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201号室の母娘


まだ冷え込むような春先に、

とある母子家庭が入居してきました。

巡り巡ってウチに来たのが目で見て分かりました。

なんてことは無い、普通の家族でした。

殺されたんです。

元旦那が金の無心に来た時、

何かの拍子に母親を殺し、

目撃者である娘も殺した。

元旦那はすぐに警察に捕まり、

ものの半月で何も無かったかのように

部屋はさっぱりしました。

その後、出たんです。

夜な夜な女が恨み言を言うと。

事件から五回ほど入居者が決まりましたが、

二人は数日で去り、

他三人はノイローゼになって精神病院行きです。

内見で見ただけで吐いた人なんかもいました。

だというのに、

上は事故物件の報告は初回の人だけで、

あとは黙って入居を許可させてくる始末。

なので、これは私個人の依頼なんです。

どうかあの二人を、

この世のしがらみから解き放ってあげてください。


「…分かりました、最善を尽くさせていただきます」

「よろしくお願いします」

「中を拝見させていただいても

よろしいでしょうか?」

「分かりました」


二階の隅の部屋、201が開かれる。

と同時に、ひんやりとした空気が漏れてきた。

物理的なものではない。

何かこう、精神を汚染してくるような、

背筋が凍るような悪寒。

霊美ちゃんも感じているみたいだ。


「どうかしら?」


耳打ちしてくる。


「まだ見えない」

「わかったわ」

「あの…私は外にいた方がいいのでしょうか」

「そうですね、後、鍵を閉めても大丈夫でしょうか」

「大丈夫です」


管理人が出ていった後、鍵を閉める。

部屋で二人きりになる。


「ふぅー…」


溜息に近い息を漏らす。


「近づいただけで影響を及ぼす場所は、初めてね」

「うん…電車で怖い人が隣に座ってきたみたい」

「それは…言い得て妙ね」


ここまで玄関。

一歩、廊下をに踏み出す。

やはりというべきか、

濡れてもいないのに冷たく感じる。

五月も半ばだというのに。

探す。

脱衣所、風呂場、トイレ、順々に。

かくれんぼの鬼のように虱潰しに。

そしてリビングへ。

まだ見えない。

キッチン、寝室、ベランダ、まだいない。

最後は…。


「押入れ…」


悪い予感をこれでもかという程感じる。

恐る恐る、取ってに手をかける。


「いくよ…?」

「ええ…」

『ガラッ』

「わッ!?」


驚いて一瞬飛び退く。

少女が、背中を向けて隅で座っている。

それくらいはっきりと見えた。


「何が見えたの?」

「女の子…」


再度確認すると、女の子ではなかった。

ただそう勘違いしてしまうほどの、

もやと言うにはあまりにも凝縮されている

黒いシルエットがそこにはあった。

それを見ると、確かに女の子。

歳は未就学児くらいに見える。


「今更なんだけどさ…

これってお坊さんとか呼んで

成仏してもらう系のやつじゃない?」

「それだとおそらく、

あの管理人さんの上司を

通さなきゃならないのだと思うわ」

「そっか…」


なんというか、非業の死を遂げた相手に、

イチャイチャを見せつけて除霊するのは、

どこか違うような気がしてならない。


「始めましょう」

「うん…」


荷物を下ろし、向き合う。


『キュ』

『んむ…パッ』


唇の準備オーケー。


『クイ』

「ん」

『む』

『ちゅっ』


女の子をチラ見するが、動く気配は無い。


『ちゅ』

『はむ』

『ちゅぱ』


頭が蕩けてきて思考が鈍る。

この除霊の弱点かもしれない。

女の子は微動だにしない。

いや、ほんの少し震えている?。

もやの揺らめきのようにも見える。


「ぷは…どう?」

「大きさは変わらない…けど震えてるように見える」

「効いてるのかしら…」

「わかんない…ん」

『ちゅ』

『お母さん…』

「「!?」」


突如聞こえた声。

唇を離し少女を見ると、

震えが大きくなっていた。


「今の…」


霊美ちゃんにも聞こえたみたいだ。


『お母さん…』


確かに聞こえる。


『助けて…』


さぞ辛い死に方をしたのだろう。


『あいつが…来る…』

『ガチャ』


玄関の扉が、開く。

鍵は閉めていたはず。

男も幽霊になっていた?。

人型の黒い塊が、入ってくる。


『真子…』


いや、女の声。


『今…助けるからね…』

「「ッ!」」


まずい。

身の毛もよだつ、背筋が凍る、

いまいち字面で理解し難かった体験が、

今ここに同時に降りかかった。

黒い塊は徐々にこちらに来る。


『真子…』

『お母さん…』


リビングに入ってきた。


「霊美ちゃん、下がって」

「いるのね、そこに…」


絶体絶命の状況。

今こそ最大限除霊の手段を講じるべきなのだろう。

だというのに、黒い塊に釘付けになってしまう。


『今…助けるから…』


端まで追いやられる。

黒い腕の部位が、振り上げられる。


『バチュッ!』

「「!?」」


爆竹のような音とともに、塊が後ずさった。

その間に入るように、オーラのあるギャル。


「麗奈…!」

「話は後、私の後ろにいて」


麗奈は水の入った小瓶を開け、扇形に撒いた。

それに対しても塊は怯む。


「んで、あんた達も手伝って。

何するかは知らないけどさ、できる限り」

「…わかったわ」


霊美ちゃんと向き合う。


『クイ』

「へ?」

『む』

「え?ちょ何してるの!?」

『ちゅぱ』

「五月蝿いわね、知ってたんじゃないの?」

「そりゃ常識的な範囲内というか、

一般人でもできるようなもの…じゃない!?普通」

「集中してるのだから静かにして頂戴」

「うう…」


言いくるめられ、

麗奈は除霊道具を取り出し何か呪文を唱えている。


『ちゅぱ』

『んむ』

『ぱ』

『うわあ…ああ…』

「うわ…本当にちょっと効いてる…」


塊が少しずつ縮んでいく。

嗚咽という反応がある分、少し心苦しい。


「てぇい!」


麗奈が御札を切るように塊に叩きつける。


『ああ…あ…』


黒い塊は徐々に縮まり、そして消滅した。


『お母さん!』


押し入れの隅にいた少女らしき塊が、

リビングに飛び出してきた。


「う」


麗奈が水の扇の中に入る。


「どうしたの?」

「この子…」

『お母さん…お母さん…お母さん、

お母さんお母さんお母さんお母さんお母』

「ヤバい!!!」

『オカアサンノカタキイイイイイイイイ!!!』


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