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1 奇跡―1

 別れの季節を終え、出会いの季節が過ぎ、桜も衣替えを終了させた。

 教室の窓から見える景色は一面の桃色から深緑へと変わった。

 互いに初対面だったクラスメイト達は、ほんの数週間のうちに気の合う者同士で団体を形成し始めている。

 十数人のところもあれば、二人だけで過ごす者達も。これこそ正に十人十色。

 学校内での生徒間の格差というのはこの時点で既に決まるものだ。

 大勢がいるグループの中で人気になり地位を獲得すればそれは揺るぎない物になり、反対にグループにすら入れなかった者はその他の者達からの嘲笑(ちょうしょう)の対象となる。



 少年は、そういう立場に居た。



 ケバケバとした髪の毛はまるで(つや)という概念を知らないよう。レンズ越しに見える景色の歪みから、掛けている眼鏡の度が強いことがよくわかる。

 そして、その制服の着こなしは新品でまだ体に馴染んでいないとはいえお世辞にも良いとは言えない。

 これらの特徴を挙げるだけで、彼がどんな人物なのかはある程度想像できるだろう。

 人と関わることが苦手。

 故に周りよりも少し浮いている。

 そして「友達」と呼べる者はごく少数。

 それが、彼だった。



 もう耳に染み付いて馴染んでしまった無機質な音色が鳴り響き、退屈な時間の始まりを知らせる。

 吸い寄せられるように教室に戻ってきた生徒達は先程の騒がしさなど忘れさせるほどの静寂を演じ始める。

 少々乱れてはいるがおおよそ整然と並べられた机。

 示し合わせてなどいないというのに一斉に開かれる教科書。

 ふとした瞬間、たったそれだけの風景にすら心を(えぐ)られ苦痛を感じる。


「すぅ、はあ……」


 大きく息を吸い、そしてまた大きく吐く。こうしないと酸素不足にでもなってしまいそうだった。

 意味もなくこの場所を訪れ、大人達の延々とした話を聞き、意味もなく字を(つづ)る。

 そんな日々に当然意義など感じる筈もなく、ただ毎日貴重な時間を消費するばかり。

 自分は将来他の人間と同じ様に就職し、ひたすらキーボードを叩き続ける単調な人生を送るのだろう。

 その未来に希望など無い。だが別にそれで構わない。

 自分がそういう人間だとわかっているから。

 物語の主人公になんてなれないことなど、とうに理解しているから。


 気付けば少年は授業中ということも忘れ、無意識のうちに眠りに就いていた。




 放課後。深緑の景色に鮮やかな橙が混じり始める時刻。

 この冴えない少年に話しかける人物がいた。

 教室にはまだ他の生徒が何人か残っていて、彼らはそれぞれ雑談をしながら今正に我が家へ帰らんとしている。

 彼も同じく、(ひと)りバッグに自分の荷物を押し込んで早々にその場から立ち去ろうとしているところだった。



「ねえ、ちょっと、いい?」



 温かく心地良い、透き通るような声が徐々に静かになってきていた教室に響いた。

 音が消え、時間が停止する。沈黙が生まれた。

 だがその魔法はかけた本人である彼女に早々に破られる。


「ちょっと来てほしいんだけど……いいかな?」


 当の本人は普段より少し強張った声を悟られないよう必死だったのだが、そんなこと他の人間が知る(よし)もない。

 二度目の台詞が発されたのと同時に、再び周囲が騒がしさを取り戻す。


『アイツに声掛けた……』

『しかも西宮さんが⁉』


 そんなような言葉が至る所で湧き出る。

 この女子生徒の名前は西宮まお。

 少年とはまるで逆の、三角形の頂点にいる人間。

 勉強、スポーツ共に優秀。協調性の塊でリーダーシップも取れる。だというのに、高ぶった態度を取ることもなく誰とでも分け隔てなく接する。

 欠点など存在しないような、完璧と言っても過言ではない少女。

 それが、彼女だった。

 周囲から見れば、一国の女王が燦然(さんぜん)とした宝石を身に着けて見窄(みすぼ)らしい農民を迎えに来たように感じたことだろう。

 そんな状況では、たとえ娘である王女に一目惚れの対象にされていても、はたまた一方的に王族から恨まれていたとしても、どんな理由か分からぬままでもまずは付いて行くしかなくなる。


「えっ……あ、ハイ……いいです、けど……」


 少年は歯切れ悪く答えた。

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