50.夢は個人戦とともに
夢を見ていた。
家族だ。
僕のことを置いて行ってしまった父と母がいる。
いや、それ以外にも人影がある。
みんな、僕に関わりがある人たちだ。
僕の印象として、そう思っている。
ちょっと前に忘れてしまった記憶でさえも、懐かしそうに想いを馳せる。
それが、人だ。
僕は、記憶が無くても、人として生きることができるのか。
僕は今、人として生きていいと肯定されているようで、少し嬉しい。
父と母の安らかな温もりに包まれて、今日も夜が更けていく。
また、人としての今日が始まる。
後に後悔することとなる、最悪の1日が、始まる。
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「おっ!よっすよっす!その様子だと、無事に部屋は片付いたみたいだね!」
「なんだ未来。半徹夜で部屋の片付けをさせた張本人がよぉ」
体育祭2日目、個人競技開催の日。
昨日の爆弾の件は忘れてないからな。
「……おはよう、帝くん」
「おう、菜々。今日からの体育祭は個人で頑張らなきゃいけないんだから、気持ち切り替えろよ」
「……わかってるわよ」
まだ神社の猫を引きずっているのだろうか。
確かに痛ましいことだっただろうが、もう時間もたったのだ。
もうそろそろ前を向かなければならない、あの猫の為にも。
そもそもあの猫自体、本当に死んだのか、さらには生きていたのかさえ怪しい。
菜々のわざとかってほどセンチメンタルを引きずってるのもそうだし、あの実態の掴めない猫もそうだし……。
……ワンチャン、あの狂師長たちなら動物に【特技】与えるとかやっても驚かないけど、まさかドンピシャであの猫が【特技】持ってる可能性も低いよな……。
そうやって考えるなら、やはりあれば【特技】による罠か。
授業で【特技】学なんてものもあるが、まだそこまで学べるほど【特技】について解明されたものでもないだろう。
教師長たちだって、『なんか遊んでたらすごいのできた』みたいなノリだろう。
完全にタチが悪い。
今、僕らが向かっているのは体育祭の会場。
個人戦は個人戦でまた開催式があるようだ。
………まぁ、別に出席自由らしいし、僕は【時渡り】でスキップさせてもらうけどね。
「じゃ、僕は開催式飛ばすからこのへんで」
「やっぱお前の【特技】いいなー。他人にも使えるんだろ?俺に使ってくれよ!」
「やだよ、時間の調整むずいし。ちょっと失敗したらもう夏休み終わった後かもよ?」
「すみませんでした開催式出るんでやめてください」
自分が【時渡り】するのはまだいいのだが、他の人に【時渡り】させるとなると、集中して施さないと一瞬で一ヶ月単位を飛ばされちゃうからな。
それこそ、【ラプラスの悪魔】を使ってようやくってところだ。
前回の夏樹&国満戦で春太がピッタリ【時渡り】できたのは、俺が【ラプラスの悪魔】で春太が出現するタイミングを見て、それに合わせて俺が国満に合流したんだ。
ほんとに、あれの微調整はほんとにムズイ。
そのぶん、自分でやるのはめちゃくちゃ簡単だ。
簡単に言おうとすると、「自分の時は考えたことをすぐ行動に移せるが、他人の時は自分がしてほしい行動を言う→相手が聞き取る→理解する→行動する、といった無駄な工程がある」ということだ。
まぁ、そのため僕は日常的に使えるほどこの【特技】を多用している。
事実、【時渡り】というのは詳しいところを解説していくとすごく危険な【特技】だ。
【特技】が仕込まれた細胞一つ一つに、設定された自律的思考を与えて一旦自身の身体を塵状にしてこの世から細胞レベルで存在を消す。
そして、規定された時間になると細胞一つ一つの自律思考によって塵と化した自身を再構築する、という、もはや一度死ぬようなものだ。
それを自動的にやっているのがこの【時渡り】であり、そう言うものを日常的にしているのが【特技】だ。
だから、使われる側はもちろん、使う側の安全も含めて市民を守るために政府はこれを観察するために高校を作った。
「【時渡り】、起動」
自分がサラサラと崩壊していくのがわかる。
毎度この感覚だけは慣れないが、無駄な時間を過ごすよりかはまだいいかとも思っている。
そんな考えに至るまで、僕は気づかない内に感化されていたのかもしれない。
この高校の異常さに。
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夢を見ていた。
みんなが私を見ている。
父も母も妹も兄も。
みんな、私を褒めてくれた。
「さすがだ!!君には才能もあれば、努力を怠ることもない!!」
「なんてできた子なの!!こんな親孝行、他にないわ!!」
「おねぇちゃん、みんなすごいって言ってるよ!おねぇちゃんがほめられてるの、私すっごくうれしいの!!」
幸せだ。
本当に、幸せだ……。
本当に、幸せなんだ。
「だから、さぁ………」
視線を落とし、もう一度、みんなの顔を見上げる。
「あんな奴とは違う。やはり私たちの子ならば、才能がなくてはな!!」
「そうそう!あんな男、一体誰が生まれてきてほしいと願ったのかしら。本当に不要、不愉快、早く消えて!!」
「なんでお兄ちゃんは、みんから嫌われるの?才能がないから?それとも、この家の人じゃないから?」
「だからさ、みんな、そんなこと言うのをやめてよ!!」
「何を言ってるんだ!!素晴らしい才能を持った子を讃えて、才能のないクズを虐げることの何が悪いんだい!?」
「その通りよ!!あんな人間、少なくとも我が家に生まれる必要のない汚物!消えて然るべき存在!!」
「ママとパパが嫌いなものは、私も嫌い!おねぇちゃんが嫌いなものはもっと嫌い!!だから、おねぇちゃんも、さ?」
こんな家族ではなかった。
全員が仲良く暮らして、みんなが幸せだったはずだ。
私だけが、幸せだったんだ。
『僕から幸せを奪ったのは、お前だろ』
「そ、んな、こと……ない!!」
『そんなことないだぁ?白々しいんだよ。アンタがいなけりゃ、比べられることも、僕が蔑まれることもなかった』
「で、でも私は貴方、おにいちゃんと………」
『もうそうやって呼ぶな。気味が悪くなる。もう僕は家を出るから、金輪際関わろうなんて思うなよ』
そう言い残して、彼は去ってしまった。
それから数日後、彼はトラックに撥ねられて死亡した。
『息子の葬式に出ないと評判が下がるから』という理由で出席した父と母も、それっきり見なくなった。
わたしが見ていた幸せは、ただの虚飾だったのだ。
私が望んでいた幸せなんて、こんなところにはなかった。
今も昔も、その考えは変わらない。
そう胸に刻んだら、私は瞼を開けて夢を終わらせた。
ベッドから起き上がり時計を見る。
6:45。
どれだけ気落ちしても乱れない生活リズムに、少し腹を立てて朝食のパンを焼く。
やはり、昨日の猫を引きずっていたのかもしれない。
今日も一日中、ナーバスな気分を抱えて生きていくのかとため息をつきながら、焼き上がるパンに何を塗ろうか悩んでいた。




