試着室でキス
「入って」
『シャッ』
もやの大きさは、
ちょうど霊美ちゃんの服が
隠れるくらいの大きさだった。
『キュ』
霊美ちゃんが早速リップを取り出し始めたので、
私も取り出して塗る。
『シャ』
念の為カーテンを最大限閉める。
『クイ』
「ん」
『む』
『ふ』
なるべく音を立てないよう、
リップ音も控えている。
もやはほとんど縮まっていない。
これは長丁場になりそうだ。
『む』
『はむ』
『ふ』
『んむ』
ドキドキする。
そして…なんか…興奮する。
試着室の中で、好きな子と至近距離でキス。
いやキスは至近距離じゃなきゃできないんだけども。
『ふむ』
『ふっ』
おかしくなってしまいそうだ。
間違いなく顔は赤くなっている。
霊美ちゃんの顔…も赤くなっている。
恥ずかしさの赤みか、興奮の赤みか。
もやは半分ほど。
『コツコツ』
「「!」」
人の足音。
近づいてくる。
「お客様…」
「はいっ」
「あっいらっしゃったんですね…
お連れの方はどこに?」
「トイレに行きました」
「左様でございますか…不躾な質問、失礼しました…」
『コツコツ』
危なかった。
半ば勘づかれていただろう。
霊美ちゃんの受け答えが完璧でなかったら、
発覚していたところだった。
密室でのキスはこれだからクセになる。
私は今何を…?。
『む』
『は』
もやが小さくなるにつれ、
霊美ちゃんの服が見え始める。
『ふむ』
『ふ』
『む』
「ん」
もやは消えた。
「お」
最後は黒のスカートにピンクのブラウスの、
やや病みゴスロリっぽい服。
『シャッ』
一応出る。
「可愛い…?」
「すっごく可愛いよ!!」
「今日一番の声が出たわね」
「それっくらい可愛いの!
やっぱりベースがいいと何着ても良くなるんだな〜」
「褒めすぎよ」
「だって本当のことなんだもん」
「ふふ、さっきも似たようなことを言ったわね」
「えへへ」
お互いはにかむ。
「これも買おうかしら」
「いいと思う…けど、そういうのって高いんじゃ?」
「あら、確かに上下で三万円するわ」
「今日だけ、服だけで使い切るのもあれだし、
これは次回にしようか」
「そうするわ」
「あ、そうだ、私の服も考えてよ」
「いいけど私…センスはそんなに良くないわよ?」
「そう?今日来てきた服は
すごくいい感じだったよ?」
「あれは…仕事の時の麗奈を参考にしたの」
「…へー」
ちょっとモヤっとした。
自分でも引くくらいの嫉妬。
「自分で言うのも悔しいけれど、
あの子はファッショナブルだから」
「…うん」
恨んでるくらいなんだから、
霊美ちゃんがなにか思うことはないはず。
ただ事実を掻い摘んだだけ。
「うーん…」
早速考えてくれている。
「こういうのとか…どう?」
若干はにかみながら、白いワンピースを指さした。
「これは…私にはちょっと清楚過ぎるかも」
「そ、そう?なら…これは?」
カジュアルな薄ピンクのシャツを指さす。
「うーん、元気すぎて眩しいな…」
「…」
『がし』
肩を掴まれる。
「?」
「あのねすみれさん、言葉を返すようだけれど、
私もすみれさんが着るものはなんだって
似合うと思ってるわ」
「ほ、褒めすぎだよう」
「事実よ、それに…ほら、
カップルが似た服を着ると…あれになるじゃない?」
「あー、ペアルック?」
「そうそれよ」
「ペアルック…したいの?」
黙って頷かれる。
「それに…私だけ
いつもと系統の違う服を着るのは、
ちょっと勇気がいるわ」
「なるほど」
確かに私はかわいいと褒めて、
買わせたようになってしまっている。
「分かった」
同じジーンズを持ってくる。
「私も買うよ」
「ありがとう…私のわがままに付き合ってくれて」
「いいのいいの、
一人にだけ買い物させるのは
どうかと思ってたところだし」
「お会計に行きましょうか」
「うん」