1 奇跡―4
──その日の吹雪は凄まじいものだった。
晴天と裏腹に吹く強い風が樹木をざわめかせ、花弁を散らし、桜色の吹雪を見事に舞い踊らせている。
青空を泳ぐ無数の綿雲は少し粗野だが概ね朗らかな気候をより美しく着飾らせ、草花と共に彼らを祝福していた。
派手な衣服を身に纏う大人達に囲まれた、僅かに寸法の合わないダボついた制服を来た少年少女。
新たな生活が始まることを告げるための儀式が行われていた。
この日はとある高等学校の入学式だった。
長い式を終え、生徒達は硬い椅子に長時間拘束された身体を労りながら教室へ戻っていた。
そのうちの一人、なんの特徴もない陰気な少年は規則正しく五十音順に並べられた座席に座ると、大きく然れど誰にも聞こえないようにしてため息をつく。
「校長先生の話、長かったよね〜疲れたもん。ため息もつきたくなるよ」
すると少年の静かな心労を不意をついて癒そうとする者が現れた。
「うわっ!えっ……誰……?」
気を抜いていたところを見知らぬ人間に話しかけられ、少年は心臓が止まりそうになる。
そこには陽光のような雰囲気を纏う少女が居た。
初対面のはずだというのに、少年は彼女の佇まいに少しだけ覚えがあった。
「ああ……えっと、わかんないよね。わたしだよわたし。西宮まお!」
少女は彼の想い人の名を名乗った。だがその容姿は彼が記憶している姿とは大きく違う。
トレードマークだった眼鏡とおさげは影も形も無く、艶の増した髪を自然に下ろして春風と戯れさせている。横に流して重さを誤魔化していた前髪はふわりと空気を抱いて持ち主のかわいらしさを引き立てていた。
流石に校則違反になってしまうのか濃い化粧などはしていないようだが、以前よりも僅かに制服の着こなしもラフになっていた。
高校デビューというべきか、それとも垢抜けという表現が正しいのだろうか。
予想外の出会いと変化に少年は言葉を詰まらせていた。
肋骨の中でバクバクと鼓動する臓器が、より平静を保てないようにと彼を妨害する。
その結果やっとの思いで絞り出した言葉は。
「ま……西宮さん……!同じ学校だったんだ……」
と他にも言うべきことはあるというのになんともいえないつまらないものだった。
だがそれでもまおは嬉しそうに『しかも同じクラスだよ!』眩しく笑っていた。
やはりその笑顔はとても素敵で、もう一度だけ心臓が跳ねた。