7.入学はシャトルランと共に
まぁ、上体起こしなんて本気でやらなければ疲れることもない。
平均点を目指して26回。
詳しく言うと得点は6。
まぁ妥当だろう。
ちなみに黒田は31回で8点だ。
僕もそんくらいやらないと評価がE〜Dとかそこらへんになってしまう。
次僕らが向かったのは長座体前屈。
女子が強いやつだ。
案の定、知ってる女子がやってた。
「未来ちゃん柔らかっ!」
「へぇ〜、未来ちゃんもしかして運動得意?」
「ははは、そんなことない………あ」
お、僕らに気づいた、か?
まぁ僕らは気にせずやるんだけどね。
「なぁなぁ、さっきの女子さぁ、未来ちゃん柔らかいってよ!どんな体勢できんのかな?なんかえっちぃポーズでも………」
「そう言う話は18禁でやれ」
「具体的な世界線な話キタ!」
くだらない話をしながら俺は長座体前屈を始める。
別に長座体前屈は得意じゃないし、これはちょっと記録を狙ってみようか。
そんなことを考えていると右側から視線を感じた。
『視線を感じた』、より『未来がこっち側を見ているのが目に入った』が正しい。
もちろん、見ているのは黒田だ。
そういえば、黒田は自己紹介の時、笑いを取るために未来に公開告白をしていたな。
『自分の中で今一番好みの女子を場を盛り上げるために揶揄った』と黒田は言っていた。
……………あー、未来はそれを気にしちゃってるわけね。
…黒田が全面的に悪いし、僕は関わらんどこー。
ぐぐーっと伸びる。
「おぉ〜。お前、謙遜してるけどかなり身体能力高い方だよな」
「それでも、この高校は【特技】が全てだ。【特技】が弱い僕には、あまりにも劣悪な環境だろうな」
まぁ、中学とかそこらまではさっきの50m走のような凡ミスなど一回もしていなかったから大丈夫だったが、【特技】と言うものが出てきてからは手加減のしようが難しい。
チラッと体育館の一番広い方をみるとそこでは反復横跳びをやっていた。
山岸が目にも留まらぬ(であろう)速さで横移動しているのが見える。
記録係は大変だろうな……。
「回数はぁ!?」
「な、74回ですぅ!!」
おぉ、最高得点である10点を取るための回数を優に超えている。
彼も彼で元々の身体能力が高く、そこに強化系の【特技】が相まってかなり強い部類に入るだろう。
だが、それでも僕には届かないだろうけどね。
「よし、記録は51cmだ。得点は7。ちゃんと平均点狙っていってるな」
「これ以上の悪目立ちはごめんだ」
「またまたぁ〜、どちらにせよ明日には有名になってるくせにぃ〜〜」
「はぁ……」
山岸の件はあまり大事にせず終わらせないとだな。
僕の平穏のために……!!
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「あの男………」
大嘘つきの神咲 帝とペアを組み、親しそうにしている彼。
黒田 純也。
彼の行動には注意しなければならない。
ここには、危険な人物が多すぎる。
神咲 帝はもちろん、今言った黒田 純也、クラスの人気者逆原 菜々、先ほどの二色という女子、あの熱血漢。
私は生まれつき【特技】とは違う、正体不明の能力があった。
いや、それこそ特技というべきか。
人の心に敏感なのだ。
嘘をつく心、傷ついている心、闇を抱えている心、悪意の心。
そう言ったものを見つけることに手慣れていた。
そう。
そんな中でも特に怪しいのが、神咲 帝。
飄々と全ての物事を躱し、面倒ごとを嫌う、あの性格。
一番の危険人物には変わらないだろう。
本当に、これからこのクラスでやっていけるのだろうか。
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みんなは、この【特技】自由使用の体力テストで【特技】の扱いがかなり上手くなっているだろう。
そんな中、僕は1人【特技】を使わずにこの体力テストを乗り切っている。
戦闘に向き不向きに関わらず、僕の能力はややこしいったらありゃしないし、これを対人戦で使うには気が引ける。
なんてったって、この【特技】はある条件下でなければ発動せず、使い方が上手ければ人だって簡単に殺せる。
もちろん、【特技】で人を殺せば特大のタブーが与えられるから絶対にやってはいけない。
でも。
その条件さえ揃ってしまえば最強の【特技】だ。
【特技】に慣れるとか、そういうことはできないが、切り札としてあっためておくのが吉と見た。
……………まぁ、山岸だったら【特技】使わなくても勝てるし。
高みの見物と洒落込むとしようかな。
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それから、神咲・黒田ペアは人数が空いていったところから体力テストを始めた。
立ち幅跳びから始めて、握力、反復横跳びの順だ。
流石に反復横跳びは最後まで減らなかったから、かなりの人数がいる中でやることになった。
記録は、
立ち幅跳び→186cm、3点(?)
握力→34kg、5点
反復横跳び→51回、6点
という結果だ。
なんともまぁ、100m走での失態があったにも関わらず、頑張って平均に巻き戻したものだよ。
だが、この【特技】がある学校であれば体力テストで満点を取るやつなんてゴロゴロといるだろう。
全く、僕が努力しなくても別に普通だったんじゃないか。
僕の平穏のための努力をかえせよぉ!!
と、いうことで。
さて、次はみんな大嫌いのシャトルランだ。
シャトルランはみんなが他の体力テストが終わった後、クラス別で一斉に行う。
ここでは、本気を出してもいいだろう。
「おい。マジでお前本気出すのか?どうなるの?」
次から本気出す宣言した後、黒田が問いかけてきた。
「まぁ、目指せ!10点!ってところかな」
「不審がられないか?さっきまで平均点を取っていたお前が、急に最高点を叩き出す。しかもシャトルランでだ。おかしいと勘繰られる。もちろん、春太にも」
「春太に関しては大丈夫。アイツは僕の【特技】のこと、足が早くなるだと思ってるからね。逆に、ここで本気を出さないほうが不審がられてしまうのだよ」
「………んじゃあ、好きにしろ」
「じゃ、遠慮なく」
スタート位置に立つ。
さて、後数秒か。
7…6…5…4…3…2…1…。
0。
スタートだ。
──ギュン!!!
その数瞬後。
僕は、次の地点へと足を運んでいた。
いやぁ、菜々も、未来も、黒田も、山岸も。
全員が度肝を抜かれてて逆に面白くなってくるよ。
……しかも、今回は転んでないし。
セーフだ。
はーっはっはっ!
みんなを驚かすことができて嬉しいなぁ!!
ふははははっっ!!!
いやはや、スッキリスッキリ。
あー。もういいかもしれない。
もう本気でやるのやめようかな〜。
いやいやいや!
そんな勿体無いことはしないとも!!
ちゃ〜んと!
「最後まで本気でやっちゃうかぁ〜!」
そして、次の走りを告げる笛が鳴る。
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なんなんだ、アイツ。
さっきまで、なんの成果も出してない愚図だったはず!
いや、【特技】を使っていなかっただけか?
だとしてと、なんだあの速さ!?
足が速くなる程度の【特技】なら、他にも持っている奴はいる。
でも、あんな規格外な速さを持った【特技】は無い!
なんだ!?どんな【特技】を持っている?
考えられるのは、『原初』か『加護』の名が付く【特技】。
クソッ!
完全に舐めていた。
そこらへんの木偶の坊と一緒に考え、そして今、失敗した!!
アイツの強さは、はっきり言って未知数。
速くなる。
突き詰めて言えば、その程度。
だが。
例えば、その速さの助走をつけて飛び蹴りされたり。
その速さを部分的に出せるとしたら。
彼は格闘戦で圧倒的な破壊力を持ち合わせることになる。
そんなやつと、俺の【スーパーエネルギー】。
【スーパーエネルギー】には、自己強化以外にも使いようはあるし、汎用性が高い。
だが、アイツの【特技】は、完全に『速さ』に特化した【特技】。
クッ、もっと【特技】になれておくべきだったか……。
いや、でもまだ、勝ち筋はある。
アイツはただ『速くなる』だけだ。
ここで勝てば、俺の女が増えるんだ……。
そして、見せしめにしてやれば、この高校でも、速くも主導権を握ることができる。
サイコーだ。
この勝負、苦戦するかもしれないが、俺にかかれば全てうまくいくんだ。
待ってろよ……。
この【特技】でこの学校を支配してやるからな………!
この【特技】を俺に授けたこと、後悔させてやるぜ………!!!
うらめもっ!
「シャトルランを抜いた時、帝の合計得点は39点、黒田の合計が51点、菜々の合計が63点、未来の合計が42点だ。」