにフェスは当然中止になったからな。
これはあの時のやり直しってわけである。
「じゃ、今日は格の違いを見せてやるよ。ヴァイク」
「望むところだけ、前の清算といこうじゃねぇか」
───そして、コレら忘れられない伝説のライブとなって後に語り継がれる事になる。
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