1 奇跡―2
じわりじわりと空を染めていった茜色は今やその面積を空全体へと広げていた。
しかし、彼らの居る場所からその美しい空は見えないだろう。
校舎と高い樹木の影になった薄暗い場所。校庭の反対側に位置する此処で少年たちは丁度向かい合う形になっている。
「え、と……なん……でしょうか……?」
少年が勇気を振り絞り相手に声を掛けた。
もうかれこれ十数分、互いに目を合わせられぬまま気まずい雰囲気の中に居る。
彼は先程から、流石にこの空気はまずいと思っていたらしい。
ここへ呼んだ本人である西宮まお。彼女が『皆、付いて来たりしちゃダメだよ?』と言った影響で周囲に人は誰も居らず、聞こえる音といえば木の葉のざわめき程度。
その結果、普段あまり人と会話などしない少年の方から話しかけなければならない状況にもなったのだが。
「あ、え、えっと……ごめんね。急に呼び出しちゃって……」
視線を散らしていたまおが少年の言葉に反応し、ようやく顔を上げる。
「実は……君に訊きたいことがあって」
が、話し始めるとまた地面へ目を逸らしてしまう。
これまでに感じたことの無い程の緊張感が彼女の呼吸を詰まらせていた。
この場に猛獣が居るわけでも、凶悪な犯罪者に狙われているわけでもない。目の前にいるのはただ同い年の男子高校生のみ。
だが吸気は毒を含み、息をする度に肺を重くし臓器を蝕んでいく。
徐々に声さえも出なくなり、このまま何もできない可能性すら頭をよぎる。
だがしかし。
──駄目……これじゃ駄目。ここに呼んだのはわたしだから……絶対に伝えなきゃ。
彼女は諦めるという選択肢を知らなかった。
深く空気を吸い軽く解毒をすると、まおは再び少年へ瞳を向けた。
彼の瞳も同じように揺れていた。そのことが少しばかりまおの心を軽くする。
だが同時に、少年は困惑したような表情もしていた。
ほとんど話したこともないような有名人に呼ばれ、何も知らされぬまま此処へ着き、そこから長い沈黙に入った後に今ようやく話し始める相手。彼の表情にも納得だ。
申し訳ないと思いつつ、まおは未だ震えていた呼吸をゆっくりと整える。
「あ、あの……さ、」
気付けば口にしたかった言葉は散り散りになり、その輪郭さえもなぞれなくなっていた。
「……えっ、と」
それでも願いと使命感を込めて必死に欠片をかき集め、不器用ながらもようやく形になったこの心を。
想いを、ただ一言。
「わたしのこと、好き……かな?」
「…………えっ?」
しばらくの空白の後、無意識に声が発される。その後になって、ようやく追いついてきたかのように思考が混乱し始めた。
状況を理解するより先に、脊髄反射で命令が下されたように思える。
少年が脳をショートさせかけているとまおが『あっ、い、いや今のはね……』と誤魔化すように切り出し始めた。
しかしそれも束の間、数秒後には今度は彼のことが心配になってきたようだ。
顔を除き込み、感じていた気まずさなど忘れたようにただ単純な疑問のみを投げかける。
「だい……じょうぶ?」
どうやら心配されてしまうようなほど呆気にとられた表情をしていたらしい。
「…………ワカンナイ」
極度の混乱により脳機能のが著しく低下している。幼稚な返事をするだけで精一杯の状態だった。
またも静寂が訪れ、風と草木が再度存在を主張し始める。だがその時間はそう長くは続かなかった。
「あの、どういうこと……なんですか?」
ぐるぐると回り続ける思考を無理矢理宥め、少年が口を開く。
「あっえっ?えと……じ、実は……ね」
突然の復帰に困惑したが事の発端は彼女自身。理由を話す義務があった。
「わたし────」