8.入学は開戦と共に
シャトルランは淡々と続く。
他の競技を本気でやってなかったからか、まだ体力には余裕がある。
シャトルランガチ勢の域を超えているのである。
『ピーーー。62』
嫌悪感を覚えるが聞き覚えのある音階が流れ出す。
ギュン!!!
速さは最初と変わらず同じか。
疲れを感じさせない、まだまだ軽い体。
有り余る体力。
体力テストのはずなのにまだあまり使われない筋肉達。
いつからこんなことになってしまったのだろうか。
いや、もしくは……………。
『ピーーー。63』
最初から、僕は狂っていたのか。
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沈む。
沈む。
思考が、どんどんと奥深くへと沈み込む。
単純作業と化したシャトルランの思考の狭間。
全く別の思考が稼働した。
たまに、考える時がある。
この状態の彼には、倫理的思考も、いつもの冷静な思考も持ち合わせず、ただただ一つの『答え』に辿り着くために必死に考えるだけの思考状態だ。
自分の在り方の定義。
ゲームで言う、『覚醒』や『ゾーン状態』へと落ちていく。
目まぐるしく、思考が展開される。体を動かしながら、ただただ粛々と。
あの日、あの時の事故。
あれさえなければ、今もまだただの高校生として全く違う高校で楽しい生活を送っていくことができたのだろう。
あの事故のせいで、今の自分はこんなことを考えなければいけない。
教師長殿に言われた、この学校における僕の役割。
この能力がなければ、こんなことを依頼されることもなかった。
自分が、どこから踏み外したのか。
あのクソ親どものせいか?
それともあのヤブ医者か?
それともあの状況を作った世界か?
否。否。答えは否である。
全ての考えを否定して、肯定する答えはただ一つ。
『これが、与えられた天命である』と。
それが、この世界の教育の賜物。
こう思うように設定された、悲しき化け物。
僕は、何も変わらずここに立つ。
その結果だけで良いんだ。
その結果だけで──────
『──ほんとうに、なにもかわっていないのか?』
『ピーーー。164』
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「………?」
自身に疲れは感じない。
でも、今はシャトルランをやっていることは理解できた。
だが……。
「黒田は……?なんでみんなもう脱落してるんだ?」
まだシャトルランを続けているのは、僕だけだった。
「帝」
黒田に呼ばれて振り返る。
「お前が満足してないのはわからないが、もうお前は10点だ。これ以上やる必要は、ねぇよ」
「……………ぁ」
周りの人は全員は疲労し切っていた。
黒田も、菜々も、未来も、春太も。
全員が息を切らして座り込んでいる。
「………もう、終わったの?」
「ぁ?もうかなりきついんだが、お前はどうなんだ」
「いんや、全く疲れてない」
「はぁ、はぁ、やっぱ、化け物だな」
化け物、ね。
案外合っている。
彼にその意図はないだろうが、実際僕は化け物だと、自分でも自負している。
ただ、高校でできた友達に、友達になったその日に『化け物』呼ばわりはキツイな………。
なんと言うか、悲しい…………。
「じゃあ、これで全ての体力テストが終わりました!ひゃっ!!こ、これから各クラス、特技に慣れるための特別自由時間を儲けます。各クラス割り振られたエリアに移動してください!………もうやだぁ………………………」
担任である福島先生は可愛いがもうそろそろ精神的な限界が来ているみたいだ。
……なんだか、先生を見てたら調子を取り戻してきたな。
よし、次は山岸ボコボコターンか。
張り切って準備しちゃうぞぉ。
「神咲くん」
菜々に呼ばれる。
「なんだ?これから喧嘩なんだが………」
「…頑張って」
……不安そうなその顔を使うのは、ちょっとずるい気もする。
僕みたいな陰キャに使えば、勘違いされること請け合いだぞ。
「あぁ、わかった!」
こっちも、にっこりと笑っておくとしよう。
………だが、現実は甘くない。
ちょっと近くから聞こえてきた言葉だ。
「なんか、あの神咲って人。さっきの顔、笑顔のつもりだったんだろうけどめっちゃニヤけててキモかった」
…………もう僕は、これから笑顔なんて誰にも向けない!!
陰キャ精神がさらに強くなった瞬間であった。
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「おい、正義感自己満クソ野郎」
「そのクソ長いあだ名はおいといて、なんだ?」
「どこでやるんだよ、喧嘩は」
山岸はまぁ妥当な質問をしてきた。
そりゃあ気になるよね。
まぁ安心して欲しい、僕も戦ってる姿はあまり見られたくない。
「それはな、俺が手配しておいた」
「あ?」
「着いてこい」
体育館を出る。
特技使用可の自由時間に入った。
もちろん、福島先生には許可はとってある。
場所は……。
「第二体育館。……というか、武道館だ」
「なるほど、部活用に作られた会館か」
「あんまり自分の特技は見られたくないんでね」
「臆病者が。別に、さっきバンバン使ってたんだからいいだろ」
よし、まだ僕の【特技】には気づいていない。
僕が誘導したからだが、あいつは【足が速くなる特技】とか、そういったものと勘違いしているだろうが、あれは違う。
どうやってやったかは置いておくとして、僕の【特技】は別にある。
だが、今はダメだ。
まだ使い時ではないだろう。
タイミングを考えて使わないと、対策される。
相手が誘導されたタイミング。
それがベスト。
と言っても、この学校において【特技】が圧倒的なチカラを有している、というだけであり、自身の身体能力が【特技】に勝ることがない、と言うわけではない。
例えば、もし野球素人に【投げた球を速くする】という【特技】を与えた方と、なんの【特技】もないプロ野球やメジャーリーガーのピッチャーの方であれば、間違いなくピッチャーの方が勝つ。
それじゃあ、蹂躙を始めるとしよう。
「んじゃ、ここらで始めるとする………かぁ!!」
構えなどなし。
頭の後ろで組んでいた腕を、予備動作なしに【スーパーエネルギー】を纏わせて殴りかかってきた。
そんなことは気にせず、僕は目を瞑った。
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「かはっ……」
「おいおいぃ!!あんなにイキってたのにクッッッソ弱ぇじゃねぇかよぉ!!!」
蛍光色の緑と散りばめられた燈赤色で構成された気を纏った拳は、僕の腹を的確にぶち抜いてきた。
僕の体は数メートル後ろに飛ぶが、さらに山岸は猛攻を加える。
「い、きなりっわっ……卑怯っ!だ、ろ!!」
「戦いはコングがなる前から始まってるんだよ、わかんねぇのか?カスが!!」
よくわからない理屈を叫びながら、山岸は僕を殴り続ける。
反撃しようにも、することができない。
なるほど、エネルギーを溜め込むことによりいつもよりも数段早く動けるのか。
「おいおいぃ、あんだけ挑発しておいてよぉ〜。手も足も出ないなんて、そんなことありますうぅ!?」
調子に乗って山岸は乱打を続ける。
ちなみに言おう。
僕単体では、山岸には勝てない。
いや、厳密に言えば勝てるほどのスペックはある。
だが、それを十二分に扱うことはできないのだ。
それだけ聞けば本末転倒だが、ちゃんと意味はあるのだ。
とりあえず、今はこの痛い思いを通り越すことが最優先事項。
早くこの拳、終わってくれないかなぁ。
後もうちょっとで僕、失神なんだけど。
「ハッ!お前はやっぱり、出来損ないのただの………雑魚だぁぁっっ!!!」
乱打の最後に、大きく振りかぶって拳を放った。
その拳は、しっかりと顔面にクリーンヒットして……
僕の意識は呆気なく途絶えた。
うらめもっ!
「帝の過去はわからないが……。彼は過去、自分の身にとても大きな事故があったことは前話してくれた。それと関係しているのだろうか……?」